第347話 虚偽?

 ローズ家の屋敷の前には十二人の神殿騎士達が、屋敷の主人を待っていた。流石の神殿騎士も、この国の内務大臣に対して証拠も無しに強制的な臨検はできない。強引に事を進めて、何も無ければ大問題になる。


「おい、クリス、何故そんな格好をして後ろでコソコソしている?」


 この小隊を率いる隊長が、顔まで覆う兜を装着し、隊の後方に隠れるようにしているクリスに声を掛ける。


「い、いや~ 気にしないで下さい……」


「まあ、実家を告発するようなものだから気持ちは分かるが、お前の話が事実なら何も後ろめたいことはない。堂々としていろ」


「は、はあ……」


「この屋敷に聖女クレア様が本当に匿われているのなら、ローズ家は教会に叛意があると疑われる行為だ。クレア様が帰還しているならまず先に教会本堂に報告すべきであり、それを怠っているのならその本意を質さねばならん」


「隊長は『レイ』という者をご存じなのですか?」


「ん? ああ、今のお前のように常に兜で顔を隠していたが、粗野な性格が見え隠れしていた男だ。一部の騎士の中には心酔している者もいたようだが、とても高貴な出自とは思えなかったな」


「た、確かに。本人は孤児でまともな教育は受けていないと言ってました」


「そうであろうな。噂では字も読めなかったと聞いている。そんな者が『聖騎士』として女神様の遣いだと教皇様や聖女様がお認めになったのだから世の中何があるか分からんものだ。だが、あの男の実力だけは認めずにはいられなかった。白金に光り輝く『聖剣』と『聖鎧』、それに『聖盾』を自由に生み出し、我ら神殿騎士は誰一人として太刀打ちできなかったのだからな」


「ううっ……」


 クリスの脳裏に、為す術なくレイに打ちのめされた昨日の記憶が蘇る。


「心配するな。我々の仕事はこの屋敷に聖女様がいることを確認するだけだ。あの男の捕縛までは命令を受けていない」


 無論、ケネスが虚偽の報告をすることも隊長の男は想定している。屋敷の臨検を拒否されればそれで引き上げ、そのことを上に報告するつもりだった。『聖騎士』の戦闘を見たことがある隊長は、仮にあの男がいた場合、小隊規模では取り押さえることなど不可能だと知っているからだ。



「一体何事だ?」


 屋敷の扉が開かれ、当主のケネスが姿を現した。その背後には老執事のエンリコ、そして護衛の衛兵三名が随伴している。レイも後ろにいるが、背丈が低く目立ってはいない。


「急な訪問、失礼致します。私は神殿騎士団、第一大隊所属のハンス・ブラウンと申します。この家に聖女クレア様と、その筆頭護衛騎士であるアンジェリカ・ローズ、そして、聖騎士レイが帰還していると報告を受けてその確認に参りました。これは、神殿騎士団総団長の命令です。何卒ご協力のほど宜しくお願い致します」


「……ふむ。そのような報告はどこからあったのだ? 先触れも無く、我がローズ家に武装した騎士が突然訪れる無礼、それなりの根拠はあるのだろうな?」


 ケネスは威圧するようにハンスと名乗った騎士を睨む。


「そこにいる貴方のご子息からの報告です」


(ちょっ、隊長っ!)


 父親の顔を見れず、屋敷に来てから常に地面に目を落としていたクリスの心臓が跳ね上がる。


 兜の下で焦るクリスのことなど気にせずハンスは素直にケネスに伝える。そもそも、ローズ家のクリスがいなければ、内務大臣の屋敷に急遽臨検を行うことなど出来ないのだ。クリスの心情は察するものの、隠しても隊長のハンスにデメリットはあれど、メリットは無い。仮にクリスの報告が誤っていた場合のこともハンスは考慮している。


「クリス……」


 ケネスは表情には出さないまでも、兜で顔を隠し挙動不審にしている者がクリスだとすぐに察し、息子の行動に落胆する。


(馬鹿者が……)


 神聖国の実務を担うトップであるケネスは、教会は決して謹厳実直な組織ではないことを知っている。皆表には勿論出してはいないが、高齢な教皇の跡を狙い水面下で激しい権力争いが行われているのだ。


