第384話 下山

 暫し、時は遡る。


 レイ一行は、山の尾根沿いの道をギルド本部方面に進んでいた。


(ウワー ナニコレ、メッチャ暖カ~イ)


 ブランの背中に乗っているオリビアは、レイの羽織っていた外套を着せられ、その防寒性能に吃驚していた。レイ達が着ているお揃いの外套はメルギド代表の一人、ユマ婆作の超高級品だ。一行の中でただ一人、寒さに震えていたオリビアを、レイが見かねて貸した物だった。


「アナタ、案内するのにこの寒さは予想してなかったの?」


「してたわよ! 厚着してたでしょ! この外套が異常なのよ! 何よコレ? 軽いわ、暖かいわで、アンタ達めちゃくちゃイイ物着てんじゃない! というか、これって平地でも着てたけど、暑くなかったわけ?」


「「「全然?」」」


「うっそ……いいな~ アタシも同じの欲しいなぁ~ コレちょうだい?」


「ダメに決まってんだろ。欲しいならメルギドで作ってもらえ」


「……いくらすんのコレ?」


「「「……さあ?」」」


「え? なんで知らないの? 勿体ぶらないで教えなさいよ!」


「素材は持ち込みだけど、お金は払ってないからホントに知らないのよね~」


「なにそれ? どういうこと?」


「んー なんて言ったらいいかしら……」



「おしゃべりはそこまでだ。……見ろ」


 先頭を歩いていたレイが足を止めて、眼下の一点を指差した。


 リディーナ達が目にしたのは、真っ白な六角形の建物と、その先にいる隊列を組んだ集団だ。レイはオリビアに建物について尋ねる。


「あの白いのが冒険者ギルド本部か?」


「そうよ。でも、あれは何かしら? ……人?」


 視力を強化したレイ達『レイブンクロー』の三人は目を顰める。隊列を組んでいるのは鎧を着こんだ豚鬼だ。兜で分かり難いが、体色と大きさからいって間違いなく人間ではなかった。


「豚鬼だな……数万はいる。しかもお揃いの剣と鎧まで着込んでるな」


「あり得ないわ。魔物が人と同じ装備を着けてるなんて。しかもあんなに……」


「本部の屋上に冒険者達がいます。どうやらあの集団と対峙しているみたいですが、様子見でしょうか?」


「まだ距離があるし、そうだろうな。戦力差が圧倒的だ。どうするつもりだろうな?」


「見えんの? アンタ達、一体どういう目をしてんのよ? って、豚鬼? あれ全部?」


 四人の位置から現場までは、雪と岩肌に覆われた山頂付近から麓の森を挟み、谷底に位置する本部までかなりの距離がある。オリビアの目には、白い建物がポツンと見え、谷にある街道に米粒ほどの集団が列を作っている光景しか見えない。


 オリビアは三人の顔から冗談などではないと察するが、豚鬼と聞いて疑問に思う。人型の魔物とはいえ、衣服を着たり、武器を使う知能が無いから魔物なのだ。あのように整列するなど豚鬼に出来るはずが無い。


 そう思うのはレイを除くリディーナとイヴも同じだ。人間のように武装する魔物は存在する。しかし、その殆どは半ば伝説のような存在であったり、先の神聖国で見た『死の騎士デスナイト』のように、生前の装備を身に着けたまま不死化アンデッドした者ぐらいだ。


 レイはこの世界の常識に疎いのと、生前のファンタジーの印象が強く残っており、魔物が武装してることにはあまり違和感を持っていない。むしろ、何も身につけていない小鬼ゴブリンや豚鬼の方が違和感があるぐらいだ。


「見る限り、豚鬼の大軍がギルド本部を攻めてるってとこか……」


(しかし、あれが冒険者ギルドの本部か。なんてとこに建ててんだ?) 


