第319話 神聖国セントアリア⑤
レイとリディーナは、バッツ達と別れて自分達の宿に向かっていた。『
「そういえば、帰り際にバッツに何頼んでたの?」
「……」
「もう怒ってないから」
「やっぱり怒ってたのか?」
「怒ってないから! もういいから話してよ!」
「別に隠してる訳じゃないんだけどな……」
レイは、ニコライという名の人物を探すよう、帰り際にバッツに依頼していた。ニコライは奴隷商人アマンダの証拠にあった、違法に捕らえられた子供達の買主の名だ。子供達の売却先は神聖国だったので、ニコライもこの国にいると思われた。レイはそのことをリディーナに説明する。
「違法奴隷の取引相手? それってレイの仕事じゃないじゃない。メサに全部任せたんでしょ?」
「まあな。だが神聖国はアリア教の本拠地、それに住人の殆どがアリア教徒。そんな国で、子供が三十人も奴隷として需要がある。どういうことか分かるか?」
「教会関係者が子供を買ってるってこと?」
「まだ憶測にすぎないが、いるだろうな。買主はニコライって奴だけだが、そいつはどうせ仲介だ。子供を買いたい顧客は一人や二人じゃないはずだ。念の為、顧客の名前は全員把握しておきたい」
「念の為?」
「顧客の中にローズ家の人間がいるかも知れないからだ」
「……もしいたらどうするの?」
「その時は他に信用できる奴を探すか、いなければこの国に見切りをつけるだけだ」
「それも仕方ないわね……。アンジェリカには悪いけど、さっきの神殿騎士といい、ホント腐ってるわよね~」
「そうだな。だが、数百年以上、組織が続いてるんだ。組織の膿を排除する内部構造は必ずあるはずだ。そうでなきゃ、いくら同じ神の声を聞ける『聖女』が複数存在する宗教団体とはいえ、分裂せずにここまで長い間存続できるはずがない」
宗教団体に限らず、組織に自浄能力が無ければ、長期の間、組織を維持することは出来ない。どんなに崇高な意識をもった人間が集まっても、組織を構成するのが人間である以上、不正や汚職に手を染める人間は必ず出てくる。そのような人間を組織内で正す部署や部門が存在しない組織は長くは続かない。
「イヴがいた部署とか?」
「教会の暗部か。それだけじゃないと思いたいな。鑑定の能力持ちのイヴを排除した部署だ。異端審問官として不正を正すなら戦闘力より貴重な能力を持っているイヴを処分する理由がわからん。イヴの鑑定を恐れる人間がその部署で権力を握ってるなら、そこもあまり信用はできないな。動く前に、暫く情報を収集して色々見極めなきゃならん」
「なら、それは私とイヴがやるわね」
「?」
「レイはアンジェリカとクレアの護衛をお願いね」
「なんでだ? どうしてそうなる?」
「自分の姿を見てみなさいよ。それで尋問とかできるのかしら?」
「そうだった……」
「イヴにとってこの国は古巣だし、一緒に連れていくわよ? その間の護衛はレイしかいないじゃない。レイが調査を依頼したバッツ達には頼めないし、レイとイヴが調査に行っても誰も口を割らないと思うけど〜?」
「確かにそうかもしれんが……」
「それに、さっきも浄化魔法使っちゃったし、元の姿に戻るには魔力は満杯にしとかなきゃいけないんでしょう? 今回は私がやるからゆっくりしててよ」
レイはリディーナが尋問なんて出来るのかと心配になったが、出会った最初の頃に、オブライオン王国の自由都市マサラで奴隷商人を締め上げたリディーナの手並みを思い出した。
「……さっきも絡まれたんだ。あまり無理するなよ?」
「分かってるわ。この国にギルドは無いからS等級とはいえ特例は期待できないし、始末は人目につかないように、でしょ?」
(始末するのが前提なのか? ……やっぱ不安だ)
「情報収集って意味分かるか? この国の教会関係の情報を集めるだけだぞ? アンジェリカとイヴに聞いてはいるが、それを確認するだけだ。始末しにいくわけじゃないんだぞ?」
「分かってますぅ!」
…
……
………
翌日。
宿で朝食を摂った後、リディーナとイヴは街に出ていた。二人共、濃紺の外套を羽織りフードを被っている。認識阻害付きのフードにより、街行く人々は二人の顔は特徴を捉えることは出来ず、昨日の様な注目は浴びずに済んでいた。
今日の目的は、まずは街の構造を知ることと、街の様子を見ることだった。二人は街を散策しつつ、周囲を観察することにしていた。
