第324話 銃撃戦

 田中真也は能力を発動させ、視界を暗視モードに切り替え、動体反応をすべて表示させた。これで夜間でも視界がはっきりし、動く者全てにカーソルが表示されるようになった。


 緑色に染まる田中の視界に、カーソルで表示された騎士の姿が映る。


「なんだ貴様、その格好は……」


 煙の中から現れた田中を見た神殿騎士は、その異様な姿に息を呑んだ。オリーブグリーン色の厚手のボディアーマーに丸いヘルメット。透明のバイザーの下では赤い十文字の眼が光っている。見たことも無い田中の格好に、それを見た神殿騎士達は揃って困惑する。


「おい、きさ――」


 田中はM240機関銃の安全装置を解除すると、目の前の騎士達に向けて銃を構え、引金を引いた。


 ドドドドドドドドドドドドドド


 毎分650発の速度で発射された弾丸は、瞬く間に神殿騎士達を蜂の巣にする。7.62mmのライフル弾はいとも容易く神殿騎士のミスリルコーティングされた鎧を貫通し、騎士達が悲鳴を上げる間も無くその命を奪った。


「ウハッ 流石に7.62mm弾ならいくら神殿騎士の鎧でも紙だな紙! っと、あんま調子こいて連射し過ぎると弾切れになるからな。狙撃犯を見つけるまで節約しねーと。予備の弾帯はあるが、装填が面倒臭いからなM240コイツは」


 目の前の神殿騎士達を殲滅した田中は、自身を狙った狙撃手を探すべく、狙撃があった方向に視線を向け、歩き出した。



「なにアレ? さっきのヤツかしら?」


 神殿騎士を銃撃している田中を発見したリディーナは、その無茶苦茶な様子に顔を顰めた。まずはレイに報告しようと離脱を考えていたリディーナだったが、この場で仕留めることを選択する。けたたましい銃声に周囲から神殿騎士が現場に集まって来るが、同時に街の住人も建物から顔を出してきていた。


(早いとこ始末しないと拙いわね……)


 リディーナは予備の弾薬を魔法の鞄マジックバッグから取り出すと、胸の谷間に数本差し込み、残りをポケットに仕舞う。各種、手榴弾グレネードを腰の裏のベルトに取り付け、レイから預かっている『結界』の魔導具を起動させた。


「さて、行くわよ!」


 魔導狙撃銃をしゃがみ撃ちの姿勢で構え、まずは田中のヘルメットに狙いをつけて引金を引く。


 パァン


(やっぱりね……)


 当然のように銃弾はヘルメットに弾かれたが、それはリディーナにも予想がついていた。銃のボルトハンドルを引いて次弾を装填しながら、リディーナは即座に場所を移動した。



 リディーナは移動中は建物の下の路地を走り、狙撃は建物の屋根から行った。一連の動きは地球の兵士とは比べものにならないほど素早く、風のごとく消えては現れ、狙撃を繰り返すリディーナ。


「くそがっ!」


 田中の苛立ちがピークに達する。まるで四方から狙撃されてるように、あらゆる角度から銃弾が飛んでくる。しかも、硬いヘルメットへの狙撃は一度きりで、その後は関節の隙間をピンポイントで撃ち込まれており、貫通はしていないまでも、撃たれる度に衝撃と痛みが走っていた。



「邪魔だっ!」


 次から次と路地から現れる神殿騎士達を、まるでゲームのように現れた傍から撃ち殺していく田中真也。事実、田中の目には、ゲームのようなディスプレイ画面が表示されており、暗視モードの緑色の視界も相まって、現実感は無かった。動体反応のある人型のカーソルに銃口を向け、躊躇なく引金を引く田中。


 田中が神殿騎士達を撃ち殺す合間に、リディーナの撃った弾が尚もアーマーの隙間を突いてくる。撃たれた方向が矢印となって視界に表示されるも、田中が視線を向ける頃にはリディーナは移動しており、その姿を捉えることが出来ずにいた。


(くそ痛ぇ……一体誰だ! ちくしょう!)


 撃たれた肘裏を庇うようにすると、今度は膝裏に銃弾が飛んで来る。しゃがんで膝裏を隠すと再度また肘裏に弾が当たる。壁を背にして周囲を探すも犯人の姿は確認できない。


「くっそがあああああああ!」


 M240機関銃を乱射しながら走り出す田中。目指すはロックオンしたバッツのいる高級宿だ。謎の狙撃手がさっきの奴の仲間なら、そいつに聞くか、人質にでもして誘き出せばいい、そう考えた田中は真っ直ぐ宿に向かって行った。


 …


 リディーナは移動中にボルトハンドルを引き、銃に弾薬を押し込んで給弾すると、ハンドルを戻して装填を完了する。


(これでレイから貰った弾は全部ね。もうちょっと多めに貰っておけば良かったわ。……それにしても、アレが向かってるのってもしかして私達の宿? どうして分かったのかしら? でも……)


