第309話 勇者の国①
オブライオン王国王都、王宮前の広場は、大勢の民衆で溢れていた。皆が王宮のバルコニーにいる一組の男女に手を振り、歓声を送っている。
「ユウキ様ー!」
「新国王陛下ー!」
「エリザベート王妃ー!」
「オブライオンの英雄!」
「勇者様万歳!」
「賢者様万歳!」
王冠を戴き、豪奢な衣装に身を包んだ
広場中央には竜王国で討伐した『氷古龍ヘーガー』の頭が剥製となって飾られており、それを討伐したのが、『勇者』の一人、『大賢者』高槻祐樹ということになっている。隣国の邪竜を倒し、オブライオン王国を救う為に高槻達『勇者』がこの国に降臨したと民衆には流布されており、高槻の顔と名前は、人気と共に国中に広まっていた。
「(もう少し、笑顔で手を振ってくれないかい? 民が心配するだろう?)」
高槻が正面を見ながらエリザベートに小声で話しかける。エリザベートは兄ウェインに似た金髪碧眼の十五歳。美人というより可愛らしい顔をした少女だが、その表情に笑顔はない。
「……はい」
エリザベートは高槻に言われ、無理して笑顔を作る。長らく行方が分からなくなっていたエリザベート王女を発見した高槻祐樹は、すぐに王女との婚姻を強引に結んだ。その後、ウェイン王が病死したと発表して高槻は王位に就き、こうして国民にお披露目していたのだ。
本来なら王位継承権はおろか、貴族ですらない高槻が王位に就くなど不可能だ。だが、この国の実質的な権力を握り、反抗的な貴族や無能な権力者を力づくで排除して善政を敷き、国民の支持を得られるよう『勇者』としての活動を喧伝してきた。高槻を支持する貴族や役人と、民衆からの高い人気により、すんなり玉座に座ることができたのだ。
…
民衆へのお披露目が済んだ高槻とエリザベートは、そのまま執務室に場所を移した。
「いやー、久しぶりに歓声を浴びたけど、やっぱ気持ちがいいね~」
執務机の椅子に座り、襟元を緩めた高槻は、ソファに座る面々に向かい笑顔を見せる。元アイドルなだけあって、公衆の前でのパフォーマンスは気分が良かったのだろう。対照的に、高槻の背後にはエリザベートとザック・モーデル宰相が暗い表情で視線を床に落としていた。
執務室に集まっているのは高槻と二人の他に、
「あれ? 九条は?」
田中真也が九条彰がこの場にいないことを尋ねる。
「裏切者の居場所が分かったんでね。その始末に行ってるよ」
裏切者とは担任の
「前から何考えてるか分かんない先生だったけど、一体どういうつもりだったんだろ? てか、そこの王女様は知らねーの?」
田中がエリザベート王女を訝し気に見る。
「い、いえ、私は何も……」
「彼女には十分事情は聞いたよ。このままだと僕らの誰かと無理矢理結婚させられるから隠れているようにって、先生に言われるままだっただけさ。一体どうやって隠しおおせてたかは謎だし、先生の能力かもしれないけど、エリザベートは分かってない。そうだよね?」
「は、はい……勿論です」
高槻の冷たい視線を受けて、エリザベートは身を震わせながら返事をする。
エリザベートは、自身を匿っていた志摩恭子の言いつけを破り、後宮を出て外出したところを捕縛された。まさか、これほど王宮や国が変貌してるとは思わず、言いつけを破ったことを後悔していた。中でも兄であるウェイン王の悲惨な様を見せられてからは、『勇者』達に逆らうことなど考えられなくなってしまった。病死と世間に公表されたウェイン王だが、まだ生きており、
同じ仕打ちを受けるなら、誰であろうが人と結婚する方が遥かにマシだった。自害する勇気も無く、エリザベートは黙って言うことを聞くしか選択肢は無かった。
「まあ、二人のことは九条に任せて、僕らは次の段階について話しをしよう」
そう言って、高槻は皆の前に一枚の大きな地図を広げた。
