第364話 償い
客室に入ってきたのは、この屋敷の主で内務大臣のケネス・ローズと、暗部の責任者であるダニエ・ドーイ枢機卿。その後ろには異端審問官に連れられたパスカル・デンツ枢機卿とヨアン・ヴューロ枢機卿、神殿騎士団総団長のユーグ・アマンドだ。麻袋に入れられたマルセルは部屋の端に転がったままだ。
ユーグは、レイに両膝を撃ち抜かれており、脂汗を流しながら両脇を異端審問官に抱えられている。
「その男は別にいい。止血だけして外に放り出しとけ」
レイはダニエから意識の無い少女を受け取ると、ベッドに寝かせながら異端審問官にユーグを連れ出すよう指示する。
「「はっ!」」
「貴様等ぁ……この儂にこんな真似をして……ただで済むと……」
「ただで済まないのはお前だ。神殿騎士団の責任者なんだろ? オブライオン王国とは距離を置けという女神の神託を無視して、騎士団を派遣したそうだな? その結果、数千人の騎士が『勇者』に返り討ちに遭い、
「わ、儂の責任だとっ! それは混成大隊の――」
「その大隊の派兵と作戦を承認したのは誰だよ? この期に及んでまだ人の所為にするとは全く呆れるな。責任を取らない責任者がどうなるか、お前の部下に教えてやるんだから暫く神にでも祈っとけ。ああ、女神の神託を無視したんだったか。じゃあ、祈っても天国へは行けないな。……おい、コイツは今邪魔だからそこの麻袋も一緒に外に連れて行け」
「「はっ!」」
「ま、待てっ! おい! ま、待って――」
異端審問官達はユーグの声を無視し、マルセル枢機卿が入った麻袋と一緒にユーグを連行して行った。
「始末しないの?」
連行されたユーグを見送り、リディーナがレイに尋ねる。態々責任を取らせるのに、レイが後回しにするのは珍しいと思ったのだ。
「ああいう自己保身しか考えてない奴が軍のトップにいるから、あんな軟弱な騎士団になるんだ。盛大に散ってもらって騎士達の引き締めに使う」
「面倒ね~ 私にはよくわからないわ」
レイの言葉にパスカルとヨアンは息を呑む。騎士団への見せしめにユーグ総団長を処刑するとレイは言っているのだ。それに対して、パスカル枢機卿が恐る恐る口を開いた。
「一体、何の権限があって……」
パスカルにしてみれば、レイのことは何も知らない。なぜ、この国の支配者の様に振舞っているのか? それに、ダニエ枢機卿とローズ家の当主であり内務大臣のケネスは何も言わず、それどころか、異端審問官達まで素直に従っているのは何故なのか? そのことがパスカルには理解できずにいた。
一方、その隣にいるヨアン枢機卿は顔を青くしている。パスカルと違い、目の前の男が上空にいた天使と同一人物だと薄々気付いていたからだ。
「権限? 俺は女神アリアから直接依頼を受けてこの世界に来てるんだ。その証明はさっき見せただろ?」
「ま、ま、ま、ま、まさ……か」
「信じられないなら、そこで見てろ」
レイはクレアを立たせ、保護した少女の隣に座らせると、自身の姿を、先程と同じ『天使』に変化させ、二人の頭に手を添えた。
眩い光がクレアと少女を包む。
クレアの目が閉じ、眠るように横たわると、二人を包んだ光は消え、レイも元の姿に戻った。
気づけば、リディーナを除く部屋にいた全ての者が、床にひれ伏していた。
「二人に何をしたの?」
天使の姿を見るのはこれで三回目のリディーナは、いつもの調子でレイに尋ねる。
「記憶を消した。こっちの少女は半年ほど、クレアは聖女にされる四年前に記憶を遡って消去した。目が覚めれば、クレアは聖女になる前、十歳の頃の普通の少女になってるはずだ」
記憶の消去。それが、二人を救う最適解だとレイは判断した。当初は『黒のシリーズ』を集めてクヅリの力を借り、身体の封印を解いて闇魔法で行う予定だった。しかし、天使の力を得たことにより、それをする必要が無くなったのだ。限りある力だが、教会を消滅させたことに比べれば僅かな力の行使で済み、それほど神力は消耗していない。
クレアが本物の聖女ではなく、儀式によって強制的に作られた存在であるなら、伊集院に凌辱された記憶だけ消しても、クレアの為にならないとレイは思った。偽りの聖女としてクレアを祭り上げる者はもう存在しない。なら、ごく普通の女の子として生きた方がクレアの幸せになると思ったのだ。
