第346話 死の騎士

 ――『神聖国セントアリア 近郊』――


 時は暫し遡り、神聖国近郊では、人々や馬車が列をなして街道を進む姿があった。近隣の国や村から神聖国の大聖堂へ巡礼に向かうアリア教徒と物資を運ぶ商人達だ。


 神聖国セントアリアには大陸中から巡礼者が訪れる。他国の聖職者は勿論、敬虔なアリア教徒なら誰でも生涯に一度は聖地に赴き、祈りを捧げることが尊ばれる。



 そんな中、ある一組の巡礼者が、森の中の街道脇で腰を休めていた。


「ふぅーーー この森を抜ければ、セントアリアだ。長かったなぁ~」


「魔導列車に乗れれば、もっと早く着いたんですけどねぇ」


「あんな高価なモン、何言ってんだ! 聖地に至る旅にもちゃんと意味はあるんだぞ? 慎ましやかに、一歩一歩、聖地までの旅順を女神様に祈りながらだな……って、どうした?」


「なんか森の中で音がしたような……」


「おいおい、もうすぐセントアリアだぞ? 聖地の近くには滅多なことでは魔物は出ないとさっき聞いたばかりだろ?」


「いや、気のせいじゃない! 何か来る、それも大勢――」



「「「きゃあーーーー!」」」


 二人が悲鳴のあった方を慌てて見ると、鎧を纏った騎士に修道女の一団が襲われていた。騎士の一団は森から次々に現れ、街道を進む人々に剣を突き刺し、齧り、引き裂いていた。


「なんだありゃ……」


「ア、不死者アンデッド……でも、あの姿は……」


「「し、神殿騎士? ッ! ぎゃあああああああ」」


 背後の森から現れた騎士に首筋を食いちぎられ、二人は断末魔の悲鳴と共に命を絶った。


 数千を越える神殿騎士が押し寄せるように森から溢れる。瞬く間に街道にいた巡礼者の列を飲み込み、生きとし生ける者に食らいつく。


 高槻祐樹に凍らされた一万を超える神殿騎士達とその従者達。そのあまりに綺麗な遺体は不死化した後も近くで見なければ腐乱死体ゾンビとは分からない程だった。それにその影響か、中には武器を使用できる知性を保った者も多く存在し、剣や槍を生ける者へ振るう。知性を残してるとはいえ、その思考は生ける者への憎悪と飢えだけだった。


死の騎士デスナイト』と化した神殿騎士団は、近隣の村々や、街道の巡礼者を飲み込み、不死化してその数を増やしながら『神聖国セントアリア』へ歩を進めていた。


 …

 ……

 ………


 ――『神聖国セントアリア 城門』――


「なんだ、今日はやけに巡礼者が少ないな」


「少ないどころか一人も来ねーじゃねーか」


 神聖国の城門では、神聖騎士が暇そうに門の外を見ていた。これまで、朝から誰も入国しない事態は初めてのことだ。しかし、配属間もない若い神殿騎士にはそれが異常なことだと認識するには至らず、上長に報告することもなかった。


「おい、あれなんだ?」


「んー? ありゃウチらの騎士団じゃないか……隊旗も掲げてないし、どこの隊かは分からんが、あれじゃねーか? ほら、暫く前に遠征にいった……」


「あー あの混成大隊の! って、先触れもないし、帰還の予定なんかあったか?」


「いや、聞いてないな。てか、隊列も組まずに弛んでんな~ どこの大隊だ?」


 弛んでいたのは城門の騎士達だった。城壁の騎士も含めて、『死の騎士』の集団が城門に接近するまで、その異変に気付けなかったのだ。


「おいおい、やけに汚れてんな~ って、そりゃ血か? そんなんで街に入――」


 ズッ


 言葉を最後まで発することなく、城門にいた騎士の顔に剣が突き立てられた。


「おいっ! 何して……あがっ!」


 瞬く間に、城門の騎士を屠った『死の騎士』達は、次々に城門を通過していく。



「た、大変だ…… け、警報! か、か、か、鐘を鳴らさないと!」


 城壁の上にいてその光景を呆然と見ていた騎士は、我に返り慌てて警報を発しに鐘楼の鐘へと走った。


 …

 ……

 ………


 ――『中央区画 ローズ家屋敷』――


 一方、その頃、ローズ家の執務室では、レイがケネスから教会の内部事情や派閥関係などを聞き出していた。


「なるほどね。なら、引き籠って姿を見せない教皇は後に回して、まずはマルセル枢機卿って奴からつつくか……」


「マルセル枢機卿ですか?」


「奴は末端の司祭を使って麻薬を入手していた。それも、個人で使うには取引量が多過ぎる、そうなんだろ?」


 レイは、潜入してその仲介をしていたオリビアに話を振る。


「ああ、間違いない。司祭も使用していたが、取引量からすれば微々たるものだ。他に蔓延していた様子は無かったし、売買で利益を上げていた人間もいない」


「ま、麻薬ですか? 私の耳にはそのようなことは噂にも上ってきてませんが……」


「それに、マルセルは子供を大量に購入しようとしていた。不法に捕らえられた三十人、全て十歳に満たない子供だ。すでにその子供達は保護されて心配ないが、取引業者を辿って麻薬と一緒にマルセルに行きついてる」


「なん、ですと……?」


 レイの話に表情が固まるケネス。その様子から、そういった不正行為は教会内の極限られた人間のみで行われた可能性が更に高くなった。


「マルセルって奴の目的がなんにしろ、枢機卿という、教皇を除いた教会のトップが娯楽や性欲を満たす為にやってるとしたらお粗末過ぎる……何かあるかもな」


「どういうこと?」


 リディーナが不思議そうな顔でレイを見る。


「仮にも聖職者のトップがそんなゴロツキみたいな真似するか? それに、違法業者のニコライ、司祭、マルセル枢機卿とすぐに辿れるのもやり方が杜撰だ。まともな捜査機関が機能してればすぐにバレるぞ? 暗部が黙認してたとしても、立場ある人間がやるにはリスクが大き過ぎる」


「バレても構わないとか?」


「いや、その辺の貴族ならともかく、聖職者だぞ? 教会のトップが麻薬と子供を買ってるなんてバレていいはずが無い」


「(その辺の貴族でも大問題だぞ? 何言ってんだ……?)」


「「……」」


 オリビアの呟きはレイとリディーナにスルーされる。


「まあ、直接乗り込んで聞き出すのが早いか。ケネス、案内できるか?」


「は、はい……か、可能ではあります……しかし、事前に約束をしないと私でもすぐには会えませんが?」


「その必要は無い。途中まで連れて行け。あとはこっちでやる」


「すみません、レイ殿「やる」とは?」


「そんなの決まって――」


 コンコンッ


「大変ですっ! ケネス様っ!」


 老執事のエンリケが血相を変えて執務室に飛び込んできた。


「何事だ!」


「し、神殿騎士団が屋敷に!」


「なにっ!」



「あら~ お坊ちゃん、漏らしちゃったのかしら?」


「だとしたら、朝一で報告したのか? 随分行動力があるじゃないか」


「レイ殿、対応は如何いたしますか? 知らぬ存ぜぬで追い返すこともできますが……」


「とりあえず、用件を聞こう。向こうの出方で判断する。ケネスと俺で行って来るから、リディーナ達はクレアとここに待機しててくれ」


「わかったわ」

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