第288話 真祖の目的
指揮所の扉が斬り裂かれ、レイとリディーナが入って来る。通路の突き当りに『第一指揮所』の古代文字があったが、扉はロックされ開かなかった。未知の開閉システムなど解錠できる訳も無く、レイは不本意ながら破壊するという手段をとった。
(はぁ……。こういう派手な突入とか、ありえんな。何でも斬れるからと、最近雑になってる気がする)
軽く自己嫌悪に陥るレイだったが、実際問題、室内の間取りや状況、相手の人数はおろか、肝心のウォルト・クライスの顔すら知らないのだ。正面からの力業で攻めるしか手段が無いのも事実だった。
右手に黒刀、左手に銃を持ったレイは、素早く室内の状況を把握する。
金髪をオールバックにした豪奢な装いの中年。
口髭を貯えた初老の執事服の男。
騎士鎧を纏った護衛らしき男。
部屋の隅で小さくなってる学者風の老人。
椅子に縛られ、顔が腫れ上がって血を流している女。
そして、冒険者の格好をした二体の吸血鬼と、白目まで真っ赤な眼をした七三分けの金髪の男。
(あれが、王様か? 女王じゃないか。……それにしても酷いな)
レイとリディーナは、はだけた服の胸元から見えるコルセットと谷間を見て、はじめて王を女を認識した。国王という身分はともかく、女の顔を執拗に痛めつけていた様子に、二人は嫌悪の視線を吸血鬼達に向ける。
「勘違いしないで貰いたいが、ラーク王をそんな風にしたのは私達ではない」
クライドがレイ達に向かって釈明する。王の両脇には吸血鬼二体と、足元には騎士達の死体がある。この瞬間だけ切り取れば、吸血鬼達が王を殴っていたと取るのが自然だ。現にレイとリディーナはそう捉えていたが、クライドはそれを否定する。
パチンッ
クライドが指を鳴らして、吸血鬼二体を呼び寄せる。その合図で素早くクライドの側に戻った吸血鬼達は、そのままクライドの左右に待機姿勢をとった。
「そこのウォルト・クライス侯爵が、騎士達に王を傷つけるよう命令し、私達は
それを止めただけです」
レイ達の疑いの目を向けられても、特に焦る様子も無く、淡々と話すクライド。
「第一、なんで吸血鬼がここにいるのかしら? 従わせてる吸血鬼はどう見ても第三世代以上……。ということは、そこのアナタは第二世代?」
リディーナが自信無さげにクライドを見る。リディーナ自身、吸血鬼の第二世代以上は見たことが無かった。それに、今まで見てきた吸血鬼とは明らかに格が違うのは雰囲気で分かる。
「ご挨拶が遅れましたが、私はクライドと申します。冒険者ギルドの基準で言うところの第一世代、『
「ッ! 『真祖』ですって? それに、なんで私のことを……」
「貴方だけではありませんよ? そちらの彼は『聖帝レイ』でしょう? これでも冒険者ギルドのギルドマスターをしてましてね。ラーク王国の隣国であるジルトロ共和国で「S認定」された冒険者のことは当然知ってますよ。伝説の『雷魔法』と驚異的な『聖魔法』、そんな人間が他にいるとは思えません。まさか、『聖魔法』より、剣の方が得意とは知りませんでしたがね。それに、こんなに若いとは思いもしませんでした……。まあ、エルフの貴方は見た目どおりの年齢ではないのでしょうが」
一般的に、エルフ族は年齢のことは気にしない者が多いが、人間社会で過ごした年月が長いリディーナは、価値観が人間寄りだ。暗に年増と言われた気がして、少しイラっとするリディーナ。
「魔物が冒険者ギルドのギルドマスターをしてるとはな……」
リディーナのイラつきをスルーし、レイは驚きを口にする。
「まあ、隠してましたからね。誰も知りはしません。人間からすれば魔物に区分されますが、吸血鬼と言えど文化的な営みは人間と変わりませんからね。人間社会に紛れて暮らす吸血鬼もいるということです。冒険者という身分は、街で暮らす為の偽装の一つでしかありません」
淡々と説明するクライドに、レイは相手が魔物だということ以上に、不信感を覚える。目の前の男を始末する前に、その不可解な言動のいくつかを確かめずにはいられなかった。
『
いずれ血を求めて人を襲うであろう者が、それを討伐する組織に態々潜り込む意図がまるで分からなかった。立場を利用して犯行を揉み消すことより、冒険者によってその存在が露見するリスクの方が高いだろう。とても合理的とは思えず、男の理知的な言動とは真逆の行動だ。
「冒険者ギルド、それもギルドマスターの地位にいる理由にはならないな。まさか
「まさか。そんなモノに興味はありませんよ。私の目的は二つ。一つはそこのラーク王の血。もう一つは死ぬことです」
「「「は?」」」
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