第326話 ミンチヨリヒデーヨ

 リディーナが撃ち込んだ弾丸は、田中真也の頭を貫通しただけではその運動エネルギーを失わず、防弾仕様のヘルメット内部を跳ね返りながら暴れ回った。割れた頭部から飛散した血と脳漿、肉片でバイザーの内側が赤く染まり、田中は頭を滅茶苦茶に破壊され絶命した。



 カシャン


 ボルトハンドルを素早く操作し、次弾を装填したリディーナは、引金に指を置いたまま、微動だにしない田中を見つめる。



「ふぅーーー」


 ピクリとも動かない田中を暫く観察し、死亡したと確信を得たリディーナは、ゆっくり息を吐き、引金からそっと指を離した。


「リディーナ」


「わっ! ビックリさせないでよ! もー!」


 リディーナの背後から気配を消したレイが現れ、驚いたリディーナだったが、即座にレイと分かり、安堵する。


「すまんすまん。リディーナ、怪我は無いか?」


「私は平気よ。かすり傷一つないわ。イヴからレイの伝言を聞いたけど、一人でやれると思ったの。……心配掛けちゃってごめんね」


「いや、いい。俺こそ余計なお節介を言って悪かった。別にリディーナの実力を疑ってる訳じゃないんだが、やはり心配してな」


「うん、わかってる。ありがと。……でも、途中でイヴが来てくれなかったら弾が全然足りなかったわ。あっちも銃を連射してたし、魔法も効かない鎧を着てたから接近戦は避けたけど、魔導狙撃銃コレじゃ威力が足りなくてどうしようかと思ったわ」


 レイの視線の先には、両肘と片膝から血を流し、ヘルメットには穴が開いて、バイザーの内側が血まみれの田中の姿があった。


(細部は違うが、あれは対爆スーツEODか? それにM240と……ダネルMGL? 米軍でM32として採用された六連式グレネードランチャーっぽいな。一体どうやってあんなモノ調達したんだ? 田中真也の『狙撃手』の能力か? それとも本田宗次の『錬金術師』の能力か……。いや、死んでそのまま残ってるところを見ると本田の能力かもしれないな。だとしたらとんでもない能力だ。銃本体はこっちの世界の鍛冶師でも作れるが弾は無理だ。弾が作れるということは作れる範囲はかなり広いということだ。しかし、それよりも……)


「ひょっとして、同じ箇所を何度も撃ち込んで貫通させたのか?」


「そうよ? すんごく硬かったんだから」


(マジかよ……。天才なんて言葉じゃ済まないぞ? ここからあそこまで軽く三百メートルはある。それを弾丸一個分、寸分違わず連続で当てるなんてオリンピック選手だって無理だぞ? しかも、動いてる相手にそれをやるとか地球のどんな狙撃手スナイパーでも不可能だ。しかも、ここらに銃撃の痕は無い。……まさか移動しながら狙撃してたのか? だとしたらヤバ過ぎるぞ……)


 いくら何でも銃に触れて一週間やそこらで出来る芸当ではない。レイの中の常識が音を立てて崩れ落ちていく。剣と銃……ひょっとしたら自分よりも強いんじゃないかという思いが拭えないレイ。


(ガチでやり合ったら俺はリディーナに勝てるんだろうか?)



「でも、最初に武器を破壊すれば良かったわ……」


 辺りをよく見ると、神殿騎士の死体の他に市民と思われる一般人の死体が見える。田中の通った跡には建物に窓や扉から身を乗り出すようにして動かない人の姿がいくつもあった。窓から顔を出したり、扉を開けて外に出た者が、田中に一人残らず撃ち殺されていたのだ。仮にリディーナが田中を始末することよりも、銃の破壊を優先した場合、死者は減ったかもしれない。それをリディーナは気にしていた。


「動く者は見境なくか。仮にこれがゲームだったとしても胸糞悪い行為だ。能力による射撃補正だろうが、ご丁寧にどいつも急所を撃たれてる。非戦闘員を殺すなんてただの犯罪者だ。そんな奴を野放しにしておく方が遥かに危険だ。もし、リディーナが武器破壊を優先し、武器を破壊されて無くなったアイツが逃げ出してたら、後々これ以上の被害があったはずだ。仕留められるのがリディーナしかいなかった以上、始末を優先したのは間違いじゃない。それに、これは本来なら国を守る騎士の仕事なんだ。気にするな」


「……うん」


「それに、安心するのはまだ早い。アレが田中真也か本田宗次かの確認がまだできてないんだ。田中の可能性が高いが、万一、アレが『勇者』じゃなかったら大問題だ」


(まあ、田中だろうがな。……単純に銃と防護服を着せて同じことが出来るかと言えば、普通は出来ない。いくら威力の高い弾、連射速度があっても短時間にあれほどの死者を出すにはそれなりの射撃能力が必要だ。もし、この世界の住人にそれが可能な訓練や養成ができる体制が整ってるとしたら、かなり拙いことになる)



「あの兜で顔が分からないし、どうしようかしら?」


「アレが『勇者』の一人なら早く死体を燃やしたいし、装備も回収したい。ちょっと行って……あっ」


「あっ」


 二人の視線の先に、田中の死体に近づく神殿騎士達の姿が映る。大型の凧型盾カイトシールドを構え、恐る恐る田中に群がる神殿騎士達。その数は二十を超え、徐々にその数が増えていった。


「ど、どうするのレイ?」


「うーん、光学迷彩で姿を消していくか――」


「あっ」


 死んでいると確信した神殿騎士の一人が、恐る恐る田中のヘルメットに手を伸ばす。そのまま強引にヘルメットを脱がした騎士は、現れた田中の顔を見て慌てて口元を押さえた。


 眼球が飛び出し、血と脳漿にまみれた田中の頭部は、個人の顔を識別できない有様だ。辛うじて頭髪が黒色ということが分かるぐらいで、レイにはそれが田中か本田かは判別できなかった。


「……仕方ない。油断はできないが、すぐに悪魔に変わるような気配もなさそうだ。イヴに鑑定してもらうまで田中か本田の判別はできないな。……そう言えば、イヴはどこだ?」


「あっ、そうだわ! イヴはもう一人の捜索を頼んでたのよ。アレの他にもう一人いたの。途中で別れたみたいで見失っちゃっけど、まだこの街にいるはずよ!」


「一人じゃなかったのか? 聞いてないぞ? それを先に言え!」


「ごめんなさーーーい」

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