第333話 受肉
――『オブライオン王国 地下牢』――
「やあ、起きたかい亜土夢?」
「てめー……」
石造りの牢屋にいるのは
「今にもボクを殺そうって目だけど、それをしたらどうなるか分かってるよね」
「……ヘレンをどうした?」
「心配しなくても何もしてないよ。人質ってのは無事だからこそ価値があるからね」
「その証拠があんのか?」
「証拠? その必要はないよ。話しが終われば、すぐにでも会わせられるし、今までどおり一緒に暮らせばいい」
「アイシャと先生はどうした?」
「生きてるよ。必要無いからあの場に置いてきたから今は何してるか知らないけどね」
「……」
「キミを精神支配や不死化して命令してもいいんだけど、そんなことしても知能や運動能力が落ちるだけだからね。それじゃあ、女神が召喚した『女神の使徒』には勝てない。さっきも言ったけど、使徒はボク達を問答無用で殺しに来てるんだ。例え逃げ回ってもいつかは殺されるよ? キミ一人でヘレンちゃんとお腹の子を守れるのかい?」
「女神の狙いはオメーなんだろ? 俺がお前に協力する筋合いはねーよ」
「相変わらず非協力的だね~ 使徒はボクを知らないんだから全員始末されるのは変わらないんだよ。それに、ボクらの恩恵を受けておいて何も協力しないってのはどうなんだい?」
「お前らの恩恵?」
「ボクらがこの国でやってることさ。キミは戦争とか嫌な部分ばかり見てるようだけど、ボクらのおかげでこの国はまともになってるんだよ? 無能な王や貴族を排除して国民の生活水準を大幅に向上させてる。上下水道を整備して安全な水を誰でも使えるようにしたし、医療だって教会を排してほとんど無料で庶民を治療できる体制にした。周囲の魔物を駆逐して安全に農業や林業、畜産業、鉱業を行えるようにもした。今は線路も設置して列車の運行も目指してる。ボクらは確かに多くの人間を殺しはしたが、それより多くの弱者の命を救ってもいるんだよ? それともキミは以前の食が貧しく不衛生な中で、ヘレンちゃんとの子供を育てたいのかい? ボクらが来る前は王宮の水でさえ汚れていたんだ。ボクらが作った衛生的な水ときちんとした医療が整った王宮で出産するつもりだったんだろ? ボクらが気に入らない、けど、作ったモノは使わせろなんて図々しいにも程がある。ここを離れて暮らす器量もないくせに文句ばっか言ってんじゃねーよ」
「くっ……」
「誰も殺さず、王や貴族達を説得するような真っ当なやり方で今の環境にするのにどれだけの年月が掛かるか想像してみろよ。その間に出る死者の数を考えたらボクらが殺してる権力者や他国の兵士の数なんて微々たるもんさ。この世界で普通に暮らしてる庶民の死亡率知ってるかい? 魔物もいる、水は汚い、栄養は足りてない、医療もまともじゃない。生まれた赤ん坊や子供が成人するのが当たり前だと思ってんのかよ? 日本じゃ考えられないほど病気や怪我、飢えで毎日人が死んでる。ボクらがやってるのは癌を切り取る手術みたいなもんさ」
「だからと言って、他国に攻め入る理由にはなんねーだろーが」
「あーそうか、キミは他国を知らないんだったね。いいかい、この国は周辺国から意図的に文明レベルを下げられてるんだよ。理由はこの王宮の地下にある古代遺跡だ。千年前に女神が封印した古代兵器がこの下に眠ってる。それを掘り起こして利用させない為に、主要な大国は女神の命令でこの国を生かさず殺さずにしてるのさ。酷い話だろ? 冒険者ギルドもそう。古代語を翻訳させないように古代の文献や遺物を回収してる。教会も『聖女』を置いてこんな田舎国を重要視して監視してたのさ。ボクらがこの国を発展させたらいずれ周囲の国々は揃って介入してくる。そうなれば世界大戦だ。兵士だけじゃなく民間人も大量に死ぬよ? 過去に地球で起こったようにね。それに比べたら今の電撃的な侵攻はボクらの能力で死傷者は最小限で済むんだよ」
「そんな兵器一つで……」
「そんなって言っても、千年前は今よりもっと、地球より遥かに進んだ文明がこの世界にはあったんだ。それこそ今の地球が石器時代に見えるくらいのね。地下に眠るのは核兵器なんてもんじゃない、世界そのものを破壊する力があるんだよ。神が必死になるくらいのね」
「なんでオメーがそんなこと知ってんだ? 出鱈目じゃないって根拠は?」
「根拠ねぇ……。まあ、これから使徒を殺しに他国へ行けばわかるよ」
「俺はやるとは言ってねー」
「やるさ。やらなきゃキミはボクらと一緒に使徒に殺されるし、ヘレンとお腹の子も巻き込まれて死ぬだろうね。相手は地球から来た殺しのプロだ。この世界の魔法も使いこなしてクラスの半数が殺されてるんだよ? 今のままなら魔法で完封される弱いキミは誰も守れずに死ぬよ。さっきも守れなかったろ? ボクが使徒ならキミらはあの場で全員殺されてたんだよ? 受け身のまま待ってれば確実に全員死ぬんだ。逃げて隠れるにしてもこの国以外に逃げ場はない。ボクらに協力して使徒を殺す以外にキミに選択肢は無い。いい加減理解しろよ」
