第381話 冒険者ギルド本部⑤

 ―『冒険者ギルド本部 会議室』―


 会議室にあるモニターには、ゴルブとジュリアンが豚鬼オークを攻撃し終え、引き上げる様子が映っていた。


「なかなか厳しいね」


「「「……」」」


 トリスタンの呟きに、周囲の幹部も同意見だった。ゴルブとジュリアンは数千の豚鬼を葬ったものの、万を超える軍勢は未だ健在。二人が休息を取りながら攻撃を繰り返しても、全てを殲滅するのは現実的では無かった。


「殲滅は諦め、テイマーを先に始末するのは?」


「豚鬼の中にいる数百の騎士、全てをかい? 一人二人を始末しても全体の動きは変わらない。大元のテイマーが必ずいるはずだけど、発見できていない現状ではそれも難しいね」


「それより、もう結界を起動してはどうだ? ジュリアンの配下が既に配置についているのだろう?」


「それは、群れが全て範囲に入ってからだ。ゴルブ老め、余計なことをするから奴らの進軍が遅くなったではないか」


 別の幹部がゴルブの作ったいくつもの地割れを指して文句を言う。


「ゴルブは結界を張るのを嫌ってるからね。できれば冒険者の力だけで何とかしたいと思ってるのさ。結界の詳細を知っているのと、実際に見た者では印象は違うからね」


「……」


 文句を言った幹部も結界の効果については知っているが、実際に起動したところを見たことはない。ゴルブを含めて、トリスタンも結界を起動するのを忌諱しているように見えることを不思議に思う者もいた。



「すみません、先程から言われている『結界』とはどのようなモノですか?」


 幹部の中で若い男が手を挙げてトリスタンに尋ねる。男は比較的最近、幹部になった者で、当然のように話されている内容に不明な点が多かった。


「ああ、ごめんごめん。本部の防衛施設の一つさ。二百年前の勇者の一人『大魔導士マイコー』の遺物だよ」


「遺物……ですか?」


「そう。この本部の建物をはじめ、『大魔導士マイコー』が残した魔導具や魔法陣のことだよ。あまりに強力なんで、この建物の周囲に何も無いのはそれが理由でもある」


「私はてっきり、国家に所属しない為にこのような場所に作られたものだと……」


「それもあるよ? でも、いくらなんでも街ぐらい周囲に出来てもおかしくないだろ? 魔導列車が運行してからは便利になったけど、こんな辺鄙な場所にも依頼人は来るし、ボクらを相手に商売しに来る者もいる。でも、それら外部の人間を本部内の施設で滞在させてるのは、周囲に宿や商店を作られたら、いざという時に邪魔になるからさ」


 山脈の谷間に作られたこの冒険者ギルドの本部は、周囲に他の建物が一切無い。魔導列車の線路や街道は通っているが、旅人や商人、冒険者を相手にした宿場町などが作られることは無かった。勝手に作ろうものならすぐさま撤去、解体させられる。表向きは国家に属さず、国を作らず、を標榜しているからだと多くの者が認識しているが、裏では防衛の為の兵器の威力が強過ぎる為だった。


「『大魔導士マイコー』は、ボクの故郷でもあるエタリシオンの『迷いの結界』を作った人だ。国を丸ごと包む広範囲の結界は二百年以上維持されてる。その技術が、敵を排除する為に使われたんだ。それがどれだけヤバイものか分かるよね?」


 若い幹部だけでなく、他の幹部達もゴクリと喉を鳴らす。今現在、『魔封の結界』など、要所で結界を張る魔導具は存在するが、国を覆う程の範囲は実現されていない。その上、年単位で稼働し続けるモノなど存在しない。その未知の技術が殺傷目的に向けられれば、どのような結果になるのか誰も想像したくなかった。


「とは言っても、この本部を守る為だけだから、結界の範囲は数百メートルだ。それに、マイコー曰く「かなり優しく作った」らしい。過去に攻めてきた騎士や兵士は皆殺しになってるから、どこが優しいのか意味は全く分からないけどね」


「「「……」」」


「過去に起動したのは、もう百年ぐらい前だからボクとゴルブぐらいしか直接見た者はいないけど、まあ、見ればわかるよ。ゴルブがなるべく使いたくないという理由がね……」


 …

 ……

 ………


「ふぃーーー 流石に疲れたな」


 本部に戻ったゴルブは、屋内の食堂で酒の入ったジョッキを片手に一息ついていた。空を飛べるジュリアンと違い、ゴルブは歩いて本部に戻り、正門から直接この場に訪れていた。


「ジイさん、こんなとこにいやがったか」


「んー? なんだ、アレックスか。どうした?」


「どうしたじゃねーよ。何飲んでんだよ」


「固いこと言うな。それに、年寄りが休んでて何が悪ぃーんだ?」


「都合いい時だけ年寄面しやがって……まあいい、俺はアンタとクソエルフに余計なコトすんなって文句言いに来ただけだからな」


「余計なコト?」


「あんな地面をめちゃくちゃににしやがって、オメーラの方が邪魔なんだよ。すっこんでろってあのクソにも言っとけ」


「ジュリアンは戻っとらんのか?」


「知るか、どっか飛んでいっちまったよ。いいか、伝えておけよ?」


「……お主、何する気だ?」


「……」


 アレックスはゴルブの問いに答えることなく、食堂を出て行った。


 …


 屋上に戻ったアレックスは、パーティーメンバーのローザに自身の大剣を預け、上半身の衣服を脱ぎ捨てた。


「アレックス様、お止めくださいっ!」


 アレックスの大剣を受け取ったローザは、何をするつもりか察して引き留める。


「ウルセー、黙ってろ。この俺が舐められて黙ってられるかよ……」


「危険です! やめて下さいっ!」


 アレックスはローザの声を無視して、屋上から飛び降り、豚鬼の群れに突っ込んでいった。


「「「アレックス様っ!」」」


「よせっ!」


 追従しようとした他のメンバーをローザは慌てて制止する。どうして? そう言いたそうなメンバーに、ローザは悲痛な面持ちで答えた。


「私達は邪魔になるだけだ」



 豚鬼達はぬかるんだ足元や、亀裂の入った地面の影響で隊列を乱し、バラバラに進軍してきていた。その先頭の前に来たアレックスは意を決して呟く。


 ―『獣化トランスフォーム』―

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