第380話 冒険者ギルド本部④

 ―『冒険者ギルド本部 屋上』―


(((あれが、『大地のゴルブ』と『水帝ジュリアン』……)))


 普段は飲んだくれているゴルブと、書類作業が主な仕事のジュリアン。その二人の戦いを見るのは初めての者が殆んどだった。『S等級』の起こす桁違いの現象に、A等級冒険者である彼等は自分達との隔絶した壁を感じていた。


「確かに水帝の魔法はすげえが、爺さんはあの魔法の戦鎚のおかげだろ?」


 冒険者の一人が呟く。


「なら、爺さんを殺してアレを奪えばお前も『S』になれるぞ?」


 発言した冒険者の僻みの言葉に、そう返したのは竜人ゲイルだ。


 強武器に頼った者なら、それを奪えば力を失う。それは誰もが考えることだった。しかし、ゴルブが二百年以上も今の立場にいることは周知の事実だ。


 ゴルブの身体が刃を通さない特異体質であることを知っている者は、あのゴルブから戦鎚を奪う光景が想像ができない。


 近接戦闘では剣が弾かれ、ゴルブの膂力でねじ伏せられる。魔法は通じるものの、それを放つため距離を置けば、地震の餌食だ。地面の揺れで立つのもやっとな状況に陥り、容赦なく戦鎚で頭を潰される者を幾度も見たことがあるゲイルは、発言した冒険者に試してみろと煽る。


「……」


 ゲイルに言われた冒険者は、視線の先にいるゴルブを見て、魔導具に頼るだけの爺さんではないと思い直す。ゴルブは豚鬼の斬撃など意にも介さず、戦槌で豚鬼を屠っている。自分がゴルブと対峙した場合、どうやって倒せるか、考えても攻略法は浮かばなかった。



 一方、ジュリアンの魔法を注視していた『アレイスター』の面々。

 

「精霊魔法……いや、召喚?」


「エルフの種族特性である精霊魔法。精霊との契約により、属性魔法の威力向上と消費魔力低減の恩恵がある。精霊獣まで召喚できる者は初めて見るな。まあ、精霊を見ることができない俺達人間には使えん代物だ」


 ジュリアンの魔法について説明するリーダーのロブ。


「精霊獣ですか?」


「人間には見えない精霊が可視化した妖獣のことだ。『魔の森』で稀に見れるが、物理攻撃じゃ倒せんし、倒しても死体も残らず霧散しちまう。幽霊ゴーストみたいなもんだな」


「弱点属性を突けなきゃ詰みだな……」

「しかし、威力もそうですが、あれだけの魔力量は正直羨ましいですね」


「まあな。だが、精霊と契約した者は、相反する属性との相性が極端に悪くなる。水の精霊とあれだけ親和性があれば、火魔法は使えまい」


「そりゃ不便ですね」


「属性特化も考えモンってことだ。だが、あれだけのことが出来るなら、多少の不便は目を瞑れるだろうな。残念ながら、俺達じゃ束になってもアレは突破できん……正面からは、な」


 …


「いやだねぇ~ どいつもこいつも」


 冒険者達の会話を横目で聞いていた『クルセイダー』のリーダー、ジークは、呆れたように口を開く。


「何が?」


「あの二人がすげぇのは分かったけど、豚共は半分も減ってねーんだぜ?『S等級』の前に、考えることがあんだろっつーの」


 ジークはエミューをはじめ、自身のパーティーメンバーに目の前に広がる戦場を顎で指し示す。


「相手の数が多過ぎる。あの二人が切り上げてきたら今度は俺達の番だしな。で、どうする? 今なら逃げ出せるぞ?」


 長身の男がジークに尋ねる。


「それも手だよな~ けど、ギルドがアレの殲滅に成功したら俺達は笑いモンどころじゃ済まないぜ? それに、これは『S等級』になる絶好の機会でもある。なんとも悩ましいね~」


「なんだ、ジークも『S等級』になりたいんじゃん」


「あったりめーだ。なんせ、『S等級』になれば何したって罪にならねーらしいからな」


「「マジ?」」 


「まあ、噂だけどな。少なくともA等級より上の特権があるのは間違いねえ」



「でも、報酬については昇級に関して何も言ってなかったよね?」


「ああ。だけどな、あれを見て見ろ。『S等級』の二人でも、数万の豚鬼を全て殲滅なんて出来ねーんだ。いずれ、この建物にも押し寄せてきて籠城戦になる。体力と魔力が尽きた奴から死んでくだろうぜ。生き残った者が少なければ――」


「『S等級』が見えてくるってわけか……」


「そういうこと」


「んー でも、豚鬼が攻城兵器なんて持ってないでしょ? 籠城戦っていっても流石にそれは悲観的過ぎない?」


「エミューちゃんよー、本部がなんでこんな辺鄙なトコにポツンとあると思う?」


「?」


「冒険者ギルドってのは、今じゃ大体の国に支部があるが、設立当初はギルドを良く思わない国から攻められてたらしーんだわ。お伽話じゃ勇者が魔王を倒して平和になったとか言っているが、当時は国同士の戦争も多かった。考えて見ろよ? よその国の庭に俺らみてーなのが、居座るんだぜ? 歓迎なんてされる訳がねー。必然的に、拠点である本部はどこの国の領土にもなってない、こんなトコに置くハメになったんだ」


「話が見えないんだけど……」


「こんな場所で、どうぞ攻めて下さいって言ってるような拠点が、二百年間落とされてないんだぜ? 剣と鎧をあれだけの豚鬼に装備させて、冒険者ギルドに喧嘩売ろうって奴らがそれを考えないほどバカとも思えねぇんだよ。数を揃えりゃ落とせるならここはとっくの昔に無くなってるんだからな」


「向こうには豚鬼の大軍の他に切り札があるってこと?」


「そうでなけりゃ、アレを寄こした奴はマヌケだったで済む。だが、ここを落とす何かがあるとするなら、余裕こいてたら死ぬぜ?」


「じゃあ、どうすんの?」


「まあ、逃げることを視野に入れつつ、様子を見ながら後方で待機ってとこかな。亜人共が張り切ってるみてーだし、頑張ってもらおうぜ?」


「情っさけな……」


「そう言うなよ~ 『S等級』も捨て難いから、戦わないって訳じゃねーんだからさ~ ただ頭は使おうねって話じゃんよ~」


「はいはい」



(若いっていいやね~ エミューちゃん、分かってんのかね? 負けても俺達は死ぬだけで済むが、女のお前は、豚にヤラれて死ぬまで孕まされるんだよ? これまで汚ねーモンを見ずにこの等級まで引っ張ってきちまった俺の責任でもあるが……さて、どうしたもんかね)


 ジークは飄々とした態度は崩さずも、情報の少ない状況の中、S等級の称号と自分達の安全を天秤に掛け、最善の選択を模索する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る