第355話 動向

 ――『教会本堂 会議室』――


「一体どうなっておるのだ! ここは神聖国セントアリアだぞっ!」


 神聖国にいる四人の枢機卿の一人、パスカル・デンツ枢機卿は本堂内にも関わらず甲高い声で叫ぶ。その顔は完全に怯えきっていた。


 この会議室にはパスカルとヨアン・ビューロ枢機卿、神殿騎士団総団長のユーグ・アマンドがいた。


「不死者の群れ、しかもその殆どが神殿騎士達だぞ! ユーグ総団長! オブライオンに派遣した混成団が返り討ちに遭い、不死化されて戻ってきたのだろう? 総団長として早く何とかしたまえ!」


「パスカル枢機卿、落ち着いて下され。この教会本堂と中央区画の守りは第二大隊が門をしっかり守っております。不死者の一体とて侵入できんでしょう」


 ユーグが余裕たっぷりの表情でパスカルに安心するよう諭す。外の状況など部下からの報告を聞くだけで、教会本堂から一歩も出ていないユーグは、自分への責任追及を何とか逸らすことしか頭にない。


「ちゅ、中層街はどうなのだ? 下層街は全滅したとの噂もあるのだぞ? ふ、防ぎきれるのか?」


「中層街は第三大隊が浄化魔法を使える者達を率いて対処中です。御安心を。それに、下層街については警報を聞いて屋内に避難している者は大丈夫でしょう。不死者共に戸を開ける知能などありはしないのですから」


「それにパスカル枢機卿は常日頃、神聖国に人が集まり過ぎて困ると愚痴を溢していたではないですかな? 下層街の住人など、丁度良い口減らしになったのでは?」


「バ、バカな! そのようなこと、女神様に誓って本心などではないっ!」


「しかし、このような状況で教皇様やマルセル枢機卿、それにダニエ枢機卿は一体何をされておられるのか?」


「まさか、逃げたのでは……」


「そうであれば私の耳に入るでしょう。ダニエ枢機卿はともかく、教皇様やマルセル枢機卿にも我が第一大隊の騎士が警護についているのですからな。しかし、お三方が何を考えているかまでは計りかねます。この一大事に何もしておらぬのでは民や信徒に対する示しがつきませんよ?」


「他の枢機卿が何をしているかなど私が知る訳がないだろう!」


「それでは困ると言っているんですよ。我ら神殿騎士は聖職者の剣であり盾です。それを振るう方々の意思ははっきり示して頂かないと、我々も力は発揮できませんのでね」


「貴様ぁ……この事態の責任を我らに負わすつもりか!」


「いえいえ、あくまでも道理の話をしているだけですよ。一人の枢機卿の命令で騎士団を動かすわけにはまいりませんからな。教会としての意思統一をお願いしてるだけですよ」


「ぐぬぬぬ……」


 …


 教会本堂の会議室で、教会幹部と騎士団が責任の擦り付け合いをしている中、中層街では神殿騎士団第三大隊が聖職達と共に不死者と相対していた。


 しかし、戦況は芳しくない。神殿騎士が不死者と対峙している間に聖職者である神官や修道女が『浄化魔法』を放つ戦法をとってはいるが、実戦経験のない者達は徐々に不死者に狩られていった。


「は、早く! 早く魔法を撃てっ!」

「なんで不死者が剣を? ぎゃ」

「め、め、女神、ア、アリアのご、ご加護を、わ、我、……きゃああああ」


 修道女は詠唱を最後まで唱えることなく、不死者の餌食になる。


 不死化した神殿騎士、死の騎士デスナイトは剣や槍を振るい、同時に組み付き、噛みついて、容赦なく神殿騎士や聖職者を襲っていた。中には執拗に建物の扉を壊して中に入ろうとしている個体もいる。逃げ遅れた住民に生きている者の姿は無く、腐乱死体ゾンビとなって死の騎士と同じように騎士達を襲う。


