第383話 精霊使い
香鈴はアレックスに命令を刷り込むと、グリフォンに乗ったままその場を離脱した。豚鬼にはアレックスを離れ、冒険者ギルド本部を攻めるよう新たに命令を下した。
一方、森の中に降りた松崎里沙は、『蟲師』としての能力を発動して、周囲から蟲を集める作業に入っていた。
「んー あんま、この辺におっきい子はいないみたいだなー」
マリアには分からないが、里沙は周囲にいる蟲の状況が分かるようだ。それに、先程から羽虫が飛び交い、地中から様々な蟲が這い出て集まって来ていた。
「うへぇ~ 相変わらずキモ~イ」
「そう? 結構可愛くない?」
「全然可愛くないし……」
集まってきた蟲を平気な顔で手に取り、掌で遊んでいる里沙。あまり虫には詳しくないマリアだが、集まってきた様々な蟲が日本とは異なる種類だというのは分かる。やたら色彩が派手で、見た目も奇怪な蟲達を「可愛い」と表現する里沙をマリアは理解できない。
松崎里沙は、『蟲使い』の能力を得てからそう思うようになったわけではない。元から爬虫類を飼育し、生きた虫を餌として与えるうちに虫の魅力にハマった口だ。爬虫類飼育者の中では、飼っている爬虫類の種類によっては餌用のゴキブリやコオロギなどを繁殖させている者は珍しい事ではなく、学校で公言はしていなかったものの、里沙も同じように自宅で育てていた。能力により自分に害を及ぼさないのは分かっているが、そうでなくても素手で虫に触れることなど里沙にとっては何でもないことだった。
「それより、マリア。このコ達によると周囲の山にも人がいるみたいよ?」
「虫って喋れんの?」
「いやいやムリっしょw でもなんか感じるっつーか、伝わるっつーか、なんて言ったら分からないけど、分かる感じ?」
「ふーん、あんまり分かりたくないかも……。てか、人がいるって、冒険者かな?」
「さあ? そこまでは分かんないよ。ただ、ここら辺を囲むようにいるみたい。怪しくない?」
「それ、めっちゃ怪しいじゃん。じゃあ、アタシはそいつらを片付けてくるかなー」
「んじゃ、アタシはもうちょい、このコ達を集めたいから暫くここにいるわ」
「了解~」
「あ、そいつらの居場所分かる?」
「アタシもウチのコ達に聞くから大丈夫。さくっと終わらして早く帰ろ」
「賛成~」
そう言って、清水マリアは白い外套を羽織って、森の奥へと歩いて行った。
『探索組』が揃って身に着けている白色の外套は、野外では非常に目立つ。だが、遺跡の探索を主に活動している者にとっては標準的な色合いだ。薄暗く、場所によっては光が全くない空間では、敵から身を隠す色よりも、仲間同士で認識しやすい、派手で見につく色で装備を揃えることが常識だった。
野外装備の目立たない色で遺跡を潜れば、仲間とはぐれたり、罠や不意に空いている穴に落ちても暫く気付かれないことが多い。その為、遺跡を探索する場合は、単独で行動している者を除き、派手な色でお互いの位置や存在を目立たせることが、敵から隠れることよりも重要なことだった。
白色は夏希が選んだ色だったが、これには仲間の怪我に気付きやすくする意味合いが大きく、本人も気付かないうちに負った怪我や、怪我を隠したり、我慢させないようにする為だった。些細な傷でも遺跡では命取りになったり、やせ我慢をして傷を隠しても、長期の間、地下に籠る環境では良い結果になることなど一つもないからだ。
松崎里沙と清水マリアは、森の中でもその目立つ色の外套を脱ぐことはしなかった。夏希の危惧していることよりも、冒険者として旅をはじめた頃とは違い、今では己の能力に絶対の自信を持っていたからだ。同じ『勇者』の中には夏希のように勝てない者もいるが、この世界の住人に負けることなど、考えてはいなかった。
清水マリアは、自身の耳元で訴えかける声に耳を傾け、山に散らばる不審な人間の位置情報を得る。
―『
エルフ族特有の精霊を使役する能力を、マリアは属性の相性を無視して使役することが出来る。相性の悪い精霊を同時に使役することは出来ないが、自然界の六大属性の精霊を全て使役できるのだ。
「あー 一人、近くにいるみたいねー」
マリアは身体強化を施し、森を駆け出した。森といっても斜面があり、山の中でもあったが、マリアは『風の精霊』を使役し、自分の脚力以上のスピードと身軽な動きで木々をすり抜けるように目標に向かっていった。
…
冒険者ギルド本部の正面、山間の谷にいる豚鬼の集団を囲むように配置された魔導具。その一つを設置し終えた本部の男は、本部への帰路についていた。本部に備わる防衛の為の結界は、その魔導具が無くとも起動するが、本部の建物を均一に覆うものだった。男が設置した魔導具は、いわばその結界の範囲を変更する為の中継点であり、設置が終われば男の仕事も終わりだ。
男が本部に戻る途中、急速に近づく足音を捉える。
落ち葉を踏みならし、枯れ枝を折って接近する音は、四足ではなく、二足歩行だ。魔獣ではないと判断した男は、腰に差した長剣に手を掛ける。
真っ直ぐ自分に向かって来るその者は、自分の存在を隠す気は全くないのか、それとも隠す技術がないのか、男は迷わず前者と判断する。隠す技術がある者が山の森で出せるスピードでは無かったからだ。同時に、自分の足ではその速さに追いつかれることもすぐに判断し、迎撃の体制をとった。
「ちっ、一体何者だ? まさか、豚共のテイマーで……は?」
真っ白な外套をなびかせ、清水マリアが疾風の如く男に接近してくる。その手には武器らしいものは握られていなかったが、男は最大限の警戒を持って剣を抜いた。
ドプンッ
「ッ!」
突如、男の足元がぬかるみ、頭を残して身体が地面の沼に沈んだ。男は四肢を必至に動かし藻掻くが、沼からは脱出できない。
「はい、終~了~」
いつの間にか男の目の前にまで接近していたマリアは、明るく男に声を掛ける。
「こんなトコで何してたのかな~?」
「くっ うぐっ」
「あー 無理無理。底なし沼って知ってる? いくら力持ちでも泳ぎが上手くても、あれって脱出するのは難しいんだよね~ その沼にオジサンは落ちちゃったわけ。しかも魔法で作ったし、このコ達が作ったから普通の方法じゃ抜け出せないよ?」
「ッ? (このコ達だ……と?)」
男は藻掻きながらも周囲に目を向けるが、目の前の少女以外に人影は見当たらない。
「まあ、他にもいるし、何をしてたかは他に聞いてもいいかな~ どうせ偵察かなんかでしょ。ってことでバイバ~イ」
「あぶっ」
男の頭が沼に沈み、再びその顔が地表に出ることはなかった。
「まず一人目~ あと五人いるみたいね。ほんじゃまー、サクサクいこうかね~」
清水マリアは、何事も無かったかのように、次の目標に向けて走り出した。
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