人間の髪の色は、ユーメラニンとフェオメラニンという化学物質でその色が決まる。体毛にユーメラニンが多いとその色は濃く、フェオメラニンが多いと赤みを帯びた色になる。レイはクレアの記憶を消去すると同時に、クレアの淡い栗色の髪を赤髪になるよう、調整して変えていた。
(まあ、顔自体を変えるのも出来なくは無いが、俺の感覚で勝手に変えるのは可哀想だからな)
「天使って何でもありなの?」
「さあな。俺も良く分からん。だが、なんでも出来るって訳ではなさそうだ。とりあえず、俺が出来そうだなって思うことは体現できそうだが、神力、まあ魔力みたいなモンだが、それを使い切ったら俺はこの世にはいられないだろうな」
「ちょっとっ! 全然ダメなヤツじゃないっ! 二度と使わないでよっ!」
「当たり前だ。俺もこれを最後にしたいもんだ」
「レイ様、なぜ、そのような貴重な御力でこの少女の記憶を? 薬物の治療でしたら、我らでも治療は行えましたが……」
今の話を聞いて、ダニエは儀式を施された少女を指して申し訳なさそうに言う。
「あれぐらいならそんなに消耗してない。それに、薬物中毒ってのは身体の治療と精神的なケアが必要だが、薬物によって得た日常では体験し得ない感覚ってのは記憶として脳に一生残るんだ。クレアも含めて、二人の肉体に残った麻薬成分は分解してあるが、麻薬で得た通常の何百倍もの快楽なんかの記憶は一生引きずることになる。身体から麻薬を抜いただけじゃ治療としては不十分なんだ。精神的な依存を治療するなら脳の記憶を消す方が確実だ」
「申し訳ありません。私には少し理解が及ばないのですが……」
「何言ってるか全然わかんないんだけど?」
「……後で詳しく説明する」
「それに、なんでクレアの髪の色が変わっちゃったの?」
「記憶を消してもクレアが聖女だったのは皆知ってるだろ? クレアが普通に暮らしていけるように容姿を変えようと思ってな。人相も変えようと思えば変えられるが、流石に女の子の顔を勝手に変えられんだろ?」
「でも、なんで赤髪にしたの?」
「そりゃ、金持ちで権力のありそうな家の子にする為だ。クレアにとって辛い記憶は消したが、聖女だった時には楽しかった記憶もあったはずだ。それまで全て消してしまったし、聖女としてこれまで働いてたんだ。その権利は当然ある……と、いうわけだ。おい、ケネス。今からクレアはローズ家で面倒見てやれ。お前の隠し子でも親戚でも何でもいい」
「「は……い?」」
不意打ちの様にレイに話を振られて、ケネスとアンジェリカが揃って唖然としていた。
「あー だから赤髪なのね~ いいんじゃない?」
「「……」」
「本当ならクレアの人生を狂わせた教会に責任を取ってもらいたいが、信用に値しない組織にこの子を預けられんからな。まあ、お前のトコも次男が俺を裏切ってくれたからちょっと危ういが、アンジェリカがいるから大丈夫だろ」
「「うっ……」」
「それとも、聖女じゃないから面倒は見たくないってか?」
「「そんな訳ないでしょうっ!」」
「で、ですが、いくら髪の色が私達と同じでも、クレア様が我が家にいることはいずれ騒ぎになるかと……」
「それは、そこの三人の枢機卿が全面的に協力するから心配ない。元はと言えば教会の所為なんだ。クレアが普通の女の子として安心して過ごせるように全面的に協力するはずだ。なあ?」
「「「も、勿論で御座います! 天使様っ!」」」
「言っておくが、俺が『天使』とか『女神の使徒』だとかはこの部屋にいる者以外には口外無用だ」
「「「ははーーーっ!」」」
コンコンッ
「失礼します! ケネス様、宜しいでしょうか?」
扉の向こうから老執事のエンリコから声が掛けられた。
「何事だ? 今は邪魔をするなと――」
「その……クリス坊ちゃまが屋敷にお戻りになりました」
(((えーーー?)))
クリスを知る者達は、そのあまりの空気の読めなさに開いた口が塞がらない。
ケネスとアンジェリカは顔を青くしながら、チラリとレイを見る。
「ほーーーん」
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