第310話 勇者の国②

「ふう……。今日はこんなもんかな」


 本田宗次の前には大量の剣と鎧が積み上げられている。傍らにある鉄鉱石から本田が『錬金術師』の能力で創り出したものだ。本田は材料が無くても、空気中や土壌の物質からある程度の創造を行うことができるが、材料となる物質があった方が早く大量に創造できる。無論、その能力にも制限はあり、本田が知らない複雑な構造や、電子部品などは創り出すことはできない。


 ここに積み上がっている剣や鎧は、鉄で鋳造された形ばかりのモノなので、本田にとってはさほど労せず作れるものだ。それでもこれを豚鬼オークに装備させれば、強力な兵士になる。また、面を覆う兜には豚鬼の醜悪な顔を民衆に隠す意味もあった。


「じゃあ、ここに置いておくから後は宜しくね」


「……」


 本田はそう言って、林香鈴ハヤシカリンを見る。香鈴は以前の様な飄々とした余裕のある雰囲気は一切ない。王都の郊外にあるこの『豚鬼繁殖場』での作業に精神を蝕まれており、食事もろくにとれなくなった。嫌ならやらなきゃいいのにと本田は思うが、香鈴がペットとしている魔獣達への餌の確保の為にも、香鈴はやらなければならなかった。


 香鈴の使役テイムしている魔獣は、他のクラスメイトの協力を得て捕獲した森の主と呼ばれる強力な魔獣達だ。その魔獣達を維持する為には大量の食糧、肉が必要だった。近隣の森の魔物は既に狩り尽くしており、仕方なく罪人を与えていたが、それも足りなくなった。香鈴としては、使役している魔獣を処分するか、餌である肉を育てるしか選択肢が無かった。しかし、自分の愛するペットを処分などできず、香鈴は雌の豚鬼に産ませた子の内、兵士として取り立てる豚鬼とは別に、自分の魔獣に与える豚鬼も飼育している。


 豚鬼同士の繁殖なら香鈴もこれ程病むことは無かったかも知れない。だが、兵士として武器を扱える知性のある『上位の豚鬼ハイオーク』を生む為には、王族か貴族の優秀な遺伝子を持つ男の人間が必要だった。繁殖場の厩舎には、ウェイン王の他に、若い男の貴族達が、薬物や魔導具によって雌の豚鬼と無理矢理交尾をさせられている。それ以前は人間の女を使っていた為、林香鈴は早い段階で既に壊れていた。愛するペットの為、罪なき人間を食わせたこと、それでもペットの飢えは満たせず、九条に言われるままに人間と魔物を交わせ、繁殖させたことに香鈴はもう引き返せないところにきていた。



 香鈴は、本田に返事をすることなく、ただ黙って使役した豚鬼に装備を着けさせ、整列させる。そしてそれを指揮する騎士に引き渡す。


 引き渡された豚鬼の軍勢を指揮するのは、この国に元からいた騎士だ。引き渡す騎士の指示に従うよう、豚鬼は香鈴によって命令されており、豚鬼の軍団は戦場に駆り出される。これによって、オブライオン王国の戦力は、元の百倍近くまで増強されていた。



(あーあ、あんなになるくらいなら、止めればいいのに……)


 やせ細り、やつれた林香鈴を見て本田宗次はそう思った。生き物を飼ったこともなく、ペットを愛でることに興味のない本田は、香鈴の気持ちが理解できない。


 本田は自分が作ったモノが何に使われるか、それによってどんな被害がでるかなど、想像は出来てもなんとも思っていない。本田にとって、自分が想像したものを自由に生み出すこと以外に興味はなく、先程作った剣で、多くの人間が殺されることになったとしても、それは使用する者の問題であって自分の責任ではないと考えている。罪の意識に圧し潰された林香鈴とは違い、本田宗次は創造以外のことは完全に他人事だ。


 …

 ……

 ………


 街道を走る一台の馬車の前に、黒髪の少年が道を塞ぐように立っていた。



「ヘレン様、前に不審な男が……」


 御者席に座る男が、馬車内の主人に声を掛ける。


「……」


 声を掛けられたヘレン・ウィリアムスは、不安そうな顔で隣に座る川崎亜土夢カワサキアトムを見る。ヘレンの視線を受けた亜土夢は、馬車の窓から顔を出し、その男を確認する。


九条彰クジョウアキラ……」



 馬車を停止させ、川崎亜土夢が外へ出た。後には志摩恭子シマキョウコが続いて馬車を降り、九条彰と対峙する。


「やあ、先生。珍しく随分積極的に行動してるみたいだけど、どういうことか事情を聞いてもいいかな?」


「それより、貴方は一体誰なの?」


「……どういう意味かな?」



「へぇ~ それはいつ頃気付いたのかな?」


「やっぱりそうなのね。……気付いたのはこの世界に来て暫くしてからよ。それまで貴方を自分の生徒だと疑いもしなかったし、今も他の生徒は貴方をクラスメイトだと思ってる。貴方は一体何者で、みんなに何をしたの?」


「おかしいな~ 転移の際に行った記憶操作は完璧だったんだけどな~。それを解除できたことが驚きだ。先生の能力かな……いや、違うな。それならもっと早い段階で気付くはずだ。……あー、わかった女神の仕業か」


