第272話 誤算

 「ぜ、全滅……だと?」


 「も、申し訳ありません」


 魔導船の船内で、ヘルメットを脱いだ騎士の男がウォルトに深々と頭を下げる。モニターには、街の大通りを悠々と走る一頭の大きな馬と、連結された馬車が映っていた。


 「どういうことだっ! あれ一機で騎士団一個中隊に匹敵するのでは無かったのかっ!」


 ウォルトは学者の老人に胸倉を掴み、怒りをぶつける。


 「ひっ、お、お許しを……」


 学者の老人ホルコムは、学術都市で古代語の研究をしていた学者だった。多額の報酬でウォルトにこの魔導船の調査と古代語の翻訳を請け負い、何か月も掛けてウォルトとゴードンに魔導船に関して知り得た内容をレクチャーしていた。


 ホルコムにとって、新発見の古代文明の遺物調査は無償でも引き受けたい仕事だったが、このような状況になるとまでは思っていなかった。船や兵器の説明は出来ても、戦闘に関しては全くの素人だ。運用の結果を責めるのは筋違いだと言えたが、調子に乗って使用する兵器の提案をしたのはホルコムだっただけに、同情する者は誰もいなかった。



 「閣下、あれは城門前の騎士達を襲った魔法と同じ、『雷魔法』です」


 クライドがウォルトに自分の見解を話す。


 「それが何だっ!」


 「雷魔法は、二百年前の『勇者』以外に発現出来た者はおりません。あの者が『勇者』かどうかは分かりませんが、『勇者』に匹敵する魔法を使用できる者です。侮るのは危険です」


 「ジョウナオキ以外にも『勇者』がいたということか?」


 「その可能性は大いにあります。二百年前にも『勇者』は一人ではありませんでした。フジサキアイ、ジョウナオキ以外にいても不思議ではありません。手を出したのは拙かったかも知れません……」


 「アマンダの倉庫にいたのだぞ? どの道、排除の対象になっていたわっ! 大体、そのような存在を把握していなかったお前が悪い!」


 「……申し訳ありません」


 「それに、貴様だホルコム! 何が無敵の古代魔導兵器だっ! 『勇者』であるジョウナオキなど相手ではないだと? あんな小僧一人殺せんではないか!」


 「つ、次こそは必ず……」


 「次など無い。貴様はただ黙って、聞かれたことだけ答えればよい」


 ホルコムは騎士に連れて行かれ、部屋の隅に座らされた。一瞬、先程の冒険者の様に処分されるかと思ったホルコムだったが、古代語が分かるのは自分だけ、始末されることはないと思い出し、安堵する。しかし、このままでは事が成った後に冷遇される、そうホルコムは考え出した……。



 「連中が間もなく、城門前の部隊と接敵します。如何致しますか?」


 制御盤の前に座り、モニターを見ていた執事のゴードンがウォルトに指示を求める。ゴードンは勿論、ウォルトもこの魔導船の装備は頭に入っている。街や城を破壊するような大規模兵器は使用できない。使用して多数の国民が死傷すれば、王位を簒奪しても国民から恨まれ、統治が円滑には進まなくなる。それはウォルトも承知していた。


 それに、城門前の反乱騎士達は、対魔法の結界が展開されている。この船の装備で攻撃するには手段が限られていた。騎士達を巻き込み、街を破壊してもいいならより強力な兵器を使用できるが、騎士達が全滅すれば、街の統治は不可能になる。



 ウォルトは、制御盤の使用可能兵器の項目を見ながら暫し考え込む。


 本来の予定では、この魔導船は冒険者ギルドや他国への抑止力であり、反乱に使用する計画では無かった。反乱騎士達の戦力で、今頃はとっくに王宮は陥落してるはずだった。城門を閉ざされ、籠城されたのは大誤算だ。いくら数多くの戦力を用意できても、局地戦における突出した個の存在に対する認識が甘かったのだ。


 近衛騎士団。特に、団長であるロダスとその部下達の実力は、武人でもないウォルトには測れなかった。三百人の騎士が百名の近衛騎士に押し返されるとは予想できず、反乱軍を任せた第二騎士団団長のラモンも同じ見立てだった。


 同じ国の騎士団とは言え、戦争が暫くなかったこの世界では、模擬戦や魔物、野盗の討伐だけでは本当の実力を目にする機会は殆ど無い。三倍の戦力が奇襲を仕掛けるのに、負ける可能性を予測できたものはいなかった。


 ラーク王は王位についてから王宮内の改革に乗り出し、自身の地盤を固めていた。中から手引きできるような者を懐柔するのは難しく、強引に引き抜けば、計画が露見する恐れがあった為、王宮の取り崩しは後回しにせざるを得なかった。王が王宮をまとめることに注力している間に、ウォルトも『貴族派』の勢力を大きくできたわけなのだが、計画を早めたことで、それが裏目に出てしまった。


 「ジョウナオキ……。奴のおかげで準備が捗ったのも確かだが、計画を前倒しにさせられたのも確かだ。『勇者』だと? まったく忌々しい……。だが連中は騎士達に任せる。どうせ魔法が使えんなら『魔操機兵』をやった魔法も使えまい。馬車に何人いようが高が知れてる。魔法も無しで三百の騎士には敵うまい。今は王宮だ。『魔導無人機』はどうなってる?」


 「現在、城の内外で近衛騎士と交戦中ですが、城門と結界を破るのは時間の問題です。『魔封結界』が解除されれば魔導船の戦力も投入できます」


 ゴードンがモニターを見ながら答える。


 「結界が解除され次第、再度『魔操機兵』を投入しろ。ロダス団長を始末できれば、近衛も諦めるだろう」


 「「承知しました」」


 ゴードンとクライドが準備に取り掛かる。『魔操機兵』はまだ予備機が多く残っており、先程操縦していた七人とクライドが打ち合わせに入った。


 「城内で飛び道具や魔法は使うな。装備は剣と棍棒メイス、戦斧など近接武器だけだ」


 クライドの指示に、全員が分かっているといった顔をするが、誰もが真剣だ。次も失敗できないのはホルコムだけでなく、自分達も同じだからだ。側近の騎士達もここで失敗すれば、ウォルトが王位に就いても閑職に回され、冒険者は報酬である貴族になれたとしてもどんな辺境に送られるか分からない。先程処刑された者のように、ウォルトが冒険者を何とも思っていないのは明らかだ。手柄を上げなければ褒美どころではない。冒険者の中には、いくら強力な装備だろうと、自分で直接乗り込みたい気持ちのある者もいた。



 「ゴードンさん、あの連中をモニターに映せますか?」


 「できますが、なにか気になることでも?」


 「彼らが城に向かってる理由はこの魔導船からの攻撃を避ける為だと思われます。こちらが街を破壊しないことを知っているのでしょう。もうすでに彼らの視界に騎士達は入っているはずです。突破できる自信があるんじゃないかと……」


 「魔法が使えると思っているのでは?」


 「騎士達が『魔封の結界』を展開してるのを承知だったとしたら? 先程の魔法で騎士に攻撃した者であれば、結界が展開されているのは知っているはずです」


 「まさか、あの人数で魔法も無しに騎士三百を突破できるとでも?」


 「念の為です」


 「わかりました」


 クライドは、普通なら身体強化もできない状況で、あの少数が騎士三百人を突破できるとは思っていない。だが『勇者』のように、人知を越えた能力を持つ者は常人には計り知れないということも分かっていた。


 いずれ自分が対処しなくてはならない。そう予感したクライドは、少しでも相手の情報が欲しかった。

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