第287話 信者と真祖

 ラーク王国、王都フィリスの王宮城内。


 闇夜の空から光の柱が城内広場に直撃し、激しい衝撃とそれによって生じた土埃が城内を覆い城内が混乱していた中、唯一イヴだけがそれに動じず上空を見上げていた。


 (レイ様、リディーナ様……。どうかご無事で)



 広場には大きなクレーターが出来ており、周辺には吹き飛ばされて蹲り、呻き声を上げる近衛騎士達と、それを介抱する同僚の騎士が慌ただしく動いていた。


 回復術士を呼びに行く者や、城外にいる反乱軍への警戒に城壁へ上がる者、その中で、血に染まり、だらりとした腕を押さえながら立ち上がったロダスは、視界の先に映るイヴを見て、釣られるように顔を上げた。


 「……一体なんなのだあれは?」


 夜空に浮かぶ、漆黒の物体を目にするロダス、


 「『古代魔導具アーティファクト』、今の世よりも遥かに進んだ古代文明の遺物です」


 いつの間にか近くに来ていたイヴに、ロダスは目を向ける。そのまま周囲に視線を移し、さっき空を飛んで王を救出すると言っていた黒髪の男を探す。しかし、その男と、側にいたはずの金髪の女はどこにも見当たらなかった。


 「レイ様なら、リディーナ様と一緒に、あの遺物に向かいました。心配は無用です。貴方は兵をまとめ、この王宮を守護すればよろしいかと」


 イヴはロダスにそう言い、アンジェリカとクレアの元に歩いていった。



 「この城の地下への入口はどこだっ? おい、そこのお前、子供達を安全な場所まで案内しろっ!」


 アンジェリカはクレアの手を取りつつ、ラルフと共に子供達を城内に誘導していた。修道服を着た女が付近の近衛騎士に声を張り上げ、城内を案内させている姿はとても修道女とは思えず、まるで騎士の指揮官の様だった。


 その姿に、ロダスは一目見た時の違和感が、疑問に変わる。


 「アンジェリカ・ローズ……殿か?」


 『神聖セントアリア』の大貴族。代々『聖女』護衛の筆頭騎士を務めるローズ家の令嬢を、隣国であるラーク王国の近衛騎士団長であるロダスは以前に見たことがあった。だが、煌びやかな騎士の出で立ちとは程遠い、地味で質素な修道女の装いに、同一人物であるかの確信が持てなかったロダス。


 ロダスの発した言葉に、ビクッと肩を震わし、声を発した方へ振り向いたアンジェリカ。


 「ッ! やはり本人なのか? いや、ならばなぜそのような格好でここにいる? 『聖女』の側仕えである貴方が、聖女クレア様から離れるな……ど……?」


 言葉を最後まで発することなく、ロダスはアンジェリカの隣にいるクレアを見て固まった。


 「……聖女クレア……様?」


 ロダスは、敬虔なアリア教徒である。聖女クレアの就任式典にも、無理矢理休暇を取り、身分を隠してセントアリアまで足を運んだほどだ。脳裏に焼き付けた聖女の顔は忘れる訳が無かった。


 

 「うっ」


 ロダスと目が合い、直後にクレアに視線を移され、唖然としているロダスの様子を見て、アンジェリカは自身とクレアの存在がバレたと察した。


 (ま、拙い、あの騎士、クレア様の顔を知って……)



 「(アンジェリカ様、今はクレア様を連れて地下へ避難してください)」


 イヴがアンジェリカの下で小声で囁き、避難を促した。レイとリディーナが上空の船に向かった以上、あの船から攻撃される可能性は低いと思っているイヴだったが、かと言って二人がいない間に、アンジェリカとクレアに何かあれば二人に顔向けができない。


 (初老の近衛騎士あの者をこの場で始末すべきか…… いや、それは早計か。他の近衛の目がある、ここはクレア様の安全が最優先か)


 イヴはロダスを一瞥し、何をすることも無く、アンジェリカとクレアを連れて城内の地下へと向かった。


 …

 ……

 ………


 「バ、吸血鬼ヴァンパイア? それに真祖だと? クライド、お前は何を言っている?」


 ウォルトは吸血鬼を直接見たことは無いが、知識としては知っている。しかし、知識の中にある青白い体色と真紅の瞳、牙のように発達した犬歯を持つ魔物と、目の前にいるクライドの姿が結びつかなかった。


 気でも触れたかと、訝し気に見るウォルトに、クライドは説明するように口を開く。


 「世間に知られている吸血鬼の容姿は第三世代以下のものですよ。真の吸血鬼は己の容姿を変えることなど容易いことです」


 そう言うと、クライドの犬歯がメキメキと伸びて鋭い牙に変化し、瞳孔が真紅に染まった。


 「ッ!」


 「これだから人間は信用ならない。私が報酬として要求したラーク王を随分粗末に扱ってくれたようだ」


 椅子に縛られたまま俯いているラーク王は、顔が腫れ上がり、口と鼻からの流血が床に滴り落ちていた。意識は失っていないのか、ゆっくりとした動作で顔を上げ、クライドの言葉に反応するラーク王。


 「……吸血鬼?」


 「ええ。我ながら回りくどいやり方だと思ってはいますが、全ては貴方を欲するが故ですよ。血統を重んじ、優秀な血を掛け合わせた王族の血は、当たり外れの多い貴族と違って最高の美酒。ローレン・アリエル・ラーク王、いや、女王。この国が女の王を認めていないからと、自らの顔を焼き、女を捨てて王位に就いた。その覚悟と崇高な精神はなんともそそります。いくら『真祖の吸血鬼トゥルーヴァンパイア』でも、一国の女王を襲うのは些か危険リスクが大きいのでね。貴方の血を飲みたいが為に、私はそこのウォルト・クライスの謀に乗ったのですよ」



 「お前が何者だろうと、依頼は達成しておらんではないかっ! 邪魔者を排除するという仕事がまだ……」


 ウォルトが慌てたように口を挟む。目の前の男が吸血鬼だろうと何だろうと、侵入者が迫ってきている状況に変わりはない。目の前の吸血鬼と侵入者、直近の危機は侵入者の方だと素早く天秤に掛けたウォルトは、自分が王位に就けるのなら、王の身柄をクライドにくれてやるのは何も問題は無かった。


 「やれやれ。知らぬということは本当に愚かだな。侵入者の二人は間違いなくの『勇者』だ。ジョウナオキやフジサキアイのような半端な者ではない。女神の加護を受けた者をに相手するなど御免被る。お前は素直に『勇者』に殺されたまえ」


 「なっ!」



 ピシッ



 絶句するウォルトの背後から、部屋の扉を斬り裂く音が聞こえる。二度、三度と扉に斬り裂かれた線が入り、バラバラに崩れた扉から二人の男女が指揮所の中に入ってきた。 

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