「ッ!」


 九条の指摘に志摩が驚く。


「どうやら女神が先生にちょっかい出したみたいだね。聖女的な能力でも持ってるのかな? 何人かの能力は意図的にボクが適性を見て誘導したけど、流石に全員は把握してないんだよね。先生が『天使系』の能力持ちなら可能性はあるか……」


「「……」」


 志摩恭子と川崎亜土夢は、九条の言葉に混乱する。


 川崎亜土夢は、志摩恭子から九条彰が元からクラスにいた人間ではないと聞かされていたが、どこか半信半疑だった。現に今も、目の前の九条がクラスメイトだとの認識がある。だが、学校内での思い出や記憶の中に九条の姿はない。そのことに今まで何の疑問も思わなかった。


「先生には特に用はないんだけど、そこの亜土夢君には自由にされたら困るんだよね」


「どういうことだ?」


「キミには『女神の使徒』を殺して貰わないといけないからね。この世界にも強者はいるけど、使徒を倒せる者は殆どいないんだよ。なんせ、ボクらを殺す為に女神が地球からよこしたんだからね。現にクラスの連中が大勢殺されてる。覚醒の見込みがありそうなヤツに態々『天使系』の能力をあげたのに、『勇者』や『聖騎士』、『剣聖』まで殺られるなんて想定外だよ。死体まで跡形もなく消されて念の入り様だ。プロってヤツかね~」


 聞いたことのない言葉や内容に、志摩と川崎は混乱し、何から聞けばいいのか分からない。


「ははっ! まあ、混乱するよね? ボクだって記憶が戻ったのは割と最近なんだ。女神対策で自分の記憶も封じてたからね。でももう女神はいない。記憶も戻ってようやく活動できると思ったら、戦力半減してるだろ? まいったよね~」


「殺されて当然の奴ばかりだけどな」


 川崎亜土夢は、自分が殺した伊集院や、やりたい放題の桐生を思い浮かべる。『剣聖』白石響が死んだことは初耳だったが、少なくとも性欲や暴力に溺れた連中に同情する気持ちは無かった。


「ハハッ、否定はしないね。転移の際にちょっと欲望を刺激してやったけど、あそこまで酷くなるとは思わなかったよ。まあ、それを見込んで強力な能力をあてがったんだけど無駄になっちゃったよ」


「なんだと!?」

「なんですって?」


「勿論、全員じゃないよ? 転移するタイミングも正確に把握してた訳じゃないし、転移の際に時間的余裕も無かったしね。自分の記憶も封じなきゃならなかったから、少しはまともなヤツがいないと女神に疑われちゃうだろ?」


「テメー、一体何者なんだ? 俺達をこの世界に連れて来た犯人か? 女神とやらに狙われるんなら碌な奴じゃねーだろーが、俺達に何しやがった?」


「ボクが何者なのかはキミが知っても意味はない。それに、してもらうのはこれからだよ、亜土夢。キミはこれから『女神の使徒』を倒してもらう。殺されたくないだろ?」


「誰がテメーの言いなりになるんだ? 女神とその使徒ってヤツの狙いはオメーなんだろ? 黙って殺されとけよ」


「そうよ。貴方が何者か知らないけど、女神の狙いは貴方なんだから私達は関係ないわ」


「何言ってるの先生? 女神はボクを知らないし、使徒だって知らない。ボクら転移者を皆殺しにする使命を帯びたまま、使徒はボクらを狩りにきてるんだよ? 何もしなくても殺されちゃうよ~ それとも、顔も知らない使徒を探して説明する? 説得できたらいいね~ それに、相手はボクらの顔と名前を知ってる。会った瞬間、もしくは向こうが先に見つけて殺されると思うけど頑張ってみる?」


「くっ……」



「女神だか使徒だか知らねーが、俺には関係ねー。それに、お前に従う義理も義務もねー。俺達に構うな」


「だーかーらー、キミにはボクの為に頑張ってくれなきゃ困るんだよ。なんのためにクラスごと転移させたと思ってんだよ……。それに、構うなって今からどこいくの? ひょっとして馬車にいるキミの恋人の実家かい? もう無いよ?」


「なに!?」


「キミの義理の父親はどれだったかな?」


 九条は魔法の鞄からいくつもの生首を取り出して、地面に投げた。


「「ッ!!!」」



「いやぁああああ! お父様ぁああああ!」


 馬車の窓から様子を伺っていたヘレンが叫びながら飛びだしてきた。


「ヘレン・ウィリアムス。確かウィリアムス公爵家の三女だったよね。亜土夢が逃げるならその実家だと思って行ったらキミらはまだいなかったからね。先に滅ぼしてきたよ。まあ、あの家は元々協力的じゃなかったからいずれ潰れてもらうことになってたからどの道だけどさ」


「テメー……」


 亜土夢は拳を握り、九条に向かって歩き出す。


「ボクはあんまり戦闘は得意じゃないんだけど、覚醒もしてない『勇者』じゃあ、ボクには勝てないよ?」


「舐めてんじゃねえーぞ、この陰キャ野郎がっ!」


 九条に殴りかかる亜土夢の裏で、志摩恭子は、九条とのかみ合わない会話に一人思考に囚われていた。

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