第290話 聖帝と雷帝

 ラーク王は呼吸を荒くし、背後にいるであろうクライドに意識を集中していた。指で顔を撫でられ、そのまま背後に立っているはずだが、気配が一切ない。何やら奇声を発し、ウォルトと話しているが、存在感が全く感じられないことに、言い様の無い気味の悪さと恐怖を感じていた。


 これは現実なのかと、投げ捨てられた騎士の生首を見て思うラーク王だったが、顔や口内の痛みが否応無しにこれが現実だと突きつけていた。


 この吸血鬼は、自分の血を欲している。比喩ではなく、実際に血を啜る気だ。ラーク王の目に、青白い顔をした冒険者の吸血鬼化した姿が映る。自分の成れの果てがアレなのだと察し、それを避けるべく思考を巡らす。


 だが、ラーク王が考えたのは自分の生死より国のことだった。魔物にこの国を好きにさせる訳にはいかない。このまま死ぬならまだいい。だが、血を吸われて吸血鬼化し、傀儡にされるのは何としてでも避けねばならなかった。自分が背負った重責が、死への恐怖を塗り潰していた。


 ラーク王は視線を動かし、この状況で唯一の望みと見込み、レイとリディーナを見る。



 わ た し を こ ろ せ



 声を出さずに、口の動きでだけで二人に向けて自分を殺せと必死に伝える。顔を中心に執拗に殴られ、自分で舌を噛み切る力はラーク王には無かった。両手も椅子に縛られ、死ぬ方法は他人に殺してもらうしかない。


 ラーク王は腫れ上がった唇を何とか動かし、繰り返しレイ達に訴えた。



 クライドから目を離せなかったレイとリディーナ。ゆっくりとした動作で銃を仕舞い、魔法の鞄マジックバッグに手を入れていたレイに、リディーナがラーク王に気付きレイを小突く。


 「(レイ……)」


 「(……)」


 (助けて、じゃなく、殺せ、か。苦痛や恐怖からでは無さそうだが、俺達が吸血鬼コイツに敵わないと思ってるってことか……。覚悟は立派だが、少し癪だな)


 「(私、ちょっと本気出していいかしら?)」

 「(大丈夫なのか?)」


 (……多分ね)


 リディーナの最後の呟きはレイには聞こえなかった。



 「ククッ クックック……」


 ホルコムの媚びるような訴えに、暫し固まっていたかと思えば、突然、笑いを堪えるように息を吐いたクライド。


 やり取りがバレたのかと三人は思っていたが、クライドの視線はホルコムに向いたままだ。


 「いや、ホルコム君、申し訳ないが古代語は私の方が詳しい。伊達に何百年も生きてないからね。それなりに知識はある。それに、この船を起動状態にしたのは私だよ? そうとも知らずに私が用意した簡易的な仕様書を必死に調べてる様は中々愉快だったがね」


 「へ?」


 「だからキミは必要では無い。それに、私は家畜である人間を無駄に殺すことは好きじゃない。共食いするような行いは私の楽しみを奪う行為だ。キミの翻訳で大勢の人間が死んだ。この国の法に照らしても大罪には変わりない。その罪を隣のウォルトと一緒に償いたまえ」


 パチンッ


 クライドが指を鳴らすと、吸血鬼の冒険者が駆け出した。


 「普通に殴ればすぐに死んでしまうだろう。それでは罰にならん。なるべく優しく殴ってあげなさい」


 二体の吸血鬼は、主人の意向に従い、ラーク王と同じように顔面に集中してホルコムとウォルトを甚振るように殴り続けた。


 「やめ、オブッ」

 「た、たすけ、ハガッ」


 「や……」

 「た……」


 ドゴッ

 バキッ


 鼻が折れ、歯が飛び、頬が陥没し、みるみる腫れ上がる。それにも構わず殴られ続けるホルコムとウォルト。


 やがて、二人は動かなくなり、身体が弛緩して糞尿が漏れ出した。


 「……死んだ後も不快な者達だ。少しはラーク王を見習って欲しいものだよ。そう思わないかね?」


 クライドはそう言って、レイとリディーナに顔を向けた。



 そこには、『風の妖精シルフィード』を憑依させ、白眼になったリディーナと、『黒のシリーズ』の四つを身に着けたレイがいた。


 「リディーナ、あまり壊すなよ?」

 「レイこそソレ、大丈夫なの?」


 軽口のように互いに言い合うものの、実は二人共、余裕は無い。


 リディーナは、限界まで妖精の力を己と同化させ、且つ、狭い空間において周囲に影響を与えないよう、力を凝縮していた。荒れ狂う暴風を無理矢理押し込めるような行為が平気な訳は無く、戦闘後にどうなってしまうのか、リディーナ本人も想像がつかなかった。


 一方のレイは、右手に『魔刃メルギド』、『闇の衣』を羽織り、『黒の杖』を腰に差して『墨焔の魔弓』を左手に持っていた。女神に封印されていた肉体の枷をもう一段階解くつもりだ。『墨焔の魔弓』をエタリシオンで手に入れてから、リディーナ達に内緒でクヅリと試してみたことがあったが、今まで解除しなかったのは理由があった。



 二人がリスクを背負って全力を出さねば、目の前の『真祖トゥルーヴァンパイア』は殺せない。それ程の相手だとレイとリディーナは本能で感じていた。


 

 クライドは、二人の尋常じゃない雰囲気に、先程までの見解を改める。


 「『聖剣』の無い勇者と、只のエルフと思ってましたが、どうやら違うようですね。勇者の『聖帝』の方はそんなで何をしたいのかよくわかりませんが、『雷帝』は『妖精憑依フェアリーポゼッション』ですか? ハイエルフでもない貴方が妖精と契約してるのは驚きですが、もしも王族の血が入っているなら非常に魅力的だ。貴方は殺さずに血を頂くとしましょう」


 妖精の力を見て、リディーナに王族の血統をみたクライドは、一層の興味をリディーナに向ける。


 そのことに苛つくレイと、クライドの発言に反応するクヅリ。



 『ガラクタ?』

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