「……くそが」
「理解した? したなら今より強くなる為に他国と戦争してきてよ」
「何言ってんだテメー……」
「キミらに与えた天使系や悪魔系の能力は人や魔物を殺して強くなるんだよ。過去の勇者の様にね。中でも魔力が強い奴とか存在値の高い者がいい。『龍』とか最高だね。でもそんな都合よく『龍』なんてそこらにいないから、他国の騎士とか魔術師の強者をたくさん殺してきてよ。冒険者でもいいけど、どうせなら周辺の国を落としたほうが一石二鳥だろ?」
「ふざけんなっ!」
「はぁ……ホント疲れるな。今までの話聞いてた? ただ意地になってるだけだろ? 合理的なことは理解してるだろーに。それに、ヘレンを使って脅すようなこともしてない。結構、真っ当に提案してあげたつもりなんだけどなぁ~」
「そんなことするぐらいなら、テメーを殺してヘレンを連れて逃げた方がマシだ」
そう言うと、亜土夢は能力を発動しながら九条に迫り、襟首をつかんで引き寄せた。そのまま腕を首に回し羽交い絞めにする。
「ヘレンのとこまで案内しろ。妙な真似したら即首を捻じ切るぜ?」
「やっぱガキはガキか…………ザリオン、受肉していいよ」
『宜しいのですか? 使徒の監視が出来なくなりますが』
どこからともなく声が聞こえ、亜土夢は周囲を見渡す。だが、牢の中には二人以外の姿は無かった。
「いいさ。監視してても今のままじゃ手出しできないだろ? 受肉するならもっと存在値を高めてからにしたかったけど仕方ない」
『承知しました』
「おい、テメー誰と喋ってる? 本当に殺す――うぐっ」
突然、亜土夢が頭を押さえて蹲り、苦しみだして絶叫する。
「ぐぅぁぁぁああああああああああああ」
亜土夢の黒い髪がみるみる金色に染まり、瞳が青くなる。肌も透き通るような白さになり、背中には一対の白い翼が生えてきた。亜土夢の顔と体格はそのままに、生まれ変わったように亜土夢は天使の姿に変貌した。
「ああああああ…… はぁ はぁ はぁ……」
「落ち着いたかい?」
「はい。お待たせしました。しかし、分かってはいましたがこれほど貧弱な身体とは……」
川崎亜土夢の人格はもはや無く、天使ザリオンがその身に取って代わっていた。ザリオンはしきりに自分のモノとなった身体を確認している。
「素体は只の人間だからね。計画には無かったけど、思ったより『女神の使徒』が強力だ。苦労して天使系の能力を複数人に付与しておいて良かったってとこだよ。まさか、半分近く殺されるとは思わなかった。それに実体化した悪魔を消滅させるレベルとはね。ボクももう少し早く記憶が戻ってればよかったんだけど、中々計算どおりにはいかないね」
「しかし、今は無理な天使化で神力を殆ど使い果たし、障害にはならぬかと」
「まあ、しばらくは素の状態で抑えておいてよ。同系統の受肉なら悪魔を実体化させるのと比べれば遥かに少ない神力で済むけど、それでもギリギリなはずだ」
「畏まりました」
そう返事をしたザリオンの体は、羽が消えて元の川崎亜土夢の姿に戻って行った。
「物質界ではいくらザリオンが力を使いこなせるといえ、天使状態のままだとすぐに『神力』が尽きちゃうだろ? 使徒を始末する前に力を蓄えておいてね」
「承知しました。では、早速出かけて参ります」
「あー 待った! 先に佐藤優子を回収してきてよ。エタリシオンに向かってるらしいんだけど、うっかり殺されても困るからね」
「使徒は神聖国にいるはずですが?」
「佐藤優子がエタリシオンに行った後、もう死んでる白石響を探しに行方が分からなくなったら面倒だろ? 今なら行き先がわかってるんだから見つけるのは容易い。ザリオンは受肉したんだからもう使徒を監視できないんだし、キミが逃げられたエピオンだって行方がわかってないんだろ?」
「申し訳ありません」
「いいよ。女神を動けなくしただけでも十分だ。女神がいなきゃ他の天使も動かせない。エピオンが高位の天使だろうと単体じゃ何もできないさ。けど、万一、エピオンが佐藤優子に受肉したら面倒だ。まあ、そんなバカな真似はしないだろうけど念の為ね。今のところ、天使系の能力持ちで受肉されて厄介なのは優子ちゃんだけだから先に押さえておきたい。それに放っておけば勝手に『反転』して『魔王化』されても困るしね」
「始末しますか?」
「いーや、勿体ないから精神支配してでも使いたいな。使徒にも仲間がいるんだろ? 向こうが徒党を組んでるのに、こっちが単騎で攻めるのはアホでしょ。使える戦闘職は今は貴重だから、死なない程度にして連れて来てよ。生きてればいいからさ」
「承知しました、マスター」
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