 四方を山に囲まれ、谷底に建てられた本部の建物を見てレイは思う。築城の知識が少しでもあれば、あのような監視しやすく、攻めやすい場所に拠点を築こうとは思わない。六角形のそれぞれの面には線路や街道が延びているので、各方面への交通の便を優先したとも取れるが、そうであれば山間部に建てる意味が無い。城壁も無く、建物自体にも防衛に適した形状とは言えなかった。


「間違いなく『勇者』共の仕業だろうが、指揮してそうな奴は見えないな」


「レイ様、豚鬼の中に騎士がいます。あれでは?」


 イヴが豚鬼に混じって一回り小さい体躯の存在を見つけ、レイに進言する。


「等間隔に配置されてるから中隊、いや大隊長って感じだが、大元の指揮官がいない。無線もないこの世界じゃ、あの数を率いるには将軍クラスがいないと統率された行動はできない。『勇者』の能力で考えられるのは洗脳系か使役系だな」



「あっ、誰か行ったわよ?」


「冒険者か?」


 レイ達の目には、アレックスと『ネメア』の面々が、豚鬼の集団に突っ込んで行く様子が見えた。


「無茶するわね~」


「頭は悪そうだが、結構頑張ってるぞ?」


「あれは、A等級の『ネメア』ですね」


「ネメア?」


「『ネメア』は獅子獣人の冒険者パーティーよ。リーダーのアレックスだけが唯一の男で、あとは全員女がメンバーね。ローザって子は話が分かるけど、あとはみんな脳筋よ」


 下の様子は見えないが、『ネメア』と聞いてオリビアが会話に入って来る。


「獅子獣人か。黒狼とはまた違うな。力こそ全てって感じだ」


「本人達は、獣人族で最強を謳ってるわね。冒険者じゃないけど、傭兵組織の『紅虎』って虎獣人達も種族内じゃ強いって噂だけど、誰が最強かなんて子供みたいよね」


「獣人にも色々いるんだな。魔導列車の護衛だった『黒狼』にはそんな感じはしなかったけどな」


「種族によって気性が違うって感じね。今は獣人達は国を持って無いけど、昔から国を作っては分裂してを繰り返してるのもその所為みたいよ?」


「ふーん……」



「「あっ」」


 リディーナとイヴが、戦場の変化に気付いて声を上げる。一部の豚鬼が一斉に女獣人に襲い掛かったのだ。それまで隊列を組んでいた豚鬼の急変ぶりに、二人は違和感を覚える。


「あの人間の騎士が殺られたからだな。指揮が乱れたのはその為だろう。それでも完全に自由になったように見えないのは、やはり大元にあれらを操ってるヤツがいるな」


「不死者の次は、豚鬼か……まったくとんでもない連中ね」


「そうだな。……ん? どうやらあの獣人達は引き上げるみたいだな。運がいい連中だ。用兵を学んだ将校が指揮を執ってれば、アイツ等、今頃全滅してたぞ?」


「端っこの方をちょっぴり殺しただけだもんね~」



「というか、アンタ達、落ち着いてるけど、どうすんのよ?」


「リディーナ達は、そのままブランに乗って、本部へ向かえ。俺は少し偵察してから行く」


「イヤよ!」

「私も行きます!」


 レイの提案にリディーナとイヴが反発する。


「二人共、慣れない山歩きで疲労が溜まってるはずだ。少し下って野営してもいいが、ちゃんとした休息をとったほうがいい」


「ちょっと! あれ全部、豚鬼なんでしょ? 冗談じゃないわ! 本部に行ったって囲まれて逃げられなくなるじゃない!」


 リディーナとイヴとは別の理由で、オリビアが反発する。


「いいから行け。おい、ブラン、三人をあの建物まで連れてけ。ダッシュでな」


『了解ッス』


「「「あっ、ちょっ、ブラン、待っ―― きゃあああああああ!」」」


 レイの指示に従順なブランは、山の尾根から滑り降りるように、三人を乗せて斜面を本部に向かって一直線に駆け降りていった。


 三人共、ブランにしがみ付いて必死に耐える様子を見て、あとで文句を言われそうと思ったレイだったが、オリビアはともかく、リディーナとイヴの疲労は無視できなかった。筋肉の疲労は勿論、途中からブランの背に乗って移動してきたとはいえ、短期間で高所を移動してきた際の心肺機能を含む内臓へのダメージは軽視すべきではないからだ。


 レイの場合は、新しい肉体のおかげか、外套を着なくとも寒さは気にならず、平地と同じように活動出来ていたので肉体的な問題は無かった。それに、リディーナ達とは違い、前世の訓練で山の行軍は慣れている。二人共、足手纏いというわけでは無かったが、偵察は一人の方が楽だった。



「さてと……」


 魔法の鞄から各種装備を取り出し、偵察の準備をして、レイは一人、山を下った。

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