「ここがボクらの新生オブライオン王国。東の『竜王国ドライゼン』は順調に統治してる。そして南の小国二つも落とした。今は騎士団の連中が手筈通りに占領政策をしてるから当面は彼らに任せていいだろう。問題は遥か南東にある『サイラス帝国』と、北西にある『神聖国セントアリア』だ」
「帝国は今の戦力じゃ無理だと思うわ」
吉岡莉奈が高槻に進言する。
「莉奈が偵察してくれた情報を聞く限りそうだろうね。だから、帝国は最後に回す。当面は神聖国へ兵を回そうと思う。どうやら本気で攻めてきそうなんだ。国境付近に数千人規模の神殿騎士や兵士が集まってるらしい」
「魔物共だけでやれんの? 何なら俺行きたいんだけど?」
そう提案した田中真也だが、隣に座る本田宗次はすかさず発言する。
「僕はいかないよ? 仕事溜まってるし……」
「えー、付き合えよ~」
「ありがとう真也。でも、そっちは僕が行くよ。それより、真也には神聖国にいるっていう『聖女』を暗殺して欲しいんだけどいけるかい?」
「顔と名前も知らないしな~。特徴とか知ってんの?」
「淡い栗色の髪に深い緑眼、小柄な十四、五歳の少女らしい。確か名前は……クレアだったかな? それと、
高槻は机の引き出しから同じネックレスを取り出して田中に見せる。オブライオン王国の『聖女』が所持していたものだ。
「ふーん、んじゃまあ、やってみるよ。それより、祐樹一人で大軍とやり合うのかよ? せっかく王様になったのにそんな無茶しなくてよくね?」
「できればまだ、アリア教徒全体を敵に回したくないんだよね。だから集まってる教会関係者は皆殺しにしたいんだ。誰に知られることも無くね。真也に聖女の暗殺を頼むのも目くらましさ。教会の戦力が消えて、神聖国の聖女が死ねば、他の国へちょっかい出す暇は無くなるだろ?」
高槻のとんでもない発言に、エリザベートとザック宰相は顔を青くする。
「祐樹がいない間、私達は何をすればいいの?」
「莉奈達は、王都で地盤固めを引き続き頼むよ。支配地域が拡大したけど、国内の改革もまだ進んでないし、軍備も整えたい」
「わかったわ」
高槻と吉岡莉奈のやり取りの後、佐藤優子が席を立った。
「私は自分の仕事はしたから、約束通り
「優子ちゃん、前にも言ったけどアテはあるの?」
「潰した国でエルフを捕まえてある。ソイツに案内させてまずは『エタリシオン』に行って来る。
佐藤優子は隣の小国に一人で攻め入り降伏させた。それを条件に、高槻に消えた白石響の捜索をする自由と協力を取り付けたのだ。基本的にクラスメイト達の行動を縛ることはお互いしていないが、この国の財産を使う以上、何かしら国の為に協力しなければならなかった。飛竜はともかく、魔法の鞄は王宮に三つしかない。一つは東条奈津美が持ち出したままなので、残りは二つ。個人の勝手で自由に持ち出すことはできない。
「わかった。白石さんの行方は僕も心配してる。協力は惜しみたくないが、この国のことも考えなきゃならないから手助けできなくてすまない」
高槻は白石響が既に死んでいると知っているが、佐藤優子には伝えていない。個人で凄まじい戦闘力を誇る佐藤優子だが、白石が東条と行動を共にして以降、佐藤は精神的に不安定であり、真実を知った場合にどんな行動を起こすか予測できないからだ。
「ふー……。おっかねぇ……」
佐藤優子が退室した後、田中真也は息を吐いて安堵する。以前の天真爛漫な姿はすでに無く、目が据わって殺気を撒き散らしている佐藤優子に、誰もが距離を置いていた。
「奈津美は優子に見つかったら殺されるわね……」
白石響が死んでいることを知っている吉岡は、そう小さく呟いた。
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