第345話 発覚

 ――『ローズ家 鍛錬場』――


「ほら、さっさと立てっ!」


 レイは鍛錬場に来た屋敷の衛兵三人と、三対一で模擬戦を行っていた。


「いいか? お前らは試合をするわけじゃ無いんだ。襲って来る賊に対して一対一で勝負してやる必要なんて無い。複数で敵を囲み、常にこちらが優位な状況で戦え! 同士討ちにならないよう、常日頃こうした多対一の連携は意識しておけ!」


 木剣で打ち込まれ、床で悶絶している三人に向かってレイは激を飛ばす。


「うぅ…… しかし、卑怯では?」


「お前、実際に襲われたことあるか?」


「……い、いえ。ありません」


「なら、俺がこの家を襲う暴漢だった場合、お前は一対一で戦うのか?」


「いや、それは……」


「卑怯なんて言葉は強者が弱者に対してのみ吐けるセリフだ。弱者が相手を卑怯と罵ったところで状況は変わらない。負ければ自分の命は勿論、守るべき者や愛する者が蹂躙されるんだ。自分の家族が殺されてから後悔しても遅いんだぞ?」


「「「……」」」


「守り方に拘りたいならどんな相手でも勝てる実力を身に付けてからにしろ。だが、様式美に拘れば、自分の実力を縛ることになるのは覚えておけ。手段を選べるのは強者だけだ。自分達が何をしなければならないか、優先すべきは何だ? この家の人間や要人を守ること、あそこにいる聖女を守ることだろう? その為には手段を選ぶな!」


「「「はい!」」」


 見学しているリディーナの隣にいる聖女クレアを見て、衛兵達に気合が入る。木剣で打ち込まれ、程よくアドレナリンが分泌してきた頃合いを見越して、レイは衛兵達に更なる檄を飛ばす。


「わかったら、もう一度だ! ……即死以外は治してやる! 味方に怪我させることなど気にするな! 俺を聖女に襲い掛かる野盗だと思って、味方ごと斬るつもりでかかってこい!」


「「「はいっ!」」」


 立ち上がった衛兵達は、レイに向かって一斉に向かって行く。レイはそれぞれの剣の軌道を瞬時に判断し、最適な動きで躱す。避け切れない斬撃は木剣でいなし、隙をついて容赦なく急所に打ち込んでいく。


「痛いか! 実戦なら一撃で死ぬ箇所だぞっ! また喰らいたくなければ、同じ所に打たれないよう体で覚えろ!」


「ぐぅ……は、はいっ!」


 …


「つい最近、騎士の集団に一人で突っ込んだ人の発言とは思えないわね~」


 普段は多数の敵を一人で屠ることの多いレイに、リディーナが呆れた様子で呟く。勿論、レイの言っていることは衛士達には正論であり、レイが特別なのは理解している。そのレイが、きちんと兵士を指導しているのがリディーナには可笑しいのだ。


「レイ様が暴漢だったら何人いても無駄だと思うのですが……」


「そうよね~」


「しかし、レイ様は真後ろにいる者の動きも見えてるのでしょうか?」


「探知魔法でしょ?」


「でも、ラーク王国の時は魔法が使えなかったはずでは?」


「……だから斬られてたんじゃない。返り血ですぐに気づかなかったけど、一杯斬られてたのよ? ホント、信じられない。二度とさせないわ!」


「魔法も無しで、あれだけの人数とやりあって致命傷を負わないって、今更ですけど本当に凄いです……」


「イヴは真似しちゃダメよ?」


「しませんっ! いや、無理ですっ!」


 …


 リディーナとイヴを横目で見ながらオリビアは二人の会話に聞き耳を立てていた。


(一体、何の話をしてんのよ……? ていうか、木剣で真剣をいなすとか信じらんんないんだけど! 何で平然としてんのよ!)


