第328話 取引

「申し訳ありません」


 宿に戻り、レイ達と合流したイヴはリビングのソファに座るレイとリディーナに頭を深々と下げた。部屋には全員揃っており、それぞれの前には紅茶が置かれている。


 イヴは、先程自分が見た内容を報告し、手を出さずに見逃したことを謝罪した。


「何を謝ってるんだ? 無理だと判断して引くことは何も間違いじゃないんだぞ?」


「そうよ、気にすることじゃないわ。無事で何よりよ。それより、一人で行かせてしまった私の方こそ謝るわ。ごめんなさいね」


「いえ、私の力不足です。申し訳ありません」


 頭を下げたまま動かないイヴにレイとリディーナは困り顔だ。イヴの行為は失敗でも何でもなく、無理だと判断して撤退を選んだのはレイとしてはむしろ好ましい行為だった。しかし、イヴにとっては失態に感じているのだろう。



「いいから頭を上げて座れ。とにかく、今は状況の整理だ。時間はあまり無いかもしれんしな」


「どうして?」


「騎士達が始末できなかった人間を他の誰かが殺したんだ。まともな組織なら犯人を探す。勿論、罰する為かどうかはともかく、そんな人間は放置できないからな。いずれはこの宿に宿泊している者も調べに来るだろう」


「フードは被ってたし、姿も見られてないと思うけど?」


「そうだな。空を移動して戻ったから尾行の心配もない。まあ、ここに騎士が調査に来てもすっとぼけてれば何もできないだろう」


 狙撃中は周囲の警戒がおろそかになる。本来なら狙撃手には観測手スポッターが随伴して観測や護衛をしなきゃならない。単独での狙撃には必ずリスクが伴う。どんな一流狙撃手でも狙撃に集中しながら背後は警戒できないし、狙撃対象からは姿を隠せても、周囲からは丸見えということも多々ある。それに、相手が確認された二人だけとは分かっていない。リディーナの行動はそれが頭に入っていないので危険な行為だった。俺が上空からすぐに見つけられたように、銃声と弾道からおおよその位置を推測するのはそんなに難しいことじゃない。射手から高い位置にいれば見つけようと思えばこの世界の人間にも見つけられるだろう。そこまで教えきれていなかったこともあるが、それを今指摘しても仕方ない。イヴも様子が変だし、リディーナまで凹まれたら士気に関わる。



「『勇者』らしき人物がこの街に現れ、一人はリディーナが始末したが死体は武器と共に回収された。もう一人は異端審問官だったか? そいつらに捕縛されたって話だが、その二人が『勇者』である確認が取れていない。まずはそれが先だ。『聖騎士』以来、例がないが悪魔に変わる可能性もある。それに、この街に来たのが二人だけという確証もまだない」


「異端審問官が連れ去った者の居場所はわかります。私が行って確認して始末をつけます」


「落ち着け、イヴ。異端審問官三人に対して無理だと判断したんだろ? そいつらの実力は知らんし、暗部とやらの組織がどんな規模かも分からんが、監禁場所には三人以上はいるはずだ。そんなところへ行って無事に目的を果たすことが出来るのか? 少し頭を冷やせ」


「も、申し訳ありません……」


 落ち込むイヴを見かねてリディーナが隣に座り、イヴの手を握った。


「はい、深呼吸してー。落ち着け落ち着けって言われても、余計焦るわよね~ 大丈夫大丈夫。アナタは何も悪い事してないのよ~? それに、仮にイヴが失敗したとしても、私もレイも気にしないわよ。生きてれば次があるんだし」


「リディーナ様……」


「そうだな」


(ちっ、この身体がもどかしい。イヴと一緒に今すぐ潜入したいが、この身体じゃ確実に俺が足を引っ張る。魔法を遮断されたら終わりだからな。かと言って、イヴを一人で行動させるのは今は危険だ)



「まずは、装備の確認と消費した弾薬と回復薬の分配だ。今夜はここを動かず全員待機だ」


 レイはテーブルの上に魔導狙撃銃の予備の弾薬と各種手榴弾を鞄から取り出す。回復薬はリディーナの時間停止付きの魔法の鞄マジックバッグに入っており、レイの言葉を受けて、リディーナも自身の鞄から回復薬を出した。


