第267話 魔導船

 王都、騎士宿舎。


 王宮近くにある騎士宿舎には、騎士団に配属前の見習い騎士と教官役である古参の騎士達など、反乱に加わっていない騎士達が立て籠っていた。


 反乱軍は、第二騎士団を中心に『貴族派』の騎士や衛兵が参加しており、『王党派』の騎士や派閥とは無縁の地方出身の騎士などは、不意を突かれて瞬く間に捕縛、制圧されていた。


 反乱を知った宿舎の古参騎士達は、敵味方の区別がつかない状況に籠城を決意。情報を集めつつ、王都に残る『貴族派』以外の戦力の合流を呼びかけていた。



 宿舎の指揮を執っていた古参騎士の一人は、突然の轟音と閃光により目を覚まし、慌てて仮眠室の窓を開ける。幾筋もの光の柱が王宮の城門付近に落ちる光景を見た騎士は、何が起こっているのか確かめるべく、宿舎に併設された物見台へと急いだ。


 「何が起こっている?」


 見張りに立っていた若い騎士を見ることなく、王宮の方へ視線を向けて呟く古参の騎士。


 「わかりません。一体何でしょうか?」


 若い騎士も王宮方面を見ながら呟く。


 光が収まり暫くすると、騎士宿舎を囲んでいた反乱部隊が、少数を残して王宮方面へと部隊を移動させていた。


 「撤退? いや、合流するのか? 一体どうなって……ッ?」


 突然、宿舎に強烈な光が空から照らされた。目を開けられない程の眩しい光を、手で遮りながら古参騎士は空を見上げる。次の瞬間、銀色の筒状の物体が宿舎を貫き、爆発。騎士諸共、宿舎が消滅した。


 …


―『魔導船』―


 王都上空に浮かぶ長細い楕円形の黒い物体。ウォルト・クライス侯爵領の採掘場で偶然発見されたそれは、千年以上前の魔導科学文明時代の遺物だった。ウォルトはこの遺物の詳細を調べさせる内に、王位簒奪という野心に火が付いた。以降、古代語の翻訳とこの巨大な古代魔導具アーティファクトの発掘に、家の資産と金の違法採掘で得た利益を注ぎ込んでいた。



 地球の潜水艦に似た形状の『魔導船』。その船内に、ウォルト・クライス侯爵の姿があった。船内に窓は無く、壁に設置されたモニターに四方の景色が映し出されている。モニターには景色以外にもデジタル表示のように文字や図形が画面表示されているが、ウォルトを含めてその意味を知る者は殆どいない。


 唯一、学者風の老人だけがその古代語の文字を理解しており、分厚い本を片手に表示される文字列を紙に書き止め、所持している本と見比べながら侯爵に説明していた。


 「フハハッ! 素晴らしい威力だっ! これが『魔導誘導弾ミサイル』か! しかし、これは