第374話 勇者合流③

 翌日。


 王都郊外にある屋敷の庭に、『探索組』の清水マリアと松崎里沙『白い狐ホワイトフォックス』の二人が林香鈴の元を訪れていた。『鍵』の捜索の為に冒険者ギルド本部へ向かう為だ。


 清水マリアの手には、ここへ訪れる前、本田宗次に渡された『鍵』の探知機がある。スマートフォンを改造したようなそれには、赤い光点が画面の端に小さく点滅していた。


「とりあえず、この赤い点の方向に向かえばいいわけね。確か、『鍵』に近づけばこの点が大きくなるんだっけ?」


「そう言ってたね」


 清水マリアと松崎里沙が探知機を見ながら向かう方角を確認する。


「二人共乗って」


 抑揚のない林香鈴の掛け声に、二人は用意されたグリフォンの鞍に恐る恐る跨る。獅子の胴体に鷲の頭と翼。馬よりも遥かに大きい巨体に戸惑う二人だったが、香鈴にテイムされたグリフォンは大人しく言うことを聞いてくれるようだ。


「行くよ」


 香鈴も自分のグリフォンに跨りそう呟くと、三頭のグリフォンはその場から飛び立った。香鈴の周囲にいた飛行可能な様々な魔獣がそれに合わせて一斉に飛び立ち、香鈴を先頭に編隊を組むようにギルド本部へと羽ばたいていった。


 …


「香鈴ちゃんかな? いつ見てもあんな大きな動物が空を飛ぶのって不思議……本田君もそう思わない?」


「別に。……治療ありがと。……もういいから」


 王宮の上層階にある一室で、窓の外に映った魔獣を見て赤城香織が本田宗次に話し掛ける。


 香織は、神聖国で拷問を受けた宗次に回復魔法で治療を行っていた。宗次は顔を含め、身体の至る所の皮膚を剥がされ、手足の爪も無く、焼きごてで潰されていた。回復魔法では傷を癒して痛みが無くなるだけで、傷跡は治らない。


 醜い傷跡を何とかしたいと、香織は暇を見つけては宗次の元に訪れ、献身的に回復魔法を掛け続けていた。


「もういいって?」


「痛みは無くなったし、指も動くからもうこれ以上はいいよ……」


 宗次は香織にそう言うと、机に向かって自分の作業に戻った。皮膚の無い顔半分の肉が盛り上がり、その表情は分かり難いが、目には憎悪の光が宿っていた。


 作業机には得体の知れない様々な道具が山の様に積まれ、宗次は黙々と手を動かす。


(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……)


 …

 ……

 ………


「どうしたんだい? そんな顔して」


 一方、王宮のとある一室では、高槻祐樹が九条の元へ訪れていた。


「昨日のことでちょっとね。あんまり僕の女性関係を無暗に公言して欲しくないんだよね。分かるだろ? 僕にも体裁があるんだ」


「ああ、キミのハーレムのこと? 何か問題あったかい?」


「とぼけるなよ」


「ひょっとして、夏希さん? 確かに美人だよね。彼女も狙ってるわけ?」


「……」


「睨むなよ。余計なこと言ってすまなかった。でも、キミのハーレムに夏希さんは入らないと思うよ?」


「どうしてそう言い切れるんだい?」


「彼女は日本に帰りたい、キミはこの世界の皇帝だっけ? この世界から出ようとしてる者と、残る者とじゃ見てる方向が違うじゃないか。それに、彼女はキミに興味が無さそうだし、難しいと思うけどね」


「へー 九条が女に詳しいなんて意外だね」


「詳しくなくてもそれぐらい誰でも分かるでしょ。そんなことより、『鍵』はあと三つ必要なんだよ? 一つは冒険者ギルドにあるかもだけど、残り二つはどうするつもりだい?」


「『鍵』の探知機を宗次に作らせたんだろ?」


「だから、誰がそれを探しに行くかってことだよ。見なよ」


 九条彰は、二つの探知機を取り出して、高槻に見せる。


「一つは僅かに移動してる。もう一つは動かない。動かない方はどこかの遺跡なのかもしれないけど、移動してる方は誰か、もしくは何かが持ってるってことだ。どっちに誰が行くか決めないと」


