第357話 邪魔

 レイはマルセル枢機卿がいると思われた建物を後にし、教皇が籠っているという教会本堂最上部へ向かっていた。


 マルセル枢機卿は建物内におらず、十数人の神殿騎士と従者達しかいなかった。レイが数人を黒刀で昏倒させると、残りの騎士達は剣を捨てて投降した。呆れたレイ達だったが、ダニエ枢機卿と異端審問官達が同行していることが影響として大きかった。騎士達からすれば、暗部に逆らい、要人のいない場所を命懸けで守る理由は無かったからだ。


 黒刀の峰で鎧ごと骨を砕かれた騎士達は、重症だが命に別状は無い。レイは騎士達の意識を奪ったり、四肢のいずれかの骨を折るだけで命までは奪っていなかった。


「殺しちゃわないのって、珍しいわね」


「俺はこの国を滅ぼすつもりはないんだぞ? 事情を知らず、職務を行ってるだけの兵士を斬るのは正当性がないからな。こちらを殺す気で向かってくるならともかく、不必要に殺せば後が面倒になる」


「後って?」


「教会のトップを入れ替えた後ってことだ。あまり騎士を殺せば俺達は侵略者になる。いくら本物の聖女がいて、枢機卿や内務大臣が支持したとしても、人死にが多ければ誰も大人しく従わんからな」


「国を貰うって本気だったんだ……」


「勘違いするなよリディーナ。俺は国なんか欲しくないぞ? そんな面倒臭いこと御免だ。この世界にある唯一の宗教が一部の人間の思惑で動かされるのは今後邪魔になるだけだからな。前に予定していたとおりにするだけだ」


「じゃあ、天罰って?」


「上を入れ替えただけじゃ、どうせ変わらん。とりあえず先にマルセルと教皇だ。天罰に関してはその後だな」


「ふーん……」


 リディーナは、レイの横顔を隣で見ながら不思議そうな顔をする。教会の中枢を入れ替えることは前にアンジェリカに話していたことだから理解できるが、「天罰」とは何のことかが分からなかった。


 …


 ――『教会本堂 最上階礼拝堂』――


 ここは教会本堂の最上階にある礼拝堂で、教皇や聖女が女神アリアに祈りを捧げる専用の礼拝堂だ。一般には勿論、教会内部の者でさえ立ち入ることができない教会内における聖域である。


 そこへ至る通路の奥には、他の騎士と異なる装備を纏った十数人の神殿騎士達が扉を守っていた。先程の騎士達と違い、レイ一行の姿を見るなり抜剣し、大盾を構えて即座に迎撃態勢に入っていた。


「ダニエ、ここはそういう場所なのか?」


 レイは、ダニエにこれが通常の警備体制なのかを尋ねる。


「いえ、通常ここは教皇と聖女様の護衛騎士以外の警備はおりません」


「表の騒ぎで警備を強化しているのか?」


「不死者が街を襲う以前から、第一大隊はここを封鎖しておりましたのでそれはありません」


「なら、手加減しなくてもいいか」


「はい?」



 レイは黒刀を抜き、片手でだらりと下げながら歩き出す。扉を守る騎士達は素早く陣形を敷くと、大盾を前に構え隙間から槍を突き出した。


(他の神殿騎士より少しはやりそうだな。それに、この通路は魔法が使えないのか)


 通路に一歩足を踏み入れた途端、魔力が霧散する感覚ですぐに『魔封の結界』内に入ったことが分かった。しかし、レイは既に子供の体ではなく、身体強化をしなくても刀を振ることに問題は無い。



「お前達、使徒様をお守りしろ」


 ダニエが異端審問官の部下達に指示を出すも、リディーナがそれを制した。


「レイの邪魔になるからやめておきなさい」


「しかし、この通路は魔法が使えません。それにあれは第一大隊の精鋭です」


「平気よ」


 扉を守る騎士は全部で十二人。ここにいるのは三百人の騎士が所属している第一大隊の中でも古参の騎士達だ。他の神殿騎士の鎧に比べて魔銀ミスリルの純度が高い重装鎧と業物の長剣を装備し、練度の高い実戦経験のある猛者達だった。