「バカなのかしら?」


 …

 ……

 ………


軽機関銃LMG?」


 高級宿の一室。レイはこの世界では聞き慣れぬ、乾いた射撃音を耳にし、窓の外を見ていた。日はとっくに沈み周囲は既に暗かったが、レイも夜目は利く。視界には神殿騎士の駆けまわる姿があったが、射撃音の発生源は騎士達では無い。


 レイが戦場で良く耳にした射撃音。間違いなく軽機関銃LMGの銃声だ。


「この世界に軽機? ……田中真也、もしくは本田宗次か!」


 残りの勇者のリストから銃に関係ありそうな能力があるのは田中真也の『狙撃手』の能力と、本田宗次の『錬金術士』の能力だ。田中は狙撃の能力持ちということぐらいしか分かってないが、本田が銃を作り出せるという情報は、以前、高橋健斗からレイは得ていた。


「リディーナとイヴがまだ帰って来ていない。……拙いな」


 レイは、魔法の鞄マジックバッグからメルギドで作った紺の外套と魔金オリハルコン製のプレートが入ったプレートキャリアを取り出し、アンジェリカに渡す。


(外套の方は分からんが、プレキャリの方はライフル弾でも貫通しないはずだ)


「コイツをクレアに着せて、一緒に奥の部屋へ行ってベッドの下に隠れてろ。それと窓には絶対近づくな」


「え? 一体何がどうしたんだ?」


「いいから早くしろ。外に『勇者』がいる」


「えっ?」


「射撃音からして撃ちながらこの宿に近づいてる。偶然かもしれんがこの部屋に向かってるかもしれん」


「そんな、なんで……?」


「わからん。リディーナとイヴも戻って来てない。俺は今から……ん?」


 コンコン


「失礼します、レイ様!」


 部屋に飛び込んできたのは血だらけのバッツを担いだイヴだった。急いで階段を上がってきたのか、イヴは珍しく息を切らせていた。


 

 空いている部屋のベッドに寝かされたバッツを見て、レイは先程から聞こえる銃声に確信を持つ。バッツの傷口は間違いなく『銃創』だった。


 銃創は近距離で撃たれれば、皮膚表面に黒く焦げた痕が生じ、傷口も独特な形状になる。遠距離から撃たれた場合は火薬痕は残っていないが、見る者が見れば刺し傷とは違い、銃で撃たれた傷と分かる。レイにとっては見慣れたものだし、前世の身体にはいくつも痕が残っていた。


「太ももは拳銃弾……9mmか? 肩と腹部はライフル弾だな。ちっ、肩は貫通してるが腹は抜けてない、中に弾が残ってるな」


 レイは、すぐに腹部を透視スキャンし、内部を確認する。


「弾はそのまま残ってる。体内で割れてなくて良かったな。バラバラだったら大掛かりな治療が必要だったところだ。輸血も出来んし、失血だけは魔法じゃどうしようもなかった」


 この世界で血液型を知る術はない。レイの血液型はA型だ。O型のRHマイナス以外の血液型では他人に輸血は出来ない。型が異なる血液を輸血すれば死亡する確率が非常に高いからだ。仮にバッツがA型だったとしても、それを調べる術がない以上、輸血は出来ない。いくら魔法で止血できたとしても、体内でバラバラなった破片を取り除いてる間にバッツは失血死するだろう。仮に、弾丸が体内に残ったまま傷を塞いだ場合、弾丸の種類にもよるが、弾に含まれる鉛により中毒を引き起こしてしまう。鉛中毒になった場合もいずれ死ぬことになる。


 レイは魔金製の短剣を抜き、短剣と傷口、自身の手に『浄化』の魔法を掛ける。そして、短剣を弾丸のある位置に刺し、傷口を広げると、手を入れて弾丸を強引に摘出した。


「少し乱暴だが、勘弁しろよな、バッツ」


 その後は、回復魔法を掛けて全ての傷を塞ぐと、摘出した弾丸を見てレイは呟く。


「7.62mmか…… イヴ、説明しろ。リディーナは?」


「リディーナ様は無事……だと思います。遠距離から狙撃すると仰ってました。無茶はしないとも。街中で背中に銃を持っていた者を観察していたら、その者を尾行していたバッツさんが撃たれました。私とリディーナ様は、その者がバッツさんにとどめを刺そうとしていたので、止む無く手を出しました。相手が『勇者』かもしれない、レイ様に報告が先と分かってはいたのですが……申し訳ありません」


「謝るな。バッツには借りもあるし、俺がその場にいても同じことをした。……そうなると、そいつがこっちに向かってきてると見ていいかもな」


(くそっ ……リディーナ、無事でいろよ)



「まさか、つけられていたなんて……」


 自分が尾行されてたと勘違いしたイヴは顔を青くし俯いた。


「気にするな。そんな簡単にイヴを尾行できる奴は、元は只の高校生である『勇者』共の中にはいないはずだ。なんらかの能力だろう。それに、こっちに来るなら好都合だ。後は任せろ。イヴはリディーナを探して合流するんだ」


「……え?」


「なんだ?」


イヴとアンジェリカはレイを見て何か言いたそうな表情だ。


「自分の事、忘れてるのか?」

「レイ様……子供のお姿のままですが……」


「あ……」

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