「そこで暇そうにしてる二人に行って貰えばいいじゃないか」


 高槻はソファに座っている川崎亜土夢と佐藤優子を見る。その二人が何故、九条と一緒にいるのか不思議に思う高槻だったが、それを尋ねる前に九条が口を挟む。


はちょっと用事があってね。『鍵』探しはキミにお願いしたいんだよ」


「は? なんだよ用事って。『鍵』探しより重要なのか?」


「まあね。じゃあ、ボク達はもう出るから『鍵』探しは頼んだよ。それと、宗次はダメだよ? 彼には仕事を頼んでるから」


「おい、ちょっ――」


「夏希さん達が地下遺跡を探索するんでしょ? キミが女の子とイチャイチャしてるだけじゃないってとこを見せるチャンスだと思うよ? ボク達が探しに行ってもいいんだけどさ、それだとキミはいいとこ見せられないんじゃないかな~」


「くっ」


「探知機は二つともここに置いて行くからさ、後は任せるよ」


 九条は川崎と佐藤を引き連れて部屋を颯爽と出て行ってしまった。一方的に言われて取り残された高槻は、掌を返すように態度を急変させた九条に怒りを露わにする。


「くっそがぁ! どいつもこいつも陰キャ共が調子に乗りやがって! オレを誰だと思ってんだ! オレが上、あいつらは下だろ? 何がいいとこ見せるチャンスだ、どの顔が言ってんだ? ブサメン童貞共が馬鹿にしやがって……」


 しかし、九条の言うとおりなのも確かだった。『王都組』や『探索組』、それぞれが動いてる中で、自分が何もしていないと見られるのは拙かった。


 高槻は机の上の探知機を引っ手繰るようにして乱暴に手に取る。


「ちっ、陰キャに乗せられるのは癪だが、まあいい。『鍵』を集めて『力』を手にした後はムカツク奴は全員ブッ殺してやる……」


 …


「宜しいのですか? アレにはまだ利用価値があるのでは?」


 王宮の通路を歩いている九条に川崎亜土夢に受肉したザリオンが尋ねた。


「んー? 高槻のこと? いいんだよ、王様だか皇帝だ知らないけど、ごっこ遊びに付き合ってる暇は無い。他の国からの介入を阻止する為に、アレにこの国を主導して時間稼ぎしてもらう役目はもう殆ど終わった。本人は全ての魔法が使えると思って勘違いしてるけど、しか使えないただの魔法使いなんて別にいらない」


「『女神の使徒』への捨て駒にもならぬと?」


「当たり前だろ? 向こうは戦闘のプロだよ? 魔法に対する戦術はとっくに考えてるはずさ。魔法しか使えない奴なんて足手纏いにしかならないよ。とは言え、使徒に対抗するにはこちらも戦力が足りない。向こうの仲間も厄介そうだからね。のエルフとの末裔とはね。女神もいい駒を揃えたもんだよ」


「アリアが意図していたものでは無かったと記憶してますが……」


「因縁果報、いや、カルマってやつかな? 人はよく『運命』って言葉で物事の原因を誤魔化そうとするけど、それは必然なんだ。ボクが成そうとすることが大きければ大きい程、それに反する力は大きくなる。成功するのと同じくらい、それが失敗する要因というものは必ず生まれるんだよ。使徒がボクを止めることが出来るとするなら神が意図せずともその力は収束していくはずさ」


「使徒の戦力が我々と同じになると?」


「いずれそうなるってだけさ。けど、それは問題じゃない。要はそうなると想定して結果をどこにもっていくかどうかだ。キミ達天使は強く賢いけど、やはり経験が足りないね。キミが不思議に思ってるのは、現時点で使徒には余裕と思ってるからだ。先を見越してもボクらが負けることなど有り得ないと分析してるだろ? では、負けるとしたらどんな要因でそうなると思う?」


「……」


「フフフッ それがキミ達、天使の弱いところさ」


「?」


 九条彰はそれ以上を語ることなく、二人を連れて王宮を後にした。

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