「そう言えば、夕食がまだだな。アンジェリカ、適当に頼んでおいてくれ」


「ちょっ、レイ、どこ行くつもり?」


 窓を開けたレイをリディーナが呼び止める。


「『ホークアイ』の宿に行って、バッツの回収を頼んでくる。怪我の治療は済んでるが、血を失って動けないからな。……すぐ戻る」


 そう言って、レイは光学迷彩を掛けて窓から飛び去った。


「んもうっ! また魔法使って!」


 …

 ……

 ………


 レイは、姿を消したまま上空から無人偵察機ドローンの空中映像の様に、街全体の動きを俯瞰して見ていた。気になる箇所を強化した視力で拡大し、観察する。


 緊急警報のおかげか、街には一般住民の姿は見えない。動き回っているのは神殿騎士だけだ。遺体の回収作業と、警備行動以外に目立った動きはない。


(しかし、アレは一体何が目的だったんだ? リディーナの話じゃ、跡をつけていたバッツを始末しようとしていたそうだが、この国に来た理由がそもそも分からん。俺達の存在がバレてて追って来たとしたらいくらなんでもお粗末過ぎる。まあ、捕まったもう一人に聞けば済むことだが、あっさり捕まったのも不可解だ)


「ん?」


 レイの視界に不自然な動きが映る。建物の影を利用して動いている存在に気付いたのだ。夜間とは言え、街灯が無い訳ではない。その明かりを避けるようにして移動している者がいる。


(神殿騎士じゃないな。黒いローブに仮面? イヴの言ってた異端審問官か。何をしている?)


 確認できただけでも二十名以上の異端審問官の姿が街を移動している。動きからして何かを捜索しているようにレイの目には映ったが、その目的は伺い知れない。


(残敵を探しているのか? それともリディーナか? どちらにせよ動きがいい。あれじゃあ、イヴが諦めたのも納得できる。イヴの若さからいってもイヴより練度の高い者も当然いるだろう。……あまり油断はできんな)


「一人、捕まえて色々聞いてみたいが、どうせ何もしゃべらんだろうからな……」


 …

 ……

 ………


 数時間前、セントアリア下層街にある酒場。


「こんなところに呼び出されては困ります」


「まあ、そう言うなよ。ここにいる連中は全員俺の部下みたいなもんなんだから心配いらねーからよ。まあ、座りなよ」


「ここで結構です」


「そうかい」


 修道服を来た茶髪の女が、ハンカチを口元に抑えながら男を睨む。


 セントアリアの街でも城壁付近の下層街の一部は娼館や安酒を提供する酒場など、繁華街の様な地区もある。外目にはそうとは分からない外観の建物が多く、外から来た人間には判別できないが、この街に住むまともな人間なら近づかない地区だ。


 そのような場所に修道女の姿は違和感があり目立ってはいたが、修道女の目の前にいる男は気にしていないようだった。


 男の名はニコライ。この地区の娼館に女を提供している元締めであり、その他にも如何わしい商売をこの神聖国で行ってるとされる男である。濃い茶色の頭髪は短く切りそろえられており、鍛えているのかガッチリした体形は騎士と遜色ない。


「とりあえず、今月分のブツだ。それと、例の荷物の代わりはもう暫く待ってくれ」


 ニコライは、酒場の奥から他の男を呼んで革袋を持ってこさせた。それを見た修道女は眉を顰めた。


「こんなところで困ります。いつも通りの手順でお願いします!」


 やや強めに拒否の態度を示す修道女だったが、ニコライはそれを無視して言葉を続ける。


「暫く取引は中止だ。何やら嗅ぎまわってるヤツがいるもんでな。アンタも火あぶりなんかにゃなりたくねーだろ?」


「そんな、急に言われても……」


「おい、連れてこい」


 ニコライの声で、一人の男が引きずられてきた。体中殴られ血だらけでぐったりした男は、昼間バッツと会っていた男だ。


「ひっ」


「この男が言うにはなにやら俺を探してる人間がいるらしくてね。それも他国の冒険者って話だ。前回の荷物も入って来なかったことも関係してるかもしれねぇ。始末つけねーと、商売どころじゃねーんだよ。なに、すぐにケリをつけてやるから暫く待ってくれりゃいいーんだ。アンタの上のモンにもそう伝えろ」


「は、はい……」


 修道女は、怯えながらそそくさと酒場を出て行った。



「ニコライさん、修道女にしちゃあ結構いい女っすね」


 血だらけの男を引きずってきた男が、下卑た顔で出ていった修道女のあとを見つめる。


「ああ、まったくもったいねぇ。どうせもう暫くしたらあの女も用済みで消されるだろーよ。そうなる前になんとか薬漬けにでもして売り飛ばしてぇもんだ。それより、俺を探してる野郎だ。俺の商売を邪魔しやがって…… さっさと連れてこい」


「わかりやした。……おい、行くぞオメーラ」


 男の掛け声で、酒場にいた半数の男達が席を立ち、そのまま外へ出ていった。



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