第271話 魔導無人機
王宮の至る所に、無数の銀色の球体が落下してきた。
城門の内側広場に落ちてきた球体の一つに近衛騎士が近づくと、球体が割れて三本のかぎ爪のついた四肢が生えた。胴体上部がスライドし、目のような単眼が赤く点灯する。
一メートルほどの人型の形状に変形した『
「なんだこれは……?」
困惑する近衛騎士は、周囲に落ちてきた球体が次々に変形していく様子に危険を感じ、慌てて剣を抜く。
ギギッ
変形した銀色の球体『
魔導無人機のかぎ爪を剣で受け止め、近衛騎士はこの正体不明の存在を斬るべき敵と認識する。訓練された兵士ほど、正体不明の相手を無暗に攻撃しない。危険だと本能で察したとしても、味方や無害な可能性がある以上、明確に敵である証拠が必要だ。危険だと思ったから斬りました、などと言おうモノならその場で剣を取り上げられ、除隊させられるだろう。
それは地球の軍人も同じだ。民間人は勿論、非武装の者を攻撃してはならないと教え込まれるが、高度な訓練を受けた者ほど、よりシビアに身体に染み込ませる。よく映画などで、なんでさっさと撃たないのか? といった場面があるが、その殆どが兵士として正しい行動なのだ。例え、見た目がグロテスクな怪物であろうと、明確に自分達の生命を脅かす存在だという確信が無い限り、引き金を引くことはできない。
近衛騎士は魔導無人機の攻撃を受け止め、そのまま前に押し退けて間合いを取り、無人機に剣を振るう。
バキンッ
脳天から押し潰れるように叩き切られた無人機は、そのまま動きが停止した。
「一体何なんだコイツは……はっ!」
安心したのもつかの間、気づいた時には近衛騎士は十数機の魔導無人機に取り囲まれ、四方から飛び掛かられた。
「うおぉぉぉおおおお」
横薙ぎに剣を振るも、あっという間に体中に組み付かれ、鎧の隙間をかぎ爪で引き裂かれる。やがて体中から血を流し、近衛騎士は命を落とした。
ギギッ
その様子を目撃した他の近衛騎士達は、すぐに周囲の騎士達と陣形を組んだ。
「全周防御っ! 背中を見せるなっ!」
魔導無人機は小柄で素早いが、決して強くない。だが、数が多過ぎた。それぞれの近衛騎士達は、自分達の身を守るのが精一杯だった。
「拙いっ!」
魔導無人機が、城門の扉と跳ね橋の操作盤へ向かうのを見た近衛騎士。それと同時に、城壁塔に侵入しようとする魔導無人機を必死に食い止める近衛騎士達の姿があった。
「くそっ! 城門と『魔封結界』が狙いかっ!」
「至急、団長に伝令! 状況を報告して大至急応援を要請しろ!」
「城門と結界の魔導具を何としても死守しろ!」
「「「了解!」」」
近衛騎士達が、それぞれ魔導無人機に対処しながら、自分達の役割を全うしようと奮戦する。
…
……
………
レイ達を乗せた馬車が王宮を目指し街を走る。大型の馬車を三台連結させたにも関わらず、ブランは一頭でそれを軽々引いていた。
あれから街の中心部に入り、あの黒い潜水艦からミサイルは撃って来なかった。いたずらに街を破壊したくないのか、迎撃されて無駄だと思ったのかはレイ達には分からない。
ズサーーー
ズサーーー
突然、側道から二機の
『なんだありゃ? 馬鹿デケェ馬……って一角獣? ホンモノかよ?』
『なんでもいい、あいつ等に三機がやられた、油断するな!』
二機の魔操機兵が馬車に向かって『魔導機関砲』を構えた瞬間、二機に巨大な水球が襲う。レイが放った水魔法だ。魔法防御が働き、魔操機兵に水が接触することは無かったが、唯一、頭部真上からは水の侵入を許していた。
「やはりあそこか。ブラン、あいつ等の頭上から雷撃を落とせ!」
『了解っす、アニキ! ―『落雷』―』
頭上から『落雷』を落とされ、四肢の関節から煙を上げて沈黙する二機の魔操機兵。単眼の赤い光も消え、完全に動きが停止した。
(打ち合わせも無しに、咄嗟の指示でアレがやれるんだから知能は獣のそれじゃないんだよなコイツ……)
「やはり、機体に触れて魔力が出せなくなる機能と、魔法を防御する結界は別だな。まあ、当然か。あれ自体が魔力で動いてるなら、内部は魔力を遮断できないからな。それに、無線で操作してるなら魔力を阻む結界を全面に展開できる訳が無い」
「ポンコツねっ!」
「リディーナ……。まあ、欠陥とまでは言いきれない。あれを作ったヤツなら弱点なんか当然承知だろうしな」
「なら、どうしてそんなもの使うのかしら?」
「メルギドのマルクも似たようなこと言ってたろ? 兵器ってのは自分達以外に使われることも想定して無きゃ、怖くて実戦投入なんて出来ない。弱点は戦術で補うか、追加兵装で対応するもんさ。アレを操縦してるヤツらは弱点を知らないか、訓練をしてないんだろう。俺なら片手に魔法防御用の盾でも装備する。まあ、瞬時に落雷に対処できるかは別だけどな」
「なら、絶対に敵に奪われない保証があれば、完璧のものが作れるってこと?」
「人間には完璧なものなんか作れないさ。少なくとも俺は見たことが無い」
完璧を目指して作っても、必ずどこかに弱点やデメリットが出る。刃物が良い例だ。技術が発展した現代地球でも完璧な刃物なんて存在しない。漫画やアニメでチタン合金製のナイフが硬くて錆びない最強の材質のような描写がよくあるが、硬いとは言え、骨に当たって簡単に欠けることもあるし、斬れ味も特に優れているわけでは無く、鋼に劣る。それに、軽すぎる。投げても飛距離は出ないし、威力も無い。日常使用や海中使用では最高といえるが、戦闘使用で最高かと言われれば、そうでもない。
刃物という単純な物でさえ、完璧な物を人間は何百年かけても作れていない。
「あの鎧騎士に完全な魔法防御を施すなら、有人操縦でしか作らないだろうな。自律タイプで乗っ取りや暴走でも起こされたら手が付けられなくなるんだ。そうなったらエネルギー切れでも待つしかないが、それはそれで弱点になるし、かと言って永久機関でも付けて永遠に動けるようにしたら、それこそ兵器として欠陥だ。使用者が止められない兵器なんて欠陥以前の問題で、まず間違いなく製造なんかされない。中で人が操縦すれば、諸所の問題はクリアできるが、今度は人が操縦するってことが弱点になる」
「お腹が空いたら出て来なくちゃいけないからよね?」
「……まあ、そうだな」
「何で笑ったの?」
「笑ってない」
「笑った!」
『アニキ、また出てきたッス』
「任せる」
『了解ッス! ―『落雷』―』
ブランは襲って来る魔操機兵を難なく行動不能にして、王宮目指して突き進んでいった。
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