第325話 天才狙撃手
宗教国家『神聖国セントアリア』は、突如、戦場と化した。
田中真也の銃撃により百人以上の神殿騎士が死亡し、流れ弾や窓から顔を出した住人にも多くの死傷者が出ていた。白亜の街に、夥しい血と死体の山が溢れる。
神殿騎士達の報告を受けた教会本部は、田中真也を『神敵』認定し、街に緊急警報を発令した。街に設置された全ての鐘楼から緊急事態を知らせる鐘が鳴り響き、それを聞いた全住民が屋内に退避。国内にいる全ての神殿騎士に緊急呼集が掛けられた。
神聖国の中央に位置する教会本堂の一室。白髪白髭の初老の男が不機嫌そうな顔でベッドから起き上がる。街中に響き渡る鐘の音が煩い。男にはその鐘の符丁が緊急事態を知らせるものであることは当然分かっているが、男はその鐘を鳴らす指示など出していない。男の名はユーグ・アマンド。神殿騎士団の総団長を務める男だった。
「失礼します! ユーグ団長っ! 緊急事態です!」
神殿騎士の男がノックもせずにいきなりユーグの部屋に入ってきた。
「騒がしいぃ! 何事だっ!」
これから床に就くことを邪魔された上、礼儀を欠いた騎士の態度。それに、自分を経由せずに緊急警報が発せられたことに怒りを露わにするユーグ。神聖国の治安を預かる神殿騎士団だが、緊急警報は枢機卿の権限でも発令できる。しかし、警報自体、訓練以外で発せられたことは無い。騎士団長以外が発したことなど、ユーグが知る限り過去に一度も無かったはずだ。
「『神敵』です! 神敵が現れました! 現在、夜番の班と城門警備の班が対応中ですが、住民も合わせて百人以上の死傷者が出てます!」
「なん……だと?」
ユーグの顔が一瞬で驚愕の表情に変わる。
「神敵は正体不明の攻撃を行いながら中央区に向かって侵攻中です。目的は教会本堂と思われます」
「この国に攻撃? 正体不明? なんだそれは? 相手は誰だ? 人数は?」
「人数は、その……ひ、一人です」
「は?」
…
……
………
『『『炎よ 我が声に従い その力を示せ
火の属性魔法を操る神殿騎士達が、隊列を組んで田中真也に向けて炎の槍を放つ。前列の騎士は大きな
「あー ウザってぇー! そこどけよ!」
しかし、炎の槍は対魔法防御を付与されたボディアーマーに弾かれダメージは与えられない。田中は歩く足を止めずに、陣形を敷き盾を構える神殿騎士に向かってM240機関銃を掃射する。
ドドドドドドドドドドドド……カチンッ
「ちっ、もう弾切れかよ」
銃弾は神殿騎士の持つ凧型盾を容易に貫通し、その後ろに立つ騎士をも貫いていた。
「うぐっ くっ」
致命傷を避けた僅かな騎士達がうめき声を上げながらなんとか立ち上がる。
田中は、腰の裏に装備していたミルコー社製グレネードランチャー、MGL140を取り出した。MGL140は、40mmグレネード弾を六発装填できる回転式弾倉を持ち、連発可能なグレネードランチャーだ。この銃には用途に応じて様々なグレネード弾を装填できるが、田中が装填しているのは
それを田中は前方の騎士達に一発、後方に一発づつ撃つ。
隊列の真ん中に榴弾が着弾、炸裂し、爆風と破片を食らった騎士達は、その後立ち上がれる者はいなかった。
田中は背中に背負った弾薬バックパックを脱ぎ捨て、同時に体に巻きつけてあった予備の弾帯を脱ぎ、M240機関銃の給弾作業に入った。既に500発の弾を撃ち切り、機関銃の銃身は赤熱しており、これ以上の連続射撃は危険な状態だ。
「どうせ、この100発で最後だ。撃ち切るまで持てばあとは……痛って!」
給弾中にまたもや関節部分にリディーナの放った銃弾が撃ち込まれる。
「クソがっ!」
田中は
(クソクソクソクソクソ……)
…
(また煙幕……)
