第318話 神聖国セントアリア④

 レイは、痙攣している優男の頭に再度針を刺して、止めを刺した。長さ十五センチ程のただの鉄の針を使った技は白石響にも使用したもので、東洋医学を元にした体の経穴、所謂『ツボ』を刺激する、本来は医療目的の技術だ。新宮流ではそれを応用した暗殺術として奥義に組み込まれている。レイはその技術を修めてはいるものの、実戦で使用したことは殆ど無い。特定の経穴を細い針で正確に突くのは非常に難しく、拘束して身動きのとれない相手ならまだしも、動いてる相手に針を刺すのならナイフで刺した方が楽に殺せるからだ。


 新宮流でも暗器術に位置するこの技は、あくまでも補助的な技術だ。しかし、この技術に力はいらず、筋力の無い今のレイにも魔法を使わずに人を簡単に無力化できる。


「やっぱ、腕が鈍ってるな……」


 動かなくなった優男フィリップを見てレイが呟く。本来であれば、相手に何も感じさせずにその動きを止められるものが、相手の経穴の見極めに手間取った上、致死のツボを間違えてしまった。


「こんな細い針でなんでこんな風になっちゃうの?」


 リディーナはこの技に興味深々だ。頭に針を刺して死ぬのは分かるが、手足が動かなくなったことが不思議なのだろう。


「詳しく話せば長くなるが、まあ、人間にはいろんなツボがあるんだ。そこを正確に突かれると、身体に様々な影響が出る」


「つぼ?」


「例えば、ここを刺すと足が動かなくなるし、ここだと足首が動かない。元は治療用の技術だから、体の不調を治すツボもある」


「へー」



「あ、相変わらずとんでもないですね、旦那達は……」


 死体に針を刺して説明するレイと、それを興味深々で見ているリディーナに、バッツは顔が引き攣りながらも声を掛ける。バッツ達が驚くのはレイの不思議な技は勿論、リディーナが完全無詠唱で放った『風刃』、それも三発同時に放ったことだ。


 リディーナは『風の妖精シルフィード』と契約してから風の属性魔法に限り、完全に無詠唱で発動できるようになっていた。相対した敵が詠唱も無く、視認できない風の刃を躱すことなど不可能に近い。それが出来る魔術師などバッツ達は知らず、リディーナの無音の魔法攻撃に戦慄を覚えていた。


(旦那もバケモンだが、リディーナの姉御もヤバイ。マネーベルの不死者アンデッド事件で広範囲の破壊的な魔法を放てるのは知ってたが、近距離でもヤバイ。誰が相手でも姉御の気分次第で首がすっ飛ぶぞ……)



「レイ、やっぱり神殿騎士みたいよ」


 リディーナは、男達の首に見える冒険者証のようなドッグタグを指してレイに尋ねる。騎士の身元証明も冒険者と同じような首飾りだった。


「コイツらが持ってる剣は以前、マネーベルで見たのと同じだからな。やはり神殿騎士か。しかし、神殿騎士のイメージがどんどん悪くなるな」


「ホントね。死体はどうする? 床も血で汚しちゃったし……」


「死体は魔法の鞄に仕舞う。血の痕は『浄化魔法』で消せるからそっちも問題無い。折角整理したのにまた変なの入れることになるが、今度は腐る前に早めに処分しないとな」


「そうね~」



「やっぱりって、コイツらが神殿騎士だと知ってて殺したんですか?」


 バッツは言ったそばから自分の発言に後悔した。なぜならマネーベルの宿でレイは百人近い神殿騎士を斬り殺している。今更言ったところでレイが気にするはずは無かったからだ。


「まあな。リディーナにあしらわれたぐらいで襲ってきた下種野郎共だ。そりゃ始末するさ。気にすんな」


(いや、気にするでしょ普通! この人達、神殿騎士を何だと思ってんだ? 教会の守護だぞ! 敵対したら教会に喧嘩売るのと同義なんだぞ? マネーベルの時だってこっちは死体の処理にどんだけ神経使ったと…… ああ、なんでそんな簡単に綺麗に処理できるの? あの時の俺らの苦労は一体……)


 レイが死体を魔法の鞄に放り込み、浄化魔法で血の痕を簡単に消す様子を見て、バッツ達は凹んでいた。


 因みに、レイの子供姿に関しては、再会した時にバッツ達に説明されている。本当にレイ本人なのか? といった疑問は、神殿騎士達を瞬殺したことと、死体処理の様子を見て、バッツ達の頭からは吹き飛んでいた。



