第375話 魔物使い

 数日後。


「香鈴ー 食べないのー?」

「クセはあるけどまあまあイケるよ~」


「……いらない」


 山の中腹。見晴らしの良い場所で、焚き火を囲んでいる清水マリアと松崎里沙が、焼けた肉を手にして林香鈴に声を掛ける。しかし、香鈴はそれを拒否して顔を背けた。


 マリアと里沙は、こんがり焼けた骨付き肉にかぶりつく。ここで休憩する前に狩りをして解体した肉だ。元は羊に似た魔獣だったようで、残りの胴体や頭の部分は既にグリフォン達の胃の中に収まっている。


 十代の女子高生とは思えないほどワイルドな光景だが、魔法の鞄マジックバッグを発掘するまで、食料を現地調達することは『探索組』にとっては当たり前だった。


 道中の旅路や、遺跡の探索では持てる荷物には限りがある。それとは別に、水魔法を覚えるまでは水の確保が死活問題だった。井戸水を煮沸し、革でできた水袋に入れて持ち歩いていたが、現代人である『探索組』は度々お腹を壊していた。それは野外の水源に関しても同じで、泉や川を見つけても迂闊には飲めなかった。この世界では持ち歩くのに、ワインを入れたりして腐敗を遅らせたり、ワインそのものを飲料水としている冒険者もいたが、アルコールを飲み慣れていない彼女達には慣れるものではなかった。


 旅を初めてすぐに、『探索組』は水魔法の必要性に駆られて全員が習得するに至っている。魔導書を手に入れても文字が読めず、全員で試行錯誤してなんとか習得できたのだ。おかげで水魔法だけでなく、火魔法なども呪文の詠唱をせずに発動できるが、戦闘に使用できるレベルまで昇華できた者は数名だ。


 マリアと里沙が食べている肉の解体も、はじめは全員が抵抗を示した。他の冒険者と違って魔獣討伐などで日銭を稼ぐ必要は無かったが、街で購入できる保存食は現代日本人である彼女達の口に合わず、それしかない状況が続くと次第に耐えられなくなっていったからだ。


 魔獣を殺すことはできたが、問題は解体だった。血を抜き、皮を剥いで、内臓を取り出す。はじめは上手く出来ず、何度も失敗した。解体で食欲が失せても、旅中の食事は味のしない干し肉と石のように固いパンにも胃は受け付けない。冒険者として下積みをしていない彼女達は食用の植物も分からない。嫌々でも解体を覚え、慣れるしかなかった。


 オブライオン王国でウェイン王子に召喚された当初、クラス全員が、その戦闘能力を確かめる為に小鬼ゴブリンや罪人と戦わされており、生き物や人を殺す経験はしている。


 突然、見知らぬ世界、国家に拉致され、法が機能していない状況では、チート能力を自覚していない当初の『勇者』達は、ウェイン王子と騎士達の命令に従うしか無かった。


 生き物や人を殺すことに対する心情は人それぞれだったが、まるでゲームの様な感覚として割り切れた者と、罪悪感に悩まされる者とで二分した。前者は『王都組』としてこの世界に残ることに決めた者が多く、後者は『探索組』として日本に帰る術を探すこととなった。


 しかし、国を出てこの世界を探索するのは簡単なことでは無かった。魔物や野盗の存在、治安の悪さ、いずれも、甘い対応、道徳的な対応をすれば命が無くなることに繋がった。手心を加えて見逃した野盗が仲間を引き連れて襲ってきたり、関係のない他の者が犠牲になることもあった。自分達が見逃した所為で人が殺され、凌辱されたことは、直接襲われることより心に傷を負わせた。街でも油断すれば荷物が盗まれ、襲われる。野盗や盗人だけではない。十代の女子が多い『探索組』は他の冒険者に舐められ、狙われることも多かった。


 一か所に留まり、周囲を支配して自分達の環境を構築してきた『王都組』と違い、旅を続けた『探索組』は、行く先々で日本ではあり得ない不条理に晒され、それに適応せざるを得なかったのだ。


 生き物を殺すことに忌諱感を持っていた者達も、そうは言っていられない状況が何か月も続けば、次第に変わっていく。日本に帰る為には、必ず生き残らねばならなかったからだ。