上空を飛翔魔法で飛んでいたイヴは、魔導狙撃銃の発砲音を頼りにリディーナを探す。煙幕が発生する直前まで銃声は聞こえていたのでリディーナは無事なはずだ。
ピー
指笛が鳴った方へ目を向けると、田中がいる位置の数百メートル離れた路地裏で、リディーナが走りながらイヴに視線を送っていた。
「リディーナ様、ご無事で――」
「イヴ、弾っ! 弾ちょーだい!」
合流早々、イヴに弾薬の要求をするリディーナ。イヴの
「バッツは大丈夫だった?」
イヴから受け取った弾薬を銃に装填しながらリディーナは状況を尋ねる。
「バッツさんは無事です。レイ様にはまた魔力を使わせてしまいましたが……」
「仕方ないわね。……レイは何か言ってた?」
「無茶しないで帰って来いと。アレはどうやらタナカかホンダという『勇者』の可能性が高いらしいです。宿に向かってるようなので、ご自身で始末すると仰ってましたが、お止めしました」
「まったく、あんな体で無茶はどっちよ。アレの鎧は魔法も効かないみたいだし、今のレイは魔法しか使えないじゃない。それに早く元に戻って欲しいからあんまり魔力を使わせたくないし、私がアレを殺るわ。あと少しだと思うし」
「あと少し?」
「ここは私に任せて、イヴはもう一人を探してちょうだい。悪いけど見失っちゃったのよ。ただし、見つけても私が行くまで手出ししちゃダメよ? 殺るのは二人で、いいわね?」
「……承知しました。リディーナ様も無理は絶対なさらないで下さい」
「了解よ」
…
……
………
給弾カバーを閉め、弾薬の装填を完了した田中は、ロックしたバッツのカーソルを目指し、歩き出す。
パァーーーン
「痛っぎゃああああああ」
煙幕の範囲から出た途端、田中の右膝に激痛が走り、そのまま尻もちをつくように仰向けに倒れた。田中が慌てて膝を見ると、膝の裏には穴が開き、血が流れていた。
「うぎぃぃぃ…… な、なんで?」
リディーナの放った銃弾が、ついに田中の関節を貫いたのだ。
膝の裏から入った弾丸が外側の装甲に阻まれ貫通せず、運動エネルギーを失っていない弾丸が田中の膝の中で暴れ、ズタズタに破壊した。
パァーーーン
慌てて
「あぎゃぁぁあああ」
正確無比の射撃。二キロの狙撃をスコープ無しで命中させるリディーナにとって、数百メートルの狙撃はお遊びの距離だった。人が着る甲冑の構造上、最も弱い関節の裏の箇所を寸分の狂いもなく何度も狙撃し、装甲の損耗を狙っていたリディーナは、ようやく貫くことができたのだ。
絶えず移動し、四方から両肘、両膝をランダムに狙撃して狙いを悟らせず、弾丸一個分を狂いなくピンポイントで当て続けたからこその成果であり、例えレイであっても不可能な芸当だった。
「うぎぃぃぃいいだぁーーーい」
激痛にのた打ち回る田中。生まれてから十七年間、初めて味わう痛みに全ての思考が停止した。傷口を押さえて必死に痛みに耐えようとして田中の動きが止まったところに、再度、遠方から射撃音が鳴る。
カキンッ
田中のヘルメットに銃弾が当たる。初撃でリディーナが撃ち込んだ箇所と一ミリも狂い無くだ。
二発、三発と同じ箇所に続けて撃ち込まれ、四発目でバイザーに僅かにヒビが入った。
「ひっ」
焦った田中は無事な右手で煙幕手榴弾を取り出そうとするが、その腕の肘裏に銃弾が撃ち込まれる。
「ぎゃあああああーーーー宗次ぃぃぃぃたぁすけてくうれぇぇぇ」
ピシッ
泣きべそをかきながら田中は本田宗次に助けを求めるが、それを無視するかのように、ヘルメットのバイザーに弾丸がめり込んだ。
「は」
パァーーーン
田中の視界にリディーナの存在がロックオンされたと同時に、バイザーにめり込んだ弾丸が撃ち抜かれ、二発の弾丸が田中の額を貫いた。
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