第394話 遺品

 レイは清水マリアの遺体を検分し、衣服のポケットを漁る。清水は武器らしき物は持っていなかった。死体とはいえ、女子高生の体をまさぐる行為は地球なら一発アウトな案件だが、この場にそれを突っ込む者はいない。


「回収したのはこれが全てか?」


 レイは本部に来る前に清水を殺した場所に戻ったが、現場には何も残っていなかった。遺体と共に荷物などをジュリアン達が回収したと思い、他に所持していた物がないか尋ねる。


 トリスタンはジュリアンの部下に目配せすると、部下の男はレイにポーチを差し出した。清水マリアが身に着けていた物だ。中には小ぶりのナイフと金貨の入った小袋、ハンカチのような清潔な布、液体の入った小瓶、それとスマートフォンのような携帯機が二つあった。


 携帯機以外は、この世界で手に入るごく普通の物だ。小瓶に入った液体も回復薬ポーションと同じ色と香りがする。レイが気になったのは二種類の携帯機だ。一つは日本で売られているポピュラーなスマートフォン。充電は切れており電源は入らない。もう一つはスマートフォンに似ているが地球で市販されているモノではなかった。九条彰が清水達に渡した『鍵』の探知機だが、現段階でレイがそれを知る術はない。


「こいつに見覚えは?」


 この世界の道具や魔導具についてはレイも詳しくは無い。レイは見慣れぬ方の携帯機を手に取り、トリスタンに尋ねた。


「初めて目にするモノだね。形状からして古代魔導具アーティファクトのような気がするけど……」


 トリスタンの見立てにレイはメルギドの地下遺跡や、ラーク王国の魔導船を思い出す。古代の遺物は、地球と遜色ない技術で作られた物が多い。中には魔法の鞄マジックバッグのように、地球の最新技術以上の物もあるぐらいだ。


「儂も見たことないな。どれ、ちょっと見せて――」


「知らないならいい」


 魔導具の類であれば魔力を流せば起動するはずだが、得体の知れないモノをおいそれと動かすことはしない。『鑑定の魔眼』を持つイヴがいるので鑑定させるまではそれ以上のことはせずに、レイはゴルブの言葉を遮って携帯機を懐に仕舞った。


「つれねぇな。老い先短いジジイにはちょっとぐれぇ優しくするもんだぞ」


「老い先短いなら酒じゃなく茶を飲め、茶を」


 レイは今の身体になって酒を飲んでも酔えないことが不満だった。毎日飲んだり、泥酔するほど飲むことはしないが、プロの殺し屋や傭兵であっても酒を楽しむ趣向はもっていた。回収した探知機を見せなかったのは特に理由があるわけでは無く、旨そうに酒を飲んでるゴルブに意地悪しただけだ。


 普段は飲んだくれて威厳も何もないゴルブだが、トリスタンと同様、冒険者ギルドの創設に関わり、二百年前の『勇者』と行動を共にして武具や装備を提供した御年二百五十歳を越える生ける伝説だ。そんな重鎮を二十歳前後の若造がぞんざいな扱いをしてる光景は側からみれば無礼極まりない。何人かの幹部は眉を顰めながら二人の様子を見ているが、ゴルブ本人は気にする様子は無い。


「こいつは酒じゃない、エールだ」


「あっそ」


 日本では馴染みはないが、エールとはビールの一種である。大麦麦芽を常温で短時間発酵して作る醸造酒で、比較的簡単に作れる種類のビールだ。日本で一般的なラガータイプのビールは低温で長時間発酵して作る為、冷蔵機器がないこの世界では殆ど見ることは無い。


 ラガータイプのビールよりもエールの方がアルコール度数は若干高いが、ゴルブはそれを酒ではないと言い切る。本気か冗談か、ドワーフと酒について問答するのも馬鹿らしいと、レイはさっさと次の作業に移った。


 ―『火球』―


 レイは無詠唱の火球で清水マリアの遺体を燃やす。ここが室内であろうと構わず魔法を発動し、超高温の炎で遺体を短時間で灰にする。発生させる炎の大きさは調節可能であり、水魔法があるので火事になる前に火は消せる。延焼の心配よりも、清水マリアを悪魔にしないことの方が優先だった。


「こんな部屋の中で相変わらず無茶するね……。一つ聞きたいんだけど、この少女は『魔物使いテイマー』だったのかい?」


 灰になった清水マリアの残骸を見てトリスタンがレイに尋ねる。周囲の幹部達は瞬く間に死体を灰にしたレイの魔法に驚愕し、誰も口を挟めない。


「いや違う。『勇者』はあと二人、松崎里沙と林香鈴がいて、『魔物使い』は林香鈴の方だった。松崎は始末したし、林は勝手に死んだ。森にあった痕跡は二人分だけだったが、『勇者』は三人いたことになる。魔獣に乗って空から来たのなら他にも『勇者』がいるかもしれんな。……『魔物使い』がどうかしたか?」


