第317話 神聖国セントアリア③
「こんな場所に小さな子供を連れてくるのは感心しませんね。美しいお嬢さん?」
レイとリディーナに声を掛けてきたのは、茶髪の若い男だ。容姿の整った優男だが、アルコールの臭いが酷い。まともなことを言ってはいるが、相当酔ってるようだ。
「忠告は有難いけど、人を探してるの。飲みに来たわけではないわ」
リディーナは冷たく言い放ち、優男からすぐに視線を外す。
「よろしければお手伝いしますよ?」
「結構よ」
優男に視線を向けることなく、無視してリディーナはバッツ達を探す。
「……ちっ」
リディーナに冷たくあしらわれたのが意外だったのか、一瞬驚くような顔を見せた優男は、舌打ちしながら自身のいた席に振り返って一転、おどけた態度を仲間に見せた。
「ハハッ フラれちゃったよ、亜人に!」
「ギャハハハ! なんだよ、フィリップ! ダセェな!」
「亜人の女なんか楽勝なんじゃなかったのか~?」
「ほら、お前の負けだ。次はお前の奢りだぞ? 全く、亜人なんぞに舐められやがって情けねー」
男達は、フィリップと呼ばれた優男がリディーナを口説けるかどうか賭けをしていたようだ。フィリップはヘラヘラおどけてるが目は笑ってない。プライドが傷ついたのだろう。男達は全員鎧は着けていないが、服の上からでも鍛えられた肉体だと分かる。冒険者でないのなら兵士の可能性が高い。それぞれの椅子には同じ形の
(神殿騎士か。見たところ全員若いが、治安が良いとはいえ酒場で武器を体から離してるとは随分弛んでるな。それに、他種族を見下すようなナンパは相手がリディーナでなくとも気分が悪い…………いや、普通にムカつく)
「行きましょ、レイ。ここにはいないみたいだわ」
リディーナが男達を無視したまま周囲を見渡してレイに言う。レイも探してはいるが、身長が低いので奥まで見えないのでリディーナ任せだった。
レイはリディーナに手を引かれて、酒場を後にした。次に向かうのはバッツ達が宿泊している宿だ。だが、お決まりの様に二人の跡を追ってくる者達がいた。先程、絡んできた男達だ。リディーナに無視された腹いせか、情欲か……あるいはその両方だろう。酒の勢いかもしれないが、それで襲われる方はたまったものではない。
「どうする? 始末する?」
当然のようにそのことに気付いているリディーナはレイに尋ねる。幼児と手をつなぐ女性の発言とは思えないが、勿論、レイは気にしない。
「前から思ってたんだが、俺と出会う前はこういう時どうしてたんだ?」
「どうって?」
「ああいうヤツらは全員始末してたのか?」
「まさか。流石に殺しはしなかったけど、暫く動けないくらいにはしてあげたわね。でも、偽装魔法でエルフってことを普段は隠してたし、今みたいに堂々と道を歩いてた訳じゃないのよ? ……こうして普通に街を歩くのはレイと一緒に行動するようになってからだし、そんなにしょっちゅう絡まれてた訳じゃないわ」
「それは……なんか、悪かったな」
「何言ってんのよ。レイについていくって私が決めたんじゃない。それに、コソコソ隠れるようにしてた以前より、今の方が全然楽しいわ。気にしないで。……それよりどうする? 殺る?」
「まだ人通りが多い。宿に入ってまだついてくるようなら始末しよう」
「了解~」
(たかがナンパでと普通の者は思うだろうが、尾行するということは、この後何かしら暴力なり恐喝なりでリディーナに下種な真似をするつもりなのは間違いないだろう。そんな奴等に容赦するつもりはない。痛めつけて改心するならそうするが、性犯罪者の再犯率を見ればそんな甘い考えは新たな被害者を生むだけだしな)
「(それに、自分の女が狙われて黙ってるほど俺は人間ができちゃいない)」
「なにか言った?」
「何でもない」
「ふ~ん」
