第334話 拷問
「私を実家に行かせてくれ!」
クヅリから衝撃的な話を聞いた翌日の朝。アンジェリカはレイに直談判しにやってきた。昨夜の話にあった薬物や違法奴隷の子供に関して、自分の家が関係しているか気が気でないのだろう。
レイは、それを受けて暫し悩む。どの道、聖女クレアを保護させられる勢力は確保しなければならず、先にアンジェリカの実家であるローズ家は調べるつもりだった。しかし、薬物を扱っている司祭を早く調査しなければ、姿を消す可能性も懸念していた。
(二手に分かれるか……)
「イヴとリディーナが一緒ならいい。勿論、クレアも一緒だ」
「レイは?」
隣にいるリディーナがレイはどうするのか尋ねる。
「俺はこれからオリビアと司祭を締め上げてから合流する」
「まだ、朝よ? 夜でいいんじゃない?」
「いや、なるべく早い方がいい。本来なら子供の買主を調べてからローズ家に行く予定だったんだ。それに、ニコライを始末した以上、司祭も消されるかもしれない」
「まさか、教会が?」
「暗部がグルなら可能性はある」
「「……」」
イブとアンジェリカがそれを聞いて俯く。
「まだ、すべての材料は点でしかない。線として繋がってない以上、断定はできないし思い込みは危険だ。先入観は持つな」
「……わかった」
「わかりました」
「あのー……俺達は?」
ハンクが恐る恐るレイに声を掛ける。
「バッツを連れてアンジェリカについていけ。ここにいてもいいが、神殿騎士ならともかく、暗部が来たらお前等じゃ多分殺せないぞ?」
「「どっちも殺せるわけないでしょっ! 何言ってんすかっ!」」
「連行されて拷問されないといいな」
「「へ?」」
「あいつらが何を根拠に誰を探してるかは分からんが、何かを疑われても言い訳を聞いてくれる連中だといいけどな。……経験上、宗教関係者の拷問はエグイぞ?」
「「うっ!」」
ハンクとミケルの脳裏に先日レイに拷問を受けたゴロツキとオリビアの悲鳴が木霊し、サッと本人に視線を移した。
「な、なに見てんのよ?」
((あんな目に遭って堪るかっ!))
「レイ様は暗部の異端審問官をご存じなのですか?」
まるでそれを知っているかのようなレイの口ぶりにイヴが尋ねる。
「ん? ああ、昨夜街で見た。あれはプロの動きだったな。それに、前にいた世界じゃ宗教は一つじゃなかった。中には過激で残虐な者も大勢いた。ここじゃあんまり実感ないと思うが、宗教が違う者同士は互いに人間じゃない、何をしても神に許されてると思い込んでる者も多かったんだ。そんな奴らに捕まった日には、まず五体満足に解放されることは無いからな。俺の尋問なんて可愛いモンだ」
(((嘘だっ!)))
その場の全員が、レイの尋問、いや拷問を可愛いなどとは思っていない。しかし、レイ本人は今まで多くの戦場や紛争地での経験から、原理主義者の異教徒に対する苛烈さに比べれば自分は優しい部類だと思っている。
「レイ様、昨晩、異端審問官を見たのですか?」
「ああ、街中で何か探してたな。まあ、銃撃してた奴の仲間か、それを始末したリディーナ、もしくは両方か……」
「もしかしたら私の存在が知られたかもしれません」
「イヴを?」
「この国には戻るな、教会と関わるなと……放逐された時に言われておりますので」
(普通はそうだろうな。そもそも、組織の裏部門に所属してした人間が放逐されただけで済むのがおかしい。仕事の内容にもよるが、暗殺者など先進国の諜報機関でも口封じで処分されるのが普通だ。簡単に抜けられるものではない)
「気にするな、イヴ」
「え?」
「神殿騎士だろうが、異端審問官だろうが邪魔な奴は全員斬れ」
「しかし……」
「まあ、元同僚なら気不味いかもしれんが、お前は元異端審問官だ。今はなんだ?」
「そ、それは……」
「『女神の使徒』である俺の仲間だ。昔の職場に義理立てするのはいいが、従う必要はない。邪魔する奴は撃ち殺せ。俺が許す」
「レイ様……」
((なんか良い事言ってるかもしれないけど、全然そう思えないんですけど!))
「どうしたの? 急に」
「いや、今日は二手に分かれるからな。リディーナもムカついたら斬っていいぞ」
「わかってるわよ~」
((いや、わかってない! ここ神聖国なんですけどっ!))
レイは、リディーナとイヴに相手が誰であろうと邪魔者は始末していいと直接伝えた。別れて行動することへの不安もあったが、神殿騎士と異端審問官、汚職聖職者、そして『勇者』と、敵、もしくは信用できる者が殆んどいない現状では、遠慮している場合ではない。
「信用出来る者が誰もいなかった時のことも考えておかないとな……」
…
……
………
――『教会本堂 暗部』――
薄暗い地下にある執務室。ダニエ枢機卿は部下の異端審問官から各種報告を聞いていた。祭服の上に漆黒のローブを羽織り、フードを深く被るダニエの表情は部下からは見えない。
「……イヴめ、やはり既に接触していたか」
「如何致しますか?」
「捨て置け。監視も引き上げろ」
「宜しいのですか?」
「ローズ家なら心配ない。それより『神敵』はどうだ?」
「はっ、すぐに吐いたので今はその信憑性を確かめております」
「くれぐれも殺すな。それと、もう一方の死体は至急処理しろ」
「神殿騎士団が押さえているはずですが?」
「構わん。様子見は中止だ。最優先でやれ」
「はっ」
…
――『教会本堂 最下層地下牢』――
本田宗次は、椅子に黒い鎖で手足を縛られ意識を失っていた。側の机には各種拷問器具が並べられ、トレイの上には剥がされた爪が三枚とペンチの様な器具が置かれている。その反対側にある机には本田が所持していた
二人の異端審問官がその銃器や道具を調べてはいたが、その殆どは何に使うものかも分からなかった。
「う……」
「目が覚めたか。たかが爪ごときで気を失うとはな」
「続きを行う。先程喋った内容と相違ないか確かめる」
「や、やめ…………ぎゃああああああああ」
異端審問官が本田の爪をペンチでゆっくりと剥がしていく。
「答えろ。お前は誰だ。この国に何をしに来た?」
「ぎゃあああーーー! ほ、本田! 本田宗次ぃ! 聖女を殺しに来ましたぁ!」
聖女を殺しに、その言葉を聞く度に異端審問官達の顔が変わる。鉄の仮面の下で外からは分からないが、ペンチを握る手には力がこもっていた。
「な、何度同じこと聞くんだよぉ! もうやだ、やめてやめぎゃあああああああ」
その後も拷問は続き、洗いざらい本田は問われた質問に答えていく。一通り質問が終わると、再度初めから同じ質問が繰り返された。今度は気を失っても謎の薬品を嗅がされた本田はすぐに覚醒させられ、絶え間なく苦痛を与えられた。
両手両足の爪が無くなったところで、異端審問官の一人が焼きごてを本田の爪の無い指先に圧し付ける。
「いんぎゃあああああああああ」
「名前は?」
そしてまた、質問が繰り返された。
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