「全部で三人もいたのか……。この本部の防衛設備である『紫煙の結界』を起動したけど、豚鬼オークは全滅させられなかったんだ。『魔物使い』をキミが殺したのであれば、テイムされていたであろう数百体の豚鬼は自由になったということか……」


「結界? あの毒ガスのことか……態々、着色なんてするから逃げられるんだ」


「どくがす? 着色ってどういう意味だい?」


「そのままの意味だ。毒ガス兵器は無色無臭で作らなきゃ殺戮兵器としては効果が薄くなる。色がついてたり、臭いがすれば警戒されて逃げられるのは当たり前だ。色付きのガスなら散布方法はもう少し考えるんだったな」



「……テイマーは最後に殺す予定だった。貴様がテイマーを始末するなんてこちらは知りようがないだろう! それに、周囲に設置した魔導具が機能してれば谷にいた豚鬼は一掃できたんだ! 豚鬼を逃がしたのは貴様の責任だぞ!」


 レイの発言に、ジュリアンが横から反論してきた。


「お前等の戦いは少し見ていた。お前とゴルブが豚鬼の逃げ道を塞いでおかなかったのが悪い。屋上にいた冒険者達を囮にお前等二人が裏でそれをしてれば、少なくとも四方に逃げられることは無かった。そもそも、『魔物使い』を最後に殺すなんて都合のいい考え自体が間違ってる」


「なんだと!」


「ついさっき殺される寸前だったのを自覚して無いのか? 相手の戦力や能力、情報収集を怠ったお前等のミスだと言ってるんだ。俺の所為にするな」


「ぐくっ、やはり貴様があの時……」


 レイが自分の目の前で『勇者』を暗殺した者だとはっきり分かり、ジュリアンは苦虫を噛み潰したような顔でレイを睨む。


「礼ならいらんぞ? 奴らを殺すのが俺の仕事だ」


「違うっ! 私の獲物を横取りしただろう!」


「横取りね……では聞くが、一度嵌まった幻術への対処はどうするつもりだったんだ?」


「幻術だと?」


「そこからかよ……詳しくはそこの若作りジジイに聞け」


「きさっ――」


「それよりトリスタン。俺に至急の連絡とはなんだ?」


 プルプル拳を振るわせるジュリアンを置いて、レイはついでとばかりにトリスタンに話を振る。


「若作りジジイ……?」


「早く言え」


「……あ、ああ。実は、冒険者登録をしてフィネクスで活動していた『勇者』達が消えた。それと、もう一点。キミに会わせたい者がいる」


「会わせたい者?」


 …

 ……

 ………


 トリスタンは、いくつかの冒険者パーティーに豚鬼の追撃依頼を出すように幹部達に告げると、レイを連れて私室へと向かった。レイに豚鬼の討伐を頼んでみたものの、依頼は秒で断られている。


「なんなんだ、アイツはっ!」


 若い幹部が、トリスタンとレイがいなくなった部屋で怒りを露わにする。垣間見えたレイの実力は誰もが察していたが、その尊大な態度が気に入らないと感じた者は多かった。


「あれが『聖帝』? 古龍を単独討伐? ただの生意気な若造じゃないか!」


「ゴルブ老も、あのような態度をされて何とも思わないのですか?」



「ん? 別に?」


「「「え?」」」


「儂はあ奴に命を救われておるしな。ああ見えて意外と優しい男だぞ? 本人は実験だ何だと言ってたが、毒に侵された儂をリディーナの嬢ちゃんと一緒に一晩中治療して貰った。あ奴らには頭は上がらんよ。それに、文句があるなら本人を目の前にして言うんだな。まあ、普通に殺されると思うけど」


「「「くっ」」」


「それにな、お主らはあ奴の魔法に驚いておったが、あ奴は剣の方が得意だぞ。ラーク王国の騎士達を魔法が使えない『魔封の結界』内で百人以上斬り殺しておる。それもたった一人でな。魔法も身体強化も無しであ奴とやり合える自信があるなら儂は止めんぞ。まあ死ぬと思うけど」


「「「……」」」



「ゴルブ、あの男に数多くの精霊が憑いているのはなぜだ? 知ってるんだろう?」


 ジュリアンがゴルブに詰め寄る。


「トリスタンか本人に聞け。儂は知らん。まあ、教えてくれんと思うけど」


(こんのジジイ!)

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