「それよりバルメ、態々こんなところまで来てもらってすまなかったな」


 レイはメルギドから遥々訪れていたドワーフのバルメに声を掛けた。先程、挨拶は済ませてはいるが、レイは『魔導砲』の砲弾しか頼んでおらず、態々バルメが来るとは思っていなかった。


「いえ、とんでもないです。ラーク王国では思わぬ方ともお会いできましたし、お気になさらないで下さい。それと、レイ殿に頼まれた品は全て魔法の鞄に入っているのですが、少々荷物が大きくて、室内ではお出しできません。どこか人目のつかない広い場所で中身の説明も合わせてお引渡ししたいのですが……」


「荷物が大きい? そんな物は頼んだ覚えがないんだが?」


「『魔導砲』の砲弾以外に『魔操兵ゴーレム』が二機分ありますので……」


「マジかよ。結構、時間掛かるって話じゃなかったか?」


「レイ殿とお話されてから、マルク様が張り切っちゃいまして。他の仕事を全て断ってお作りになりました」


「『魔操兵』って、あのポンコツでしょ? 使えるの?」


「ポ、ポンコツ…… いや、リディーナ殿、今回お持ちしたのは試作機と違ってレイ殿の意見を取り入れた特殊仕様になってまして、戦闘力が大幅に向上しており決してポンコツでは……」


「ふ~ん、まあいいけど。……追加料金とかないわよね?」


「それは大丈夫です。機体の製作にあたり最初にレイ殿から受け取った金銭で収まりましたので」


「え?」


 リディーナがジト目でレイを見る。


「レイ?」


 サッとリディーナから視線を外すレイ。


「いくら使ったの?」


「……」


「レイ? こっち見て」


「ゴメンナサイ」


「怒らないからこっち見て? ……いくら使ったの?」


「……ワカンナイ」


「んもうっ!」


 …

 ……

 ………


 一方、最高級宿の一室で待機しているイヴとアンジェリカの二人は、神聖国に入国してからの街の様子に違和感を感じていた。


「いつもと様子が違うな」


「神殿騎士ですか?」


「そうだ。若い連中ばかりで古参が殆どいない。数も少ないようだ」


「私は久しぶりだったので気のせいかと思いましたが、やはりそうでしたか……。思えば城門での検問も検査が杜撰でした」


「ああ。馬車の紋章しか確認しないなど手を抜き過ぎてる。いくら化粧が濃いとはいえ私とクレア様の顔もまるで気付いていなかったしな」


 アンジェリカとクレアは普段は化粧を殆どしない。貴族の令嬢を強調する為に、これから社交界に出るかのように派手な厚化粧を施したが、元から二人を知っている者であれば疑いを持ってもおかしくなかった。疑われた場合に備え、ラーク王国の正式な書簡も用意していたが、それを使うことなく入国できたのだ。その上、リディーナとイヴの身元や所持品の検査も一瞥しただけで済ませている。


 きちんとした検査手順を知る二人には、あっさり入国できたことに安心よりも弛んだ警備体制に呆れていた。


「クレア様が不在の影響でしょうか?」


「マネーベルの事件からかなりの時間が経っている。街の様子を見る限り、クレア様の死亡や行方不明などの発表は行っていないのは間違いない。それに、中央の教会堂なら分かるが、クレア様のことが街の警備に影響しているとは思えん」


「クレア様の捜索に騎士を派遣していたとしても、ここまで手薄になるのは考えられませんし、やはり教会本部で何か起こってると見ていいですね」


 オブライオン王国の聖女が死去し、神聖国の聖女は行方不明だが死亡した可能性が高い。もう一人の聖女は遠く離れた地におり、すぐにその影響力は発揮できない。アンジェリカの脳裏に、以前レイに指摘された教皇が暴走するかもという懸念が浮かぶ。


 この状況に神聖国の教皇がどのような方針を打ち出しているのか、すぐに確かめたい欲求に駆られるアンジェリカだったが、万一、最悪の状況だった場合は教会中枢の人間がレイに始末される。それを考えると気が気でなかった。


「まずはレイ様がお帰りになるのを待ちましょう」


「そう……だな」

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