 その上、この通路は魔法による偽装や侵入を防ぐ為の『魔封の結界』が施されており、先程の銃撃も魔導具の類と思っているダニエは、いくらなんでも無茶が過ぎると考えていた。


「ダニエ様、流れ矢に当たらないよう、注意してください」


 そう言ったイヴの視線の先には、大盾の隙間から弓に矢をつがえる騎士の姿があった。リディーナとイヴがそれぞれ剣を抜くが、異端審問官達が二人とダニエの前に出る。


「んもう、邪魔よアンタ達!」



 刀を抜き、歩いて近づいて来るレイを見て騎士の一人が呟く。


「隊長……」


「ここへは何人たりとも通すなとの命令だ。中の作業が完了するまで誰にも見られる訳にはいかん。暗部の異端審問官なら尚更だ。……殺せ」


 顔まで覆う兜の下からくぐもった声で隊長と呼ばれた男が指示を出す。それを聞いた三名の弓騎士が、警告を発することなく一斉に矢を放った。


 ―新宮流『瞬歩』―


 レイは、射手の矢を握った手が開いたと同時に、『瞬歩』により射線を躱すようにして前に出る。『瞬歩』は新宮流における縮地法で、体軸移動により素早く走る歩法だ。通常、人が走り出す際は地面を蹴るようにして脚力を駆使するが、古武道においては体軸を前方に傾けて、足に荷重をかけることなく二歩目を前に出し、それを繰り返す。この歩法は、通常の走り方に比べて足を蹴り出す溜めが無いので初動が速く、最小限の動作は速度以上の錯覚を対峙した者に与える。


(警告も無しか……)


 ドンッ


 初撃の矢を瞬歩で躱したレイは、そのまま騎士達に接近。同時にコルトガバメントを抜き、セーフティーを解除して次の矢をつがえた騎士に向かって引金を引いた。


 顔まで覆う兜の目の隙間に銃弾が吸い込まれる。弓騎士の頭部が仰け反るように揺れ、崩れるようにその場に倒れた。


 その様子に何が起きたか困惑した神殿騎士達だったが、すぐにレイに視線を戻す。


 ドンッ


 ドンッ


 続けて二人の弓騎士の頭部を銃で撃ち抜いたレイは、すでに隊列の前まで肉薄していた。


 突き出された槍を黒刀で薙ぎ払うと、目の前の大盾に黒刀を突き刺した。


「ぐぷっ」


 盾ごと騎士を串刺しにしたレイは、拳銃ガバメントを口に咥えて殺した騎士を掴んで引き寄せ、刺した刀を抜く。


「なっ」


 物言わぬ死体となった騎士を盾にし、隣で盾を構えた騎士の首を、鎧の隙間に刀を滑らせ刎ねる。反対隣の大盾を蹴って距離を離すと、前衛の裏にいた騎士に黒刀を振るう。


 一人、二人とレイの黒刀によって騎士達が斬り殺される。重装の鎧も業物の剣も、黒刀『魔刃メルギドクヅリ』の前では紙同然だった。その上、レイは一太刀で騎士の急所を斬り裂いて即死させており、追撃を許さない。


 焦った騎士達は、形振り構わず味方ごと斬るつもりで四方からレイに斬りかかるが、死体を盾にし、巧みに身体を入れ替えながら斬撃を繰り出すレイにその剣は届かない。

 

 盾にされた騎士の首がもげ、腕が飛んで無くなった頃には、騎士達は僅か三人にまで数が減っていた。


 ドチャ


 ボロボロになった騎士の死体を手から離したレイは、咥えていた銃を掴む。


「バ、バカなっ! 我が隊の騎士がこんな……」


 ドンッ ドンッ ドンッ


 残った三人の騎士の頭部を近距離からあっさり撃ち抜いたレイは、空になった弾倉を交換して腰のホルスターに戻すと、後ろにいるリディーナ達に声を掛ける。


「行くぞ」

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