「こうしてリディーナ様と二人で街を出歩くのも久しぶりですね」
「メルギド以来かしら? いつもアンジェリカ達の護衛を押し付けちゃってごめんなさいね」
「いえ、私は全然平気です。ですが、護衛騎士筆頭であるアンジェリカ様を護衛することにアンジェリカ様がどう思われてるかが気になります」
「う~ん、護衛騎士ね~……。イヴ、レイが何でアンジェリカに護衛をつけるかわかる?」
「どうしてでしょうか? 以前、政治的な仕事に専念させる為だとレイ様が仰ってましたが」
「そうね。時間を見つけては教会内部の人間関係を書き連ねて頭を抱えてたわね。でもそれが理由じゃないわ。あのコ、多分だけど人を殺したことがないからよ」
「え?」
「口で説明するのは難しいんだけど、殺しに慣れてる人って目が違うというか、雰囲気が独特なのよね。それに、あのコ、死体を見て一々表情変えるじゃない? 騎士とは言え、稽古しかしてないのよきっと。よっぽど大事にされてたのね」
「レイ様が時間が無いと仰られてたのは……」
「一ヵ月やそこらで人殺しの体験から教えるなんて無理に決まってるわ。そこらのゴロツキならともかく、相手が『勇者』なら尚更ね」
イヴは自分が初めて人を殺した時のことを思い出す。今まで様々な人間を暗殺してきたが、初めて殺した時の衝撃と男の顔は今でも鮮明に覚えていた。人を殺す度に少しづつ薄れていったが、決して忘れることはない。同じ部署にいた同僚の中には重荷に耐えきれず心を病んだ者や、剣が握れなくなった者もいた。そうなった者は全て部内で処分された。自分も乗り越えてなければ同じ道を辿っていたはずだ。
同じ人を殺すという行為でも、自分の身を守る為の殺しと、何の恨みも無い赤の他人を殺すのとでは心に掛かる負担が大きく違う。初めての殺人が後者の場合、良心の呵責に耐え切れずに精神を病んでしまう者も少なくない。
「襲って来た野盗を捕えて、アンジェリカに斬らせても良かったかもしれないけど、無抵抗の人間を殺すのって、初めてなら結構キツイと思うのよね。かと言って都合よく襲われて相手を殺さなきゃいけない状況も中々ないだろうし、レイが時間無いって言うのも分かるわ」
「そうですね……」
「それに、レイが前に言ってたけど、人を殺さずに生きていけるなら殺しなんて経験しない方がいいのよ。一度でも人を殺したら、もう元には戻れない。それはアナタも分かるでしょう? お節介かもしれないけど、アンジェリカは大貴族の令嬢みたいだし、私達みたいに手を汚す必要はないんじゃないかしら」
「……私が浅慮でした。何も見えてなかったです」
「何言ってんの、イヴはまだ子供なんだから当たり前でしょ。気にしちゃダメよ? そういうのは大人の役目なんだから」
「子供?」
「そうでしょ? イヴはまだ子供ってレイが言ってたわよ。十八歳っていうのは嘘なんでしょ?」
「申し訳ありません、嘘を付くつもりはなかったのですが……」
「で、ホントはいくつなの?」
「……十四です」
「えっ?」
(嘘でしょ? レイの言ったとおりホントに子供じゃない! えー 何で私気付かないかなー というか、この子、その歳で落ち着き過ぎじゃない?)
「老けてますか?」
「そ、そんなことないわよ。ただちょっと大人びて見えるわね。綺麗だし。老けてはいないわよ? でも、よく冒険者登録できたわね。トリスタンは知ってるの?」
「わかりません。私を紹介したダニエ枢機卿から聞いてたかもしれませんが、冒険者ギルドで侮られないよう十八歳と偽っても何も言われませんでした」
「確かに、若いと舐められるわね。女の子なら尚更だわ。そもそも十四じゃ登録できないし、黙認だったのかしら? だとしたら許せないわね。子供をなんだと思ってるのよ」
「でもそのおかげで一人で生きていけましたし、こうしてリディーナ様とレイ様に出会うことができました。黙認して頂いて感謝してます」
「イヴ……」
リディーナは足を止めてイヴを強く抱きしめる。
(一体、いくつの頃から殺しをやらされてたのかしら。背中の虐待の痕といい、この子は私なんかよりずっと辛い思いをしてきたんだわ……)
「リ、リディーナ様?」
「いいの。今までよく頑張ったわね。大丈夫、アナタは一人じゃないわ」
「…………はい」
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