第356話 一閃

 ――『教会本堂 会議室前』――


 レイ一行は、教会本堂の内部を暗部の使用する秘密の通路を使い、誰にも見られずにここに来ていた。


 ドカッ


 会議室の扉を乱暴に蹴り開けたレイは、中に入り室内にいた二人の枢機卿と一人の騎士を見る。レイの背後にはリディーナとイヴ、そしてダニエ枢機卿と異端審問官達が後に続いて入って来た。


「「「ッ!!!」」」


 突然のことで固まっている室内の三人を他所に、レイが口を開く。


「数が足りないな? マルセルって奴はどいつだ?」


 レイは室内にいた面子を見て後ろのダニエに尋ねる。枢機卿らしき祭服を着た者が二人。騎士の格好をした者が一人だ。異端審問官達の話では、この部屋で枢機卿と騎士団の責任者が不死者の対策をしているはずだったが、枢機卿の数が一人足りなかった。


「レイ様、そこにいるのはパスカル枢機卿とヨアン枢機卿、それと、神殿騎士団のユーグ総団長です。マルセル枢機卿はおりません」


 ダニエがレイの後ろから三人の説明をする。



「ダニエ枢機卿っ! 一体何事ですかっ! それにその不遜な輩はなんなのですかっ!」


 パスカルが甲高い声で叫ぶ。


「なんだ、いないのか。なら、奴がいそうなところへ案内しろ」


「承知しました」


 レイはパスカルを無視してダニエにマルセル枢機卿の元へ案内させる。しかし、それをユーグが立ち上がって遮った。


「貴様ぁ……ここを一体どこだと思ってる?」


「お前等は後で構ってやるから不死者の対応でもしてろ」


「待たんかっ、小僧!」


 レイに軽くあしらわれたユーグは激高して腰の長剣を抜く。が、その剣には根元から先に刀身は無かった。


「は? へ?」



 ―新宮流『閃』― 


 新宮流における抜刀術『閃』。新宮流にも居合、抜刀術は勿論存在する。刀を鞘に納めた状態から、抜刀と同時に相手を斬り付ける一般的な技だが、無論、刀を抜いた状態で降り下ろす方が物理的には速い。メリットとしては相手に間合いを計り難くすることと、抜刀における一連の動作を隠し「刀を抜く」という所作を相手に認識させないことで直前まで攻撃の意図を隠すことにある。居合の方が剣速が速くなるというのは誤りで、実際には速いのではなく軌道が見え難いことと相まって速く感じるだけだ。既に敵と対峙した状態でわざわざ刀を鞘に戻して居合をするメリットは無い。


 ユーグが剣を抜く寸前、瞬く間に長剣の刃を両断したレイだったが、それはレイの技術と黒刀の性能があってこそだった。ユーグは勿論、枢機卿の二人も何が起こったか理解出来ず、異端審問官達にもレイが何をしたのか分かったのは数人だけだった。


 レイは黒刀を鞘に戻していたが、ユーグは自身の長剣がレイに刃の根元を断たれて刀身が鞘に残ったままだということに未だ気付いていない。


「(ちょっとイヴ、今の見えた?)」

「(いえ、まったく。以前より凄くなったような気が……)」


「おい、クヅリ。少し軽いぞ。重さも元に戻せ」


『前と同じでありんす』


「……?」


(俺の体が変わったのか? いや、前から感じてたズレのようなものが無くなった。身体が元に戻っただけじゃないのか……後で確かめないとな)


「おい、お前等何人かでこのジジイ共を見張ってろ」


「「「はっ」」」


 レイは異端審問官数人にこの場に留まるよう指示すると、会議室を出ようとする。


「レイ、始末しなくていいの?」


「こいつらがどんな奴等か分からんし、今は時間が無い。保留だ」



「き、貴様! なんたる物言いだっ!」


 ユーグは刀身の無い柄だけの剣を握りながら、レイとの力量差よりも、その横柄な態度への怒りが先にあった。人生で一度も躓かず、大陸中にいる神殿騎士の頂点に上り詰めたユーグは、他人を見下すことはあっても見下されることなど初めてだった。