 神殿騎士達も必死に不死者に剣を振り回すが、一撃でその動きを封じることは出来ず、多勢に囲まれ畳みかけるように襲われて次々に倒れていく。


「だ、駄目だ! た、退避! 中央区画へ退避しろーーー!」


 指揮官の叫びに生きている者達は中央区画に通ずる門へ殺到する。


「開けろー!」

「何してるっ! 早く門を開けろっ!」

「開けろ開けろ開けろぉぉぉ」


「さ、下がれっ! 如何なる状況でも門を開けるなとの命令だっ!」

「下がれ! 下がって、戦えっ! 命令だぞ!」


 鉄製の格子でできた門や柵から無数の手が伸び、中央区画側にいる騎士達は槍を構えてそれを牽制していた。


「ふざけるなっ! あげあばぁぁぁあああ」


「「「ひっ!」」」


 街は阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 押し寄せる不死者の群れと、逃げ惑う騎士や住民で門や柵が軋みだす。


 …

 ……

 ………


 同時刻。


「失礼します」


 神殿騎士団、第一大隊隊長のレナード・バンスはマルセル枢機卿の元へ訪れていた。第一大隊は教会本堂内の警備を担当する隊だが、レナードはユーグと違い、街の状況をある程度把握していた。


「どうした?」


「中層街はもう駄目です。中央区画も時間の問題でしょう。お早い脱出を」


 執務机に腰かけたマルセル枢機卿は暫し考えを巡らす。その姿は剃髪した頭部に肥満体。目つきは恐ろしい程鋭く、目の下の色濃い隅も相まって見る者を畏怖させる風貌をしていた。


「魔導列車は?」


「信頼できる部下に死守させています。そこに至る道筋も今なら問題ありません」


「まだ儀式の途中だ。クレアに比べれば遥かに劣るが、なんとかなりそうな者が残ったというのに……。しかし、それを惜しんで脱出できなければ意味がないか。……よろしい、では、儀式の全てを破棄して脱出の準備をしろ」


「聖女候補と教皇様は?」


「……全て始末しろ。連れ出したとしても役には立たん。私さえ生きていれば教会の再建は可能だからな」


「承知しました」


 …

 ……

 ………


 同時刻。


 中央区画にある、教会本堂に次ぐ大きな建物内では、内務大臣のケネス・ローズが慌ただしく執務室にいる部下に指示を出していた。


「逃げてきた者はこの建物に入れるだけ入れて避難させろ!」


 中層街の門が閉まる前、中央区画には大勢の住民や旅行者である巡礼者が押し寄せ、施錠された家屋に避難出来なかった者達が街に溢れていた。


「家具で窓を全て塞げ! 足りなければ上の階から持ってこい! 食料や毛布、シーツ、各種回復薬ポーションと薬草もかき集めろ! 食料には見張りを立てるのも忘れるな!」


「な、何故、回復薬も? 不死者に噛まれれば意味がないのでは? それに、この区画まで不死者が襲ってくるとは……」


 部下の一人がケネスに尋ねる。


「愚か者! 怪我をするのは直接攻撃されるだけではないのだぞ! それに、我々は万が一を考えねばならん。今は回復魔法で怪我を癒すより、浄化魔法に魔力を使用することを優先しろ! 一人を救っても不死者を殲滅せねば意味が無いのだからな。分かったら各位にそれを伝達しろ!」


「はいっ!」


 ケネスは中層街と中央を隔てる門や柵が魔物の襲撃に耐えられるものではないと知っていたが、部下にはあえて言わなかった。このことが伝われば更なる混乱を招きかねないからだ。


「浄化魔法を使える者を一階に集めろ! 受け入れた避難民は二階以上に通せ! 私も下に降りて直接指揮を執る!」



 自身の魔術杖を手に取り、一階のロビーに場所を移したケネスは、職員と避難民で混乱を極めた現場に直面する。どの建物も警報を受けて施錠しており、それに入れなかった避難民が殺到していたのだ。


「落ち着けっ! この建物は最後まで閉じたりはしない! 慌てず落ち着いて上の階に避難するのだ! ……おい、そこの神殿騎士!」


 建物の警備についていた神殿騎士達を呼び止めるケネス。


「ここの警備はいい。お前達は他の官僚の状況と、神殿騎士団の様子を調べて私に報告しろ!」


「は、はいっ!」


 続けて避難民の誘導や窓を家具で塞いでいる職員に小声で指示する。


「ローブや外套は脱いでおけ。混乱した避難民に掴まれたら動きが取れなくなる。それが不死者ならおしまいだぞ?」


「わかりました!」


「分かったら全員に伝えろ」



(レイ様の言われた通りならここに不死者が押し寄せるのも時間の問題だ。一人でも多くの民を屋内に避難させなければ……)

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