第289話 真祖の拘り
「王の血と、……死ぬこと?」
「ええ、そうですよ。エルフのお嬢さん。王族の血というのは優れた血の掛け合わせの究極です。その味わいには独特な深みがありましてね。我々、吸血鬼の間で王族の血は垂涎の的なのですよ。ただ、極上の一品はそう簡単には手に入らない。王族の血と言っても様々でね。どんなに素晴らしい血筋も、育ち方で味は良くも悪くもなります。そこらの堕落した貴族など酷いものだ。暴飲暴食と運動不足で、折角の素材が台無しですよ。のど越しも最悪、味も油っぽくて、とても飲めたものではありません。その点、ラーク王は素晴らしい。幼き頃より女性にも関わらず適度に運動され、食生活も質素だ。王族でそのような者は滅多にいない。最高ですよ」
「幼き頃よりって、王様が小さい頃から見てたってこと? キモチ悪いんだけど」
「ええ。将来有望な素材は、常に
「益々、キモチ悪いわね……」
クライドのリディーナに向ける好奇の視線に、ドン引きのリディーナと、イラっとするレイ。
「おい。死にたいならさっさと殺してやる。首出せ」
「残念ならが首を落としたぐらいでは、私は死にません。それに
レイの発言に対し、チラリと視線をレイに移して話すクライドだったが、眼球全てが真紅一色でその視線は読み難い。顔はリディーナの方に向いているので、まるでレイを無視しているかのように見えて、そのことがレイの神経を逆撫でていた。
一方、クライドはレイ達を下に見ていた。レイのことは、『勇者』と予想しているクライドだが、城直樹や藤崎亜衣と同様に、自身を滅することが可能な『聖剣』は持っていないことはこれまでの戦闘を見て分かっていた。『勇者』とは言え、全員が『聖剣』を保持している訳ではなく、聖属性の攻撃能力を持っている者すら少ない。そのことをクライドは知っていた。『真祖』にとって、聖魔法は己の体を傷つけることが可能な魔法ではあるが、脅威ではない。目の前の男は自分を殺せる存在ではないとクライドは考えていた。
「それに、死にたいのは冒険者ギルドのクライドという存在です。いつまでも同じ場所に留まっていると流石に不審に思われるのでね。一々、身体操作で老化していくのも面倒ですし、一旦、死んで別人になるのが一番手っ取り早いのですよ。ただ、肉体が残らないように死んだと思わせるような状況は中々ありません。死の偽装は簡単ですが、いくら『真祖』であっても、炎に焼かれて骨を砕かれるのは、再生するとはいえ苦痛を伴うのでなるべく避けたいんですよ。まあ、大概は行方不明といった形をとるんですが、今回は王を頂く都合もあって、そこのウォルトの
「全員? ちょっと待て、私との契約はどうなるっ! 私は王になるのだぞ!」
ウォルトが突然、空気を読まずに口を挟んでくる。この場で金や権力は、なんの力もないことを理解していない。閉鎖された戦場においては、自分の命を守る力は、純粋な暴力だけだ。ウォルトの隣にいる騎士にはその力が無いことは、王の足元にいる二人の同僚の死体が示している。いくら大貴族であっても、戦闘能力の無い人間に何ら主張する権利はこの場には存在しない。
「……状況が分かっていないのですか? 今、この場において、絶対的な力を有しているのは私です。あなたの持つ資産や武力をこの場に持ち込めていない以上、あなたと私は対等ではない。まあ、持ち込めても無駄ですがね。契約を破ることになりますが、あなたも平民に対してよくやっているではありませんか。身分差がある者との約束など、身分が上の者の気分でいくらでも反故にできる、でしたか? 貴族のそれに倣うならおかしなことではないでしょう。それに、私との約束を先に破り、王を傷つけたのはあなたの方だ。この場で死ぬのが確定している者は、苦しまずに死ねるよう懇願する以外に口を開かないで頂きたい」
「なんだとっ! 貴様っ、誰に向かって! おい、あいつを殺せ!」
目の前にいる男が伝説級の魔物だということが分かっていないウォルトは、側にいる騎士を叩き、クライドを殺すよう命じる。生まれてこの方、何不自由なく、思い通りの人生を歩み、他人の指図など受けたことのないウォルトは、状況を理解するよりも怒りの感情が先に出てしまった。
「ほら、さっさと……」
ウォルトが隣にいる騎士を見ると、そこにはあるはずの騎士の首が無かった。
「はひぃぃぃいいい!」
気づけば、クライドがいつの間にか騎士の首を持っていた。まるで力ずくで捻じ切ったような切り口からは、一筋の血が線となって床に落ちている。それを見たウォルトは腰を抜かし、後退るようにして崩れ落ちる騎士の死体から距離を置く。
―速い―
そう、レイとリディーナが同時に思った。共に身体強化を展開し、動体視力も戦闘レベルで強化している二人だったが、クライドの動きが殆ど見えなかった。
『エタリシオン』で見た吸血鬼達とは次元の違う動きに、レイは『悪魔』と対峙した時の様な、生物としての格差を感じた。人間にはいくら鍛えて魔法を駆使したとしても、あの動きはできない。人体の構造に詳しく、自身もまた、己の体を自在に操る鍛錬をしてきたレイには、人の形をしながらも別の生物だと認識させられた。
(それにコイツ、『悪魔』のような重圧が一切ない。意識してコントロールしているのか、それとも死体の様な雰囲気が素なのか、気配が読み難い。……こりゃ、形振り構ってられないな)
自分より格上の相手と判断したレイは、クライドに対するイラつきをそのままに、静かに覚悟を決める。
「ああ……。勿体ない」
次の瞬間、クライドはいつの間にかラーク王の背後に立っており、騎士の首を放り投げて、後ろから王の顔の血を指で拭っていた。そして、それをそのまま口に運ぶと、腰から砕けるようにしゃがみ込んだ。
「んんんぅ……美味っ! 美味ぃぃぃ!」
突然叫び出すクライド。目を瞑り、鼻息を荒くして自分の指を夢中でしゃぶっている。その奇行に、先程までの紳士ぶったイメージは吹き飛び、得体の知れない不気味さに拍車が掛かる。
「ふぅ、失礼。あまりの感動に取り乱しました。予想はしていましたが、これ程とは。ここ数百年味わえなかった品質です。芳醇な香りと濃厚な味わい、それに加えて処女ならではの雑味の全くない
ギロリとウォルトを睨むクライド。
「それだけに、無駄に血を流させたのは許せません。あなたも彼女と同じ目に遭いながら死んでもらいましょう」
「ま、まて! 私が死ねば、この『魔導船』は動かせんぞ! そ、そうだろ、ホルコム!」
ウォルトは慌ててホルコムを見るが、当のホルコムは話を振られて泣きそうだ。騎士達が次々と惨殺され、ただの学者であるホルコムには精神的に限界がきていた。ウォルトに名前を呼ばれ、あの恐ろしい化け物に注目されたことに恐怖がピークに達し、大量の汗が一気に噴き出した。死にたくない、その思いが思考を支配していたホルコムは、古代語が読めるのは自分だけだということを思い出し、賭けに出た。
「た、確かにそうです。閣下が死ねばこの船は動かせません。で、ですが、私なら、それを変更できます! 古代語が読めるのは私だけです! 私は役に立ちます!」
「き、貴様っ!」
ホルコムは、ウォルトを裏切り、強者に媚びるように自分を売り込んだ。
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