第361話 拉致

 ―『魔導列車 一等室』―


 ガラッ


「「「?」」」


 自然に開いた車両連結部の扉を不審に思った一人の騎士が、その扉に近づいた瞬間、矢が眉間に突き刺さり崩れ落ちた。


 車両にいた神殿騎士達の纏う重装鎧を見たリディーナは、武器を魔銀ミスリル製の弓に持ち替え、矢を放った。魔導銃の方が連射と威力は上だったが、狭い車両内で大きな音を出し、居場所を特定されて一斉に押し込まれるのを避ける為だった。


 一等室のリビングスペースで寛いでいた重装騎士達は慌てて席を立ち、兜をかぶり直すが、その間にも次々に矢が放たれ頭を貫かれていった。


 瞬く間に六人の重装騎士を射殺すと、リディーナは同じ車両内の次の部屋へと向かう。


(思いっきり油断してるわね~)


 魔導列車の一等室は、本来、他の車両と隔離された構造で外部からの攻撃には強固な造りになっている。しかし、列車全てを神殿騎士団で使用し、車両間の閉鎖を行っていなかったことでリディーナとイヴはらくらく侵入できていた。それに、車両の防音機能が外部の騒音を遮断しており、一等室にいる騎士達は未だに何が起こっているか認識していない。


 リディーナとイヴは、以前、魔導列車の一等室での旅を経験しており内部の構造は知っている。リビングスペースを抜けると寝室が三部屋と従者用の個室が一つ、ダイニングともう一つの広めのリビングスペースがある。


 個室のある通路は狭く、イヴがリディーナに提案する。


「(リディーナ様、ここからは私が先行します)」


「(わかったわ。気を付けてね)」


「(はい)」


 イヴは光学迷彩の範囲内で二本の短剣を逆手から順手に持ち直す。炎古龍の角から削り出された刃が透明の『龍角短剣』を左手、真紅の『炎の魔法短剣』を右手に持ち、気配と足音を消して通路を進む。


 そこへ、不意に一人の騎士が寝室から出てくる。


「はぐっ」


 イヴは慌てることなく騎士の首に短剣を突き刺すと、素早く引き抜いて部屋の奥にいたもう一人に瞬時に接近する。


 首を刺された騎士は、頸動脈と気道を同時に貫かれ、声も出せずに自らが流した血の海に膝を着き、そのまま倒れた。その頃には奥にいた騎士もイヴに首を斬り裂かれ、首を押さえながら息絶えていた。



(他の寝室には人の気配はないわね。あとは奥かしら?)


 リディーナの目の前では静かに他の寝室の扉が開いていき、イヴが残りの部屋を確認しているであろう光景が映る。



 イヴが静かに扉を開けて奥の部屋を除くと、マルセル枢機卿と第一大隊隊長のレナード・バンス、重装備の神殿騎士四名の姿があった。マルセル枢機卿はソファで寛ぎ、その周りを騎士が護衛するような配置で立っている。



「む?」


 騎士の一人が不穏な気配を察知し、室内を見渡す。


「どうした?」


「いや、扉が……」


 そう言った騎士は剣を抜き、マルセル枢機卿を背に視線を左右に巡らした。その様子に周囲の騎士も即座に同調し、マルセルを囲んで警戒態勢に入る。


「ど、どうした?」


 慌てるマルセル。



「『魔封の魔導具』を起動させろっ!」


 マルセルの問いを無視してレナードが叫ぶ。瞬時に異変を察知した騎士隊は優秀ではあったが、足元に転がってきた金属製の筒、未知の兵器の前には為す術は無かった。


「「「ん?」」」


 ドンッ


 イヴの放った閃光手榴弾スタングレネードにより、激しい爆発音と共に眩い閃光が室内に発生し、マルセルと重装騎士達はその場で蹲るようにして倒れた。


「「「――――――」」」


 耳鳴りで音が何も聞こえない、目も開けているのに真っ白で何も見えない。方向感覚も失いまともに立ち上がることすら出来なくなった騎士達は、首に短剣を刺し入れられ、レナードを含め全員が死亡した。


 イヴは魔法の鞄マジックバッグから『魔封の手錠』と縄、大きめの麻袋を取り出し、慣れた手つきでマルセルを拘束し、猿轡を噛ませて麻袋を被せ、縄で縛った。


「リディーナ様、マルセル枢機卿の捕縛が完了しました」


「じゃあ、帰りましょ」


「了解です」


 …

 ……

 ………


 ―『ローズ家 屋敷正門前』―


「ほら! また来たわよ! さっきの光るヤツやっちゃって!」


 ローズ家の正門前に集まってきた不死者の群れを雷魔法と蹴りで一掃したブランにオリビアが叫ぶ。


「ハムハムハムハムハムハムハム」


 それにも構わずブランは一心不乱に飼い葉を貪り喰っていた。


「なに無視してんのよっ! さっきの勢いどうしたぁ!」


 オリビアはブランに叫びながら、門に押し寄せる不死者を柵の間から片手剣で突き刺していた。その隣にはハンクとミケルが同じように対処している。


「くそっ! 俺達だけじゃ無理だっ!」

「最初だけかよ! あの馬っ!」


はんらはひはらはへなひっふなんだか力が出ないッス


「「「食いながら喋るなっ!」」」


 高濃度の魔素が充満する教会本堂地下の『聖域』とは対照的に、神聖国周辺は魔素が少ない。そのことが魔物を寄せ付けない要因であった。その影響は一角獣ユニコーンであるブランにも当然及んでいた。


 ブランは魔法を連続で使用した途端に極度の空腹に襲われ、不死者そっちのけで飼い葉を求めた。


ほはにもっほひひほんなひんふか他にもっといいモンないんスか?』


 飼い葉が飽きたのか、それとも飼い葉では栄養を満たせないのか、飼い葉を持ってきた屋敷の使用人に他の食材を要求するブラン。しかし、使用人は言葉が聞き取れず、また、馬が喋ることに困惑して固まったままだ。


「「「口にモノを入れて喋るんじゃねぇ!」」」


 その様子にイライラしてきた三人は、不死者に剣を突きながらブランに叫ぶ。



「あら、ブラン。アナタ全然役に立ってないじゃない」


 その声と同時に、紫電が屋敷の前の通りを突き抜けた。真横からの電撃により門に群がっていた不死者が一掃される。


「「姐さんっ!」」


 光学迷彩が解除されたリディーナが、姿を現して屋敷の前に降り立った。隣には大きな麻袋を抱えたイヴが同じように姿を現す。


「リディーナ様、私はを置いたらすぐに戻ってまいります」


「その必要は多分ないわね~」


「?」


 リディーナは視線を空に移し、教会本堂の上を指差す。



「レイが何かはじめるみたいよ?」

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