第359話 鉄槌

「じゃあ、私はマルセルって奴を始末してくるわね。イヴ、行きましょ」


「はい!」


「ちょっと待て」


 壁の穴から飛んで行こうとしたリディーナとイヴを、レイが呼び止める。


「不死者を操ってる勇者がいるかもしれないからな」


 そう言ってレイは光学迷彩の魔法を二人に施した。


「お互い見えないから気を付けるんだぞ? できればマルセルは生かして連れて来てほしいが、それは状況に任せる。二人の安全を優先してくれ」


「わかったわ、魔法ありがと。じゃあ、行って来るわね」

「ありがとうございます。行って参ります」


 二人は飛翔魔法を使ってマルセルが逃げた先、魔導列車の駅に向かって飛んで行った。


 レイは二人を見送ると、リディーナの外套に包まれた少女の元へ向かう。


(薬物を併用した儀式、洗脳か。、俺が使える魔法じゃ治療はできないな……)


 この世界の魔法は、魔力を事象に変換する際、強いイメージによってその再現度が大きく変わる。それに、聖職者が使う回復魔法のように、怪我が治るメカニズムを知らずとも強い思い込みで発現できてしまう。『神託』がどのような仕組みで女神から発信されるかは不明だが、薬物で強制的に覚醒トランス状態にさせて自分が『聖女』であると思い込まされれば、神の声を聞くことが可能になるのかもしれない。


 レイは、紛争地域の少年兵を思い出していた。暴力や薬物、宗教的な洗脳で、従順な兵士に育てられた子供達。命令されれば平気で親兄弟を殺したり、爆弾を抱えて自爆する少年少女達に、目の前の少女を重ねる。


 この少女もそれに近い状態だとしたら、薬物中毒の他に、精神的な治療ケアも必要になるだろう。


「この子の治療は後だ」


「レイ様、薬物中毒の治療法はいくつかございますので、その子のことは我々が引き受けます」


「いや、治療は後で俺がやる。この子はローズ家に運べ。それとさっき言った仕事だが……」


「何なりとお申し付けください」


「この建物から人を全員退去させろ」


「へ? あ、いや、失礼しました。……ぜ、全員退去ですか?」


「そうだ。『女神の使徒』の名を使おうが、『神託』があったとでも何を言ってもいい。それでも従わない者、死んでもいい奴は放っとけ」


「ま、まさか……」


「まあ、お前の想像どおりだ」


 ダニエは顔を青くしながら、素早く思考を巡らせる。教会本堂の上層だけならともかく、下層には数百人の聖職者と従者達がいる。十数人の異端審問官達だけでは全員は不可能に思えた。


「俺も補助してやる。死にたくなきゃ外に出て、できるだけ建物から離れるように伝えろ。会議室にいた連中は後で用があるから拘束してでも外に出しておけ」


「しょ、承知しました。……あちらの教皇はどうなさるおつもりですか?」


「俺が預かる。行け」


「「「はっ!」」」


 ダニエはレイから少女を受け取り、異端審問官達と共に部屋から出て行った。



「哀れなジジイだ。聖女を仕立てるこの儀式とやらも、先人達から引き継いだだけかもしれんが、それに疑問を持つことも無く実行したんだから救えんな。だが、最後ぐらい世の中の役に立って貰おうか」


 レイは、裸で祈り続ける教皇の腕を掴み、部屋に空いた壁の穴に引きずっていった。


 …

 ……

 ………


「イヴ、私の声が聞こえるかしら?」


「はい、聞こえます」


「お互い姿が見えないから同士討ちには気を付けないといけないけど、どうしようかしら……」


「これでどうでしょうか? 見えますか? リディーナ様」


 イヴは腕を伸ばして、真紅の『炎の魔法短剣』を振ってみせる。

 

「あっ、見えたわ。私の細剣は透明だから目印にはなり難いわね」


「恐らくマルセル枢機卿は神殿騎士に守られているはずですから、私は直接、枢機卿の捕縛に向かいます。申し訳ないのですが、騎士達をリディーナ様にお任せしても宜しいでしょうか?」


「ええ、わかったわ。任せなさい。国を捨てて逃げるんだから全員始末しちゃっていいわよね?」


「枢機卿の命令に従ってるだけの者もいるかもしれませんが……」


「じゃあ、枢機卿の拉致を優先しましょう。掴んで飛んじゃえば追っては来れないだろうしね」


「了解しました」


 …

 ……

 ………


 魔導列車のある駅は、中層街と下層街の間にあった。下層街は既に不死者の群れで溢れており、中層街は不死者と生き残っている騎士や住民で今も大混乱だ。


 しかし、駅は周囲を高い柵で守られ、不死者の姿はない。いるのは発車準備を進めている駅の職員と神殿騎士だけだ。


「車両は先頭の機関車両と前の三両だけでいい! 後は切り離せ!」


「「「は、はい!」」」


 神殿騎士の命令に、作業員達が車両の連結を切り離す。柵の向こうには不死者が押し寄せ、作業員に喰らいつこうと柵を揺らしていた。


「「「ひいっ!」」」


「何をぐずぐずしている! 早くしろ!」



 表の作業の裏では、マルセル枢機卿が魔導列車の一等室に乗り込んでいた。車内にはマルセルの他に神殿騎士団第一大隊の隊長レナードと、重装備の神殿騎士十二名が同席していた。


 マルセルはワインを片手に、側にいるレナードに声を掛ける。


「出発はまだか?」


「只今、余分な三等室以下の車両を切り離す作業と、二両目の個室に荷物を搬入しております。もう暫くお待ち下さい」


「うむ。準備ができ次第すぐに出発せよ」


「はっ、承知しました」



 車両の最後尾、三等室には、第一大隊三十名が席に着き、各々寛いでいた。


「出発はまだかよ?」

「もうすぐだろ」

「いやー しかし、俺達、第一大隊で良かったぜ」

「だな。他の連中には悪いが、こんなとこで不死者に喰われて死ぬのは御免だぜ」

「家族がどうのって残った連中はバカだよなぁ」

「まったくだ。いくらなんでも不死者の数が多過ぎる。ここはもう駄目だろ」


「ここの職員はどうすんだ?」

「流石に枢機卿と神殿騎士が住民を置いて逃げるんだぜ? いずれ不死者に殺られるとしても、万が一があるから作業が終わればコレだよコレ」


 そう言った騎士が自分の首に手を振り、ニヤついた顔で首を刎ねる仕草をする。



「最低ね。それでも騎士なの? 少しは外で必死に住民を守ってる者達を見習ったら? ただし、あの世からね」


 次の瞬間、手を振っていた騎士の首が宙に舞った。


 ―『雷撃』―


 一直線に伸びた紫電が枝分かれしながら着席している神殿騎士十数人を貫く。


 電撃に貫かれた騎士達は鎧の隙間から煙を上げて瞬時に絶命し、それを見た他の騎士達が慌てふためく。


「「「な、なん――」」」


 ―『雷撃』―


 間髪入れずに続けて発生した雷撃が残りの騎士達に降り注ぎ、車両にいた神殿騎士三十名全員がその場で命を落とした。



「ごめんね、イヴ。さっき言った計画は取り消すわ」


「はい。こんな者達は神殿騎士などではありません!」

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