(今の可愛らしい姿のレイに「自分の女」とか言われちゃうと、微笑ましくてキュンキュンしちゃうわ~)
…
ラルフに教えられた宿は、稼ぎの少ない人間は少し背伸びすれば泊まれるが、金のある人間はまず選択肢から外す、そんな安くも高くもない中途半端な宿だ。そのような宿が繁盛してる訳も無く、ロビーは閑散として寂れている。B等級冒険者として長年活動してきたバッツ達には些か見合わない宿に思える。
殺し屋時代のレイならこのような暇そうな宿は絶対に宿泊しない。利用する人間が少ないということは、従業員の印象に残りやすいということであり、自分の行動を把握されやすい。繁盛過ぎて予約が取れないのも困るが、ある程度客入りのあるホテルを選ぶ。護衛する場合とは真逆な選択だ。
宿の受付には老いた男が座っていた。老人にラルフの紹介だと伝えると、思い出したような顔を一瞬覗かせ、黙って鍵を渡してきた。どうやら話は通ってるらしい。鍵には部屋の番号である二〇二の文字が彫ってある。
「二階ね」
三階建ての建物の二階。昔の漫画などではプロの殺し屋が宿泊する部屋を指定したりするが、現実で拘るヤツはいない。あれこれ注文を付けるのは従業員の記憶に留まる行為になるからだ。特別な何かが無い限り、部屋番号を指定するような人間は普通はいない。現実には警察や犯罪組織は正面と裏口は必ず同時に押さえるのは当たり前であり、非常口に近いだのなんだのは意味が無い。万一の時に非常口から逃げられるのは、映画の演出に過ぎない。宿泊する部屋からの逃走経路を考慮するのは間違いではないが、あらゆる状況を想定して、逃走することが無いような計画を立てるのがプロだ。
コンコン
リディーナが部屋の扉をノックし、暫しの沈黙の後、扉が僅かに開いた。中から『ホークアイ』のメンバーが顔を覗かせ、リディーナの顔を見て驚く。
「姉御っ!」
…
……
………
「おい、ホントにやんのかよ?」
「当たり前ぇだろ! 神殿騎士である俺達が亜人に舐められたんだぞ?」
「ま、舐められたのはフィリップだけどな!」
「うるせーなー、まあこれからたっぷり舐めてもらうさ」
「それにしても、こんな寂れたとこに泊ってんのか?」
「かなりの上玉だが、どうせ流れの娼婦だろ?」
「ガキはどうする?」
「亜人のガキだ。いらねーよ。タップリ女と楽しんだ後に一緒に捨てればいいだろ」
「「「だな」」」
男達は下劣な会話をしながら二〇二号室に向かっていた。一階の受付には殴られて血だらけの老人が倒れており、強引にリディーナのいる部屋を老人から聞き出していた。
ドカッ
男達は部屋の扉を派手に蹴り飛ばし、中に雪崩れ込んだ。
直後、音も無く三人の男の首から同時に血が噴き出した。声を上げる間も無く絶命した三人の男は、そのまま床に崩れ落ちる。
「へ?」
最後に一人残ったフィリップは、同僚三人が音も無く倒れたことに呆然とした。一歩足を後ろに下げて後退るが、足に力が入らず、そのままガクリと後ろに倒れる。
「あ、あ……れ?」
フィリップの太ももには細長い鉄の針が刺さっていた。動かない足に動揺しながら、慌てて腰の剣を抜こうとするフィリップ。だが、その腕も動かない。
「え?」
気づけば腕にも針が刺さっており、側には針を手にした黒髪の子供が立っていた。
「言われた通り、一人残したけど始末しないの? というか、それ後で教えて」
「ん? 勿論、始末するぞ? この技はいくらリディーナでも無理だ。俺もかなり久しぶりだったからコイツらみたいな下種共で試したかっただけだしな」
「えーーー」
そう言って、レイは手にした針をフィリップのこめかみに突き刺した。
「あぽっ」
フィリップは白目を剥いてビクビク身体が痙攣しはじめた。
「あ、間違ったかな?」
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