「オリビア、お前はアレに参加しなくていいのか?」


「はあ? 何言ってんのよ? アンタこそ参加してきなさいよ」


「お、俺はいいんだよっ! 俺達『ホークアイ』は斥候パーティーだぞ? あんなガチガチの騎士みたいな訓練は必要ないんだよ!」


「でも、アンタの仲間は参加してんでしょーが。速攻でやられて、あそこでノビてるけど」


「知るかっ! ミケルが何考えて参加してんのかは俺が知りてーよ。それより、お前は単独で冒険者やってんだろ? 旦那のパーティー『レイブンクロー』に入りたいなら参加しとけよ」


「レイブンクロー?」


「旦那のS等級冒険者パーティーだよ。メンバーは旦那とそこの御二方。加入が目当てで旦那についてきたんじゃないのか?」


「はあ? アタシがあのボクちゃんのパーティー目当て?」


「なんだ、違うのか? S等級のパーティーと接点が出来るなんて、まずないからな。そういう打算があるかと思ったんだが……」


「ふん、パーティーなんかゴメンよ。いつ裏切られて寝首をかかれるか分かったもんじゃないわ。それに、いくらS等級でもあんな歪なパーティーに入るなんて考えられないわよ。確かに実力はあると思うけど、あんな子供をちやほやしちゃってさ」


「お前、結構捻くれてんだな……ってか、子供って言っても旦那は――」



「クリスがいない! あの馬鹿、逃げたみたいだっ!」


 駆け込んで来たアンジェリカの声に、鍛錬場が鎮まりかえった。


 …

 ……

 ………


 ――『ローズ家 執務室』――


「誠に申し訳ありません。私の監督不行届きでございます!」


 ケネスがそう言ってアンジェリカと共にレイに頭を深々と下げる。


「まさか逃げ出すなんてね……」

「情けない男です」


「まあ、いなくなったものは仕方ない。問題は単に逃げただけなのかどうかだが……」


「まさか教会に報告を?」


「さあな? 俺はあの小僧を知らない。昨日は今の状況を軽く見てそうだったから釘を刺したつもりだったが、どうやら裏目に出たみたいだな。聖女は信用してても、俺を信用できなくて行動するのは無理もないことだ」


「んもう! なんでそんなに落ち着いてるのよ! ここに聖女がいるってバレたら大変じゃない!」


「あの小僧に関係無く、遅かれ早かれ漏れるだろうとは思ってたからな。第一、昨日今日来たこの家の人間を全て信用なんてする訳ないだろ? だからと言って、全員を四六時中監視するなんて不可能だ。寧ろ、早くに裏切ってくれた方が信用できない人間が早期に分かって助かるぐらいまである。まさか、当主の息子が率先してやらかすとは思ってなかったけどな」


「「……」」


 レイの言葉にケネスとアンジェリカが揃って落ち込み、言葉を失う。


「もし、教会に報告されて、ここへ来たらどうするつもり?」


「どうもこうもない。相手の出方次第だ。俺が知りたいのは、教会がクレアを守れる組織かどうかだけだからな。元々そうだっただろ? それにそぐわなきゃ、排除してアンジェリカに組織を立て直させるつもりだったんだからな」


「あう!」


 アンジェリカの顔が更に青くなる。レイは教会の上層部が洗脳されてた場合は始末するつもりだったのだ。しかし、洗脳されてなくとも、レイの意に沿わなければ同じことだった。勇者にアリア教徒を利用させない為に、潰すことも視野に入れているのだ。仮に、クリスが教会に報告したとして、それを聞いた教会の出方次第では血が流れることになる。それも大量に……。


 その引き金を弟が引いたかもしれないと想像しただけで、アンジェリカは血の気が引いていた。


「そんなことより、お前ら二人は覚悟を決めておけ。聖女と弟、どっちをとるんだ?」


「「えっ?」」


「聖女を守る為に、家族を斬れるのかってことだ。昨日、俺はあの小僧にクレアの情報を外に漏らせば始末すると警告した。奴がそれを無視して教会に報告し、俺を排除しに教会が動いた場合、俺は容赦なく斬る。教会が全面的に俺に従うと言ってきた場合でも、信用はおけないからそれなりの対応はさせてもらうぞ?」


「そ、それなりの対応とは……?」


「教会の出方次第だが、俺は逆恨みで後ろから刺されるような遺恨を残すつもりはない。……騎士として活動できない体にはなってもらう」


「わ、私が探し出してクリスを説得する! 頼む、時間をくれ!」


「悪いが時間は無い。今から教会の内情を聞いたら俺はすぐに動く。お前の弟の所為で時間は無くなったんだ、諦めろ。それに、もしお前が弟を見つけて連れ帰ったとしても、聖女のことを誰にも話してないかどうかを確かめるのに、俺は優しく聞くつもりは無い」


「そんな……」


「すべては私の責任です。ローズ家の当主としていかなる罰も受けます。聖女様と使徒様のお言葉にも従います。ですが息子の命だけは何卒……」


「ただの家出だと祈ってるんだな」

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