第360話 無双

 電撃を浴び、体中の水分が沸騰した神殿騎士達は瞬時に絶命し、その遺体からは湯気のような煙が上がっていた。


 三等室にいた三十人の神殿騎士達を『雷撃』の魔法で殲滅したリディーナは、そのまま隣の二等室へと足を運ぶ。


 閉鎖された列車の車内では電撃から逃げられる術は無く、また、通常の神殿騎士の鎧は魔銀ミスリルコーティングされ魔法防御に優れてはいたが、魔力を強く込めたリディーナの『雷撃』を軽減させることすら出来なかった。



 二等室で作業していた神殿騎士達は、先程まで賑やかだった三等室が急に静かになり、その不気味な雰囲気を察して誰もが作業の手を止めていた。「まさか不死者か?」誰もがそう思ったが、一瞬でそれは有り得ないと全員が思い直す。窓の外には不死者の姿は見えず、仮に不死者の襲撃であれば悲鳴の一つも上がるはずだからだ。


 ガラッ


 突然、車両の扉が開かれるが、その先に人の姿はない。


「な、なんだ……?」


 そう、口を開いた騎士の首に一筋の赤い線が入った。その線からは徐々に血が流れ出し、騎士が身体を僅かに動かしたと同時に首が胴と離れて床に落下した。


「「「ッ!」」」


 二等室の通路にいた騎士達はその光景に目を見開き、慌てて腰の剣に手を伸ばすも、その剣を抜くことなく全員の首が斬り裂かれた。


「結構、魔法が通じるわね〜」


「リディーナ様の魔法が強力過ぎるのかと」


「あら、お世辞?」


「いえ、事実です」


 エタリシオン以降、リディーナの魔法の威力は飛躍的に上がっていた。『風の妖精シルフィード』と契約した恩恵もあるが、レイの魔法講義の成果でもあった。完全無詠唱による見えない真空の刃は、仮に攻撃されることが分かっていても防ぐことは非常に困難だ。


 透明な姿に透明な刃。それも無言で放たれれば、それを躱せる者はいないだろう。



「イヴ、この木箱の中身……見える?」


 リディーナは二等室の客席に積まれた木箱の一つを開け、イヴに見せる。


「……やはり、マルセル枢機卿は許してはおけません」


 積まれた木箱の中身は金貨や白金貨、宝石や貴金属類が箱一杯に詰まっていた。その木箱は二等客室の部屋全てに大量に積まれており、とても枢機卿一人の資産とは思えない量だ。


「神聖国にあった金目のモノをありったけ持ち出してきたって感じよね~」


「元、教会の人間として恥ずかしい思いです」


「イヴは関係ないでしょ? これだけの量をこの緊急時にすぐに運び出してるんだから、前々からマルセル枢機卿個人が横領してたに違いないわ。ホントに呆れるわね」


「マルセル枢機卿は、私が暗部にいた頃より不正の疑惑がありました。私は国内の担当ではなかったので詳しくは知りませんでしたが、神殿騎士団第一大隊の一部が常に警護に就いていて、捜査が難航していたと聞いています。これだけの量を即座に運び出したということは、この場にいる第一大隊の一部も共謀していたと見て間違いないでしょう」


「教皇があの様じゃ、仕方ないわよ。上がアレじゃあね……暗部にちょっと同情しちゃうわ」


「以前は、あのようなジ……御方では無かったのですが……」


「麻薬の所為かもしれないけど、それもマルセルに聞けばはっきりするでしょ。レイがなるべく生きたままって言ったのもその辺りを聞きたいのかもね」


「では生け捕りということで」


「まあ、無傷でとは言われてないから、腕の一本や二本はやっちゃっていいんじゃない?」


「了解です」



 リディーナとイヴは、マルセル枢機卿への対応を確認し、一等室の扉に手を掛けた。


 …

 ……

 ………


 一方、その頃、中央区画にあるローズ家の屋敷では、クレアの護衛に就いたバッツを除く『ホークアイ』のメンバーとオリビアが、屋敷の厩舎にいたブランに戸惑っていた。


「ちょっ、なんでこの馬、喋ってんのよ?」


『馬じゃないッス。一角獣ユニコーンッス。てか、もう少し離れて下さいッス』


「は?」


『オリビアちゃん、ちょっと臭いんで』


「はぁーーー?」


((レイの旦那が馬なんかに屋敷の護衛を任せるって変だと思ったけど、マジで一角獣? あの角、本物? それにホントに喋ってるよ……つーか、デカくね?))


 ハンクとミケルがオリビアと同じようにブランを初めて見て驚いていた。レイにブランがいれば不死者の襲撃も大丈夫だろうと言われて厩舎に訪れた三人だったが、ブランの巨体と人の言葉が話せるという事実に困惑する。ブランは一角獣ということを隠すために頭部の装具に装飾が施してあり、本当に一角獣であるかは三人とも半信半疑だ。


「喋ってるのも気持ち悪いけど、それよりなんて生意気な馬なの? あのボクちゃんが飼い主なら馬も馬ね!」


『だから馬じゃないッス、オリビアちゃん』


「その「ちゃん」付けもキモいのよ! それに、さっきアタシのこと臭いとか言ってなかった?」


『オリビアちゃんは、オリビアちゃんッス。てか、本気、臭いんでもうちょっと離れて――』


「こんのクソ馬がぁあああ! 臭くねぇーって言ってんだろーがっ!」


「おい、落ち着けオリビア! 今はそれどころじゃないだろ! 馬相手に何熱くなってんだ!」


 ブランに殴り掛ろうとするオリビアを、ハンクが羽交い絞めにして制止する。


『あ、そこのオッサンも離れて下さいッス。臭いんで』


「ごらぁ! 俺はオッサンって歳じゃねぇ! それに臭くもねぇ!」


「おい、ハンク、お前まで何してんだ! 落ち着け!」


 慌ててミケルがハンクを抑える。


『あ、そこのオッサンは臭くないんで、さっさとコレを外すッス』


「……」


「「え? なんで? 何が違うの?」」


 ハンクとオリビアはミケルを見ながら、ブランの臭い判断の理由がわからず困惑した表情だ。


「俺もオッサンって歳じゃないんだけど……」


 二人の視線に声を小さくして呟くミケル。


(なんで俺は臭くなくて、ハンクとオリビアが臭いんだ?)



『あっ、もっと臭いのが来たッス』


「「「ッ?」」」


 ブランが鼻で示す先には、不死者の姿があった。屋敷の柵に阻まれ中には侵入していないが、柵の向こう側では次々と不死者が現れ、その数が急激に増えていった。


「中層街の門が突破されたのか?」

「くそっ、なんて数だ、これじゃあ門で迎撃なんて無理だ!」

「屋敷の中に戻るのよっ! あの数じゃ門や柵はもたない!」

 

 膨大な不死者の数を目にしたハンク達が、慌てて屋敷に引き返そうとする。



『アニキがここを守れって言うならオイラがやるッス。……ふんっ!』



 ブランが勢いよく厩舎の柵を蹴り破ると、三人の前に出て一本角を光らせて魔法を発動する。


 ―『落雷』―


 屋敷の柵の向こうに落雷が落ちる。その衝撃により不死者の群れがまとめて爆散した。


 突然発生した轟音にハンクとミケル、そしてオリビアが耳を押さえ、閃光に目を覆う。それに構わずブランが立て続けに落雷を発生させ、屋敷周辺の不死者を一掃する。


 致命傷を免れた不死者数体が柵に近づくも、ブランは柵の間から脚を突き出し、不死者の頭を蹴りで吹き飛ばしていく。



「「「……マジ?」」」

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