「誰か参れっ! この不届き者をすぐに捕らえるのだっ!」


「誰も来るわけないだろ? どうやってこの部屋に来たと思ってんだ? 指揮官とはいえ、自分自身が武力を行使する気がないなら騎士なんてやめろ」


「な ん だ とぉぉぉ」


「お座りください。手荒な真似はしたくありません」


 怒りの形相でレイを睨むユーグを異端審問官達が宥める。


「ええい! その薄汚い手を離せっ! 儂を誰だと思っておる! 異端審問官なんぞが気安く触れるでないわぁ!」


 ドンッ 


「あぎゃ」


 ドンッ


「うぎっ ぎゃああああああ」


 レイは腰からコルトガバメントを抜き、ユーグの両膝を撃ち抜いた。


 銃から排出された空薬莢の乾いた音はユーグの絶叫に掻き消され、火薬の爆発により熱せられた薬莢は絨毯を僅かに焦がす。


「黙ってそこに座ってろ。そこの二人も同じだ。大人しくしてろ」


 突然の出来事にその場で硬直している二人の枢機卿と、悶絶しているユーグを放置し、レイは部屋を出ていった。


 …


 レイは、マルセル枢機卿に割り当てられているという建物に向かって通路を進み、歩きながらダニエ枢機卿に状況を聞く。


「で? さっきの話の続きだ。捕らえた勇者は本田宗次、リディーナが殺ったのは田中真也で間違いないんだな?」


「そのとおりで御座います。しかし、ホンダソウジには逃げられました。誠に申し訳ございません」


「荷物を置いて姿だけ消えた……か」


「捜索しましたが、拘束していたあの部屋から出た形跡はありませんでした。考えられるのは、レイ様の様に透明になって空に浮かぶか、古の転移魔法かと……」


 レイがダニエと会った部屋が本田が拘束された部屋だった。拷問の内容を聞いた限りでは、本田が負っている傷は回復魔法や回復薬ポーションでは戦闘はおろか、満足に逃げられる状態まで回復できるとは思えなかった。


「『空間転移』の能力をもつ、吉岡莉奈が救出にきたと考えられるが、怪我人を抱えているならそのまま離脱した可能性が高いな……田中真也の遺体は?」


「そちらに関しては、エピオン様の御助言があり、灰になるまで炎で焼き、処分致しました」


「まあ、いずれにせよ後で確認する。その灰と、二人が持っていた所持品の全ては保管しておけ」


「承知しました」


 異端審問官の一人が、レイの発言を受けて指示どおりにするべく離れていった。


(まるで、レイの従者ね……)

(あのダニエ枢機卿まで……)


 …


 レイ達がマルセル枢機卿のいる建物に入ると、それまで見られなかった警備体制がそこには敷かれていた。


「随分、厳重に守ってるじゃないか。マルセル枢機卿ってのは他の枢機卿より特別なのか?」


「私を除き、大陸に十一人いる枢機卿の中では一番長き者です。次期教皇に一番近いとも……。しかし、裏では聖職者にあるまじき行為を長年行ってきた者でもあります」


「膨れ上がった権力でやりたい放題か。まあ、あるあるだな」


「お恥ずかしい限りで御座います」



「何者だっ! ……ダニエ枢機卿?」


 レイ達を見つけた護衛の神殿騎士達は、一斉に警戒するが、ダニエを見て言葉と姿勢を正した。


「これはダニエ枢機卿! ここへ何用でありますか? 今は誰も通すなとマルセル枢機卿から厳命を受けておりま――はがっ」


 横からレイの掌底が騎士の顎を打ち抜く。意識が飛んで崩れ落ちる騎士を見ることなく、レイが通路にいる騎士達に殺気を込めて呟く。


「邪魔だ」

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