「つーか、香鈴ってなんかあった? そんな激痩せしちゃってさ」

「出発してから何も食べてないっしょ? 水ばっかでさ。ホント大丈夫?」


「……」


 マリアと里沙の問いに香鈴は何も答えない。コップに入れた水を口に含ませるだけで、肉の焼けた臭いを必至に耐えていた。


「あんた、王都にずっといたんでしょ? まさか、肉の解体に引いてたわけじゃないわよね?」

「アタシらも最初はグロかったけどさ~ 人間いざとなればなんにでも慣れるよね」


 香鈴は、罪人を自分のテイムした魔獣に与えた時を急に思い出し、その場で嘔吐した。


「ちょっ、なにやってんだよ! 汚ねーなっ!」

「てめっ ふざけんなっ! こっちはメシ食ってんだよ!」


「ウエッ オエッ オエロロロオオオ」



「「……ちょっ、マジ? 大丈夫?」」


 食事中に嘔吐した香鈴にキレる二人だったが、胃液を吐き続ける様子には流石に心配の声を上げる。



「……ゴ、ゴメン」


 そう謝る香鈴に、里沙は水魔法をコップに入れ、マリアはハンカチのような布を持って行って香鈴の口を拭ってやる。


「ホント、どうしたん?」

「何があったか言ってみ?」


「…………実は」


 …


「そりゃキツいね~」

「えっぐいわ、ソレ」


「九条や高槻君もよくそんなこと思いつくよね。普通に引くわ~」

「人間に豚鬼オークとヤらせるとか、マジ無理なんだけど」


「てか、なんで言うこと聞いてんの?」

「嫌ならやんなきゃいいじゃん」


「え?」


「ペットの魔獣を食わせられないからってさ、オブライオンの外には魔物なんてゴロゴロしてるよ?」

「そうそう、『魔の森』なんか行けば入れ食いだよ。二度と入りたくないけど」


「そんな……」


「まさか、知らなかった?」

「まあ、便利になった王都から離れたくないかもだけど、大きな街にいけばそんな不便でもないよ? 勿論、お金はかかるけどね」


「でも、私がいなくなったら作った魔獣がどうなるか分かんないんだけど……」


「そんなの関係無くね?」

「香鈴にそんな酷い事させてたんだから気なんて使わなくてよくない?」


「う……ん」


「まあ、どっちにしても、アタシ達は亜衣が持って行った『鍵』ってヤツを夏希に持って行かないとどこにも行けないけど」

「それが終わったら、アタシ達が外の国を案内してあげるよ」


「二人はなんで……?」


「夏希の言うこと聞いてるかって?」

「これだよこれ」


 二人は自分達の顔にある傷を香鈴に見せる。横一文字に顔を横断するような大きな傷はドス黒く、見るからに普通の切り傷ではない。香鈴は王都を出てから二人のその傷が気にはなっていたが、聞けずにいたものだ。


「夏希の『魔剣』に斬られるとこうなんの」

「血も出ないし、痛みも無いけどそれは夏希の気分次第。夏希がその気ならアタシ達の顔は真っ二つになんの」


「えっ……」


「だから逆らえないのよね」

「そうそう。『鍵』を取り返したら解除してくれるって言ってたけど、それも本当か信じられないし?」


「香鈴には是非協力してもらいたいなって感じ?」


「きょ、協力って?」


「魔獣使って、夏希達の荷物を盗んで欲しいんだよね~」

「アイツらの荷物の中に『超回復薬エリクサー』が入ってるはず。それがあればこの傷も治せるかもなんだ~ あれマジ、ヤバイから」


「夏希を殺して貰う方が確実なんだけど、絶対無理だからさ」

「夏希以外の二人を襲って『超回復薬』を奪うって訳。オーケー?」


「いやだよ、無理だってそんなの……」


「てか、拒否権ねーから」

「さっき、水飲んだっしょ?」


「え?」


 二人の表情が先程とは一変し、松崎里沙がニヤニヤしながら口を開く。


「アタシの能力って『蟲師』って言うんだけどさ、香鈴の蟲バージョンみたいな?『蟲』って目に見えない寄生虫もアタシの能力の範囲なのよね~」


 続いてマリアが追い打ちをかける。


「そんで~ 香鈴の飲んだ水に里沙がソレを入れてたってわけ~」



 ブシュッ



 突如、香鈴の使役する魔獣の一頭から血が噴き出した。


「いっ!」


 その魔獣は先程、二人が解体した肉を食べていた一頭だ。やがてその魔獣は断末魔の叫びを上げながら、ムカデに似た蟲が皮膚を食い破って無数に飛び出してきた。


「ひぃぃぃいいいいいいい!」


 叫び声を上げて後退る香鈴に、里沙がそっと声を掛ける。


「心配しなくてもアタシが命令しないとああなんないからさ、香鈴は大人しくアタシらの言うこと聞いてね~」


「ううぅ……そ、そんな……」


「「ヨロッ!」」


 …


「いや~ 久しぶりに見たけど里沙もエグイよね~」

「アレは直接飲ませないと無理ゲーだからね」


「『探索組』はみんな知ってるから警戒されて直接は無理だけど……」

「香鈴の魔獣を使って襲わせて、その隙にワンチャン?」


「そういうこと~ 失敗してもバックレとけばいいし? アタシ天才じゃね?」

「鬼畜ぅ~♪」


「香鈴はもうハメたから王都に戻りたいけど、保険として『鍵』は持ち帰んないとね」

「でも、改造した豚鬼数万だっけ? 豚鬼ごときを襲わせてて冒険者ギルドが落ちると思う?」


「んー 無理じゃね?」

「だよね~ 高槻も甘く見過ぎ~」


「まあ、アタシもガチるんなら『蟲』を集めなきゃなんないし、マリアも準備しといてよ?」


「了~解♪」

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