 ケネスは敬虔なアリア信徒であるからこそ、聖職者達の水面下の争いを軽蔑していた。自分の子供達には女神アリアへの信仰を熱心に説いてきただけに、盲目的に教会を信じて報告した息子を一概に責めることはできない。しかし、女神アリアの存在は絶対と信じるケネスだが、聖職者は人間であるということ、その本質まで教えるに至らなかったと自責の念にも駆られていた。



「ケネス・ローズ内務大臣閣下。御子息の言が真実であるか否か、そのお答えを頂戴致します」


 ハンスは改めて畏まり、ケネスに返答を求めた。ハンスはここに聖女がいるということには半信半疑だ。クリスが嘘をついているとも思っていないが、約一ヵ月前に生死不明で行方がわからなくなっていた聖女が、誰に知られることも無くこの家に突然現れたなど信じられなかった。事実だと決めつけて強引に事を運べるほどの確信は無く、自身の保身の為にも、礼を失する行為は憚れた。


 そのハンスの振舞でそれを察したケネスは、すぐにこれを否定する。


「そのような事実はない。愚息のたわごとで態々其方たちが動いたことには父親として心苦しい思いだ。総団長には私から謝罪の意を後ほど伝える。帰ってそう報告するがいい」


「そうですか……承知しました」


 ハンスはケネスにそう返事をすると、振り返ってクリスを見る。


「クリス、忘れ物があると言ってたな。待っててやるから取りに行ってこい」


「えっ?」


 隊長は目で早く行けと訴える。相手が内務大臣である以上、証拠も無しに強引な臨検はできない。だが、このまま手ぶらで帰っても無能の烙印を押されるだけだ。ローズ家のクリスを連れて来たのだから、本人に確認させなければ連れ来た意味が無い。それに、もし、何も無かった場合の責任も押し付けられない。


「どうした? 自分の家だろう? 早く行ってこい」


「あう……」


 ハンスはクリスを急かすが、クリスは動けない。しかし、ケネスの後ろにいるレイに気付き、指を差して声を上げた。


「ハンス隊長! あれです! あの男が『レイ』です!」 


「……」


 その言葉にケネスが息を呑むが、次に発したハンスの言葉で安堵する。


「何を言っている? さっきの俺の話を聞いて無かったのか? あんな子供に我々神殿騎士が敵わないとでも? あれが『聖騎士レイ』なわけがないだろうがっ! 貴様、この俺を、いや、神殿騎士を馬鹿にしているのか?」


「いや、違っ――」


「閣下。どうやら些か早計に過ぎたようです。御子息の言を信じた故でありました。何卒ご容赦下さい」


 クリスの言葉を遮り、ハンスはケネスに謝罪し深々と頭を下げる。


「うむ。息子が迷惑を掛けたようだ」



 ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン



 突如、街に鐘の音が鳴り響いた。銃撃のあった日と同じ符丁、緊急事態を知らせる鐘だ。


「「「ッ!」」」


「「「なっ!」」」


 屋敷にいた全ての者がその鐘の音に反応する。


「閣下、申し訳ありませんが、我らは本堂に戻ります。無礼をお許し下さい。……おい、行くぞ!」


 ハンスはケネスに簡単な挨拶をして、教会本堂に至急戻るべく小隊を率いて屋敷を出て行く。クリスもハンスに引きずられるようにして連れ出されていった。



「レイ殿、愚息が申し訳ありません! それにみすみす息子を逃すことになり、重ねてお詫び申し上げます」


 騎士達が去ったのを確認してから、ケネスはレイに深々と頭を下げた。出来ればクリスの身柄はこの場で押さえたかったが、それをすればハンスという隊長に疑われていただろう。折角勘違いしてくれたのだからそこは抑えるしかなかった。


「さっきの男は『聖騎士』を知っていたようだな。小僧に関しては仕方ないだろう。だが、その話は後だ。この音は緊急事態を知らせる鐘だな?」


「は、はい。先日のこともあり、訓練や演習などではないかと」


「少し見てくる」


 レイは光学迷彩と飛翔魔法を掛けて上空へ上がった。


「「「……消えた?」」」

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