第327話 異端審問官

 闇夜が広がる上空から、最初に煙幕があった場所を起点にもう一人の『勇者』を探すイヴ。未だに緊急事態を知らせる鐘が鳴っており、この国の住人ならすぐに屋内に避難しているだろう。現在、街に出歩いている者は、自分達を除いては神殿騎士しかいないはずだ。


『勇者』と予想される人物は、ベージュ色のローブを着ていた。イヴはそれを頼りに強化した視力で不審な人物を探す。


 …


「あーあ、あれってトリガーハッピーってやつかなー あんなに撃ちまくっちゃって一体誰が作ってると思ってんだろ。剣一本より弾丸一発の方が作るの大変なのにさ。後で集合とか言ってたけど、先に帰ろ」


 本田宗次は、遠くから聞こえる銃声に対して、愚痴を漏らした。我の強いクラスの面々の中では大人しい性格の本田は、他のクラスメイトに言われるままにこの世界で様々な物を作ってきた。田中と一緒にいることが多いが、本田は親友とまでは思っていない。武器や道具を作ることは好きだが、それを使うことには興味はなく、銃を欲する田中と、銃を作ってみたかった本田の思惑が一致しただけに過ぎなかった。勿論、そのことを本田は態度には出していない。


 幼い頃から物を分解することが、ある種の癖だった本田は、物の構造が理解できないと気が済まない性分だった。現物が手に入らない物は分解図や資料を穴が開くまで読み込んでいた。そのことがこの世界に来て能力を得てから大いに役立っていたのだが、本田は銃や剣、鎧などの武器防具だけでなく、オブライオン王国の生活用品からインフラまで幅広く手掛けていた。


 他の戦闘系能力のクラスメイトと違い、本田宗次は替えの利かない重要な存在なのである。


 …


 人気の無い通りを一人コソコソ歩く本田宗次を先に見つけたのは、イヴでは無かった。


 本田の背後から忍び寄る三つの影。


 漆黒のローブに鉄の仮面をつけた三人は、闇夜の街を建物の影から影へと進みながら、本田に迫っていた。戦闘など行わず、物づくりしかやって来なかった本田は当然それに気づいていない。


(あれは……拙い、先を越された!)


 それを上空から目撃したイヴは、顔を顰めた。


 黒色の鎖が三方から本田に襲い掛かる。先端にある分銅が本田を直撃し、そのまま体に巻きついた。


「がっ かはっ な、なに……これ?」


『異端者、神敵確保』

『命令は捕縛だ殺すな』

『承知』


「う、うそ、魔法が……」


 体に巻きついた鎖には魔封の素材が使用されており、本田は魔力を遮断されて身体強化が使えなくなっていた。間髪入れずに黒いローブを纏った鉄仮面達に囲まれ、その内の一人に背後から匂い袋で口と鼻を塞がれた本田は、何もできずにその場で昏倒した。



 イヴは、本田を担いで闇に消えていく三人を上空から見送った。あの場に介入することを断念したのは、全員を始末することがイヴ一人では困難だったからだ。目撃者を逃がせば後でレイに迷惑が掛かる、そう考えての判断だった。それに、連行された場所はイヴには分かっていたこともある。


「異端審問官……」


 …

 ……

 ………


 教会本堂の一室。そこには四名の枢機卿と神殿騎士団総団長ユーグが卓を囲み、セントアリアを管轄する騎士長から報告を受けていた。


「報告致します。確認された『神敵』は二名。内、騎士や住人を攻撃していた一名は死亡。もう一名の行方は分かっておりません」


「被害は?」


「我ら神殿騎士からは八十五名、一般住民は二十一名の死者が出ております。怪我人は殆どおりません」


「怪我人がいない? どういう意味だ?」


「その…… ほぼ全ての者が急所を正体不明の攻撃で貫かれており、相対して生き残ってる者が殆んどおりません。住民に関しても同様です。窓から外を覗いた者や警報前に外に出た者は一撃で殺されておりました」


「その正体不明な攻撃とは何だ? どのような攻撃だ?」


「土属性魔法の『岩弾ロックバレット』に似ていますが、威力や速さ、連射性などが桁違いです。我らの装備する鎧と盾を易々と貫通し、攻撃を視認もできませんでした。けたたましい音を同時に発することだけ確認されております」


「なんだそれは…… それに、たった一人にそれ程の被害が……」


「確かに被害甚大だ。神殿騎士ともあろう者が情けない。とは言え、そのような正体不明の神敵を一人始末できたのだ。何処の隊の者だ?」


「そ、それが……分かりません」


「わからないだと?」


「応援の隊が駆け付けた時には、神敵は死亡しておりました。周囲には二つの隊が全滅しておりましたので相打ちかと思われます」


「むぅ……なんたることだ。……残りの一人は?」


「只今、全力で捜索中で――」


「残りの一人は暗部にて捕縛しております。先程知らせが入りましたので報告が遅れたことはお詫びしましょう」


 室内の視線が一人の枢機卿に向かう。


 ダニエ枢機卿。教会に敵対する異端者や、教会内部の不正を調査する暗部の長である。ダニエ枢機卿は、祭服の上に漆黒のローブを羽織っており、この場には暗部の長として出席していた。


 街に緊急警報を発したのもダニエ枢機卿だった。そのことが気に入らない様子の神殿騎士団総団長のユーグだったが、神殿騎士団と住人に多大な犠牲が出ている為、何も言えない。警報がなければさらに甚大な被害が出ていたことは容易に想像でき、文句を言おうものなら、騎士団の失態を責められかねないからだ。


「それは重畳。では、その神敵の身柄は我ら神殿騎士団で預かろう」


「いえ、それには及びません。神敵の尋問は暗部の異端審問官が行いますので騎士団のお手は煩わせませんよ。神殿騎士団は街の治安回復に努めて頂ければと思います。……それに、色々お忙しいでしょう?」


「むぅ くっ……」


 これに関してもユーグは何も言えない。神聖国の街中で神殿騎士を殺した者を捕らえるべきは神殿騎士だ。しかし、街中の騎士を動員して結果を出せなかった神殿騎士団に発言権は無い。それに、『聖女』を含めて、神聖騎士団には余裕が無かった。


「何か分かり次第、すぐに情報は共有させて頂きます。御安心下さい」


 そう言い残し、ダニエ枢機卿は部屋を後にした。



 額に青筋が浮かび、誰の目にも怒りの感情が見て取れるユーグだったが、防音対策が取られたこの部屋でも教会本堂内で声を荒げるような真似はしない。しかし、失態続きの神殿騎士団を責める声は日に増して大きくなっており、ユーグの胸中は穏やかではなかった。


 …


 教会本堂内を歩くダニエ枢機卿の背後に、いつの間にか鉄の仮面と漆黒のローブを纏った者が随伴していた。


「報告せよ」


「はっ、神敵は魔法を封じた上、四肢を拘束して地下に捕らえております。今は眠っておりますが、いつでも尋問は可能です」


「もう一人の神敵は?」


「所持品を含めて死体は神殿騎士団が回収しました。如何致しますか?」


「暫く放って置け。どうせ何もできん。いずれ泣きついてくるまで目だけは離すな」


「承知しました。……それと、もう一点報告があります」


「なんだ」


「『魔眼のイヴ』がこの国におります」


「確かか?」


「はい。神敵の一人を殺害した女と行動しておりました」


「なん……だ、と?」


「しかし、追跡は失敗しました。申し訳ありません」


「この街でお前達が見失ったというのか?」


「そ、空を飛んで移動しておりましたので……」


「バカな……古の飛翔魔法か? まさか、一緒にいたのは『勇者』か?」


「そこまでは分かりません。女は認識阻害をしておりましたので顔の特徴も捉えられておりません。その者は突然現れた少年と共に空に消え、イヴと同様、追跡できませんでした」


「少年?」


「十に満たない黒髪の幼子です。その幼子も同様に空を飛びました」


「……」


 それを聞いたダニエは足を止めて暫し思考する。



「神敵の収容は最下層の牢へ移し、監視を最低限にしてイヴを探せ。見つけ次第、すぐに報告せよ。これは最優先事項だ」


「承知しました」



 アリア教会暗部、異端審問官。地の利があったとはいえ、リディーナと元同僚であるはずのイヴにも気付かれることなく発見、監視できたその実力は、大陸唯一の宗教を五百年以上の間、裏で支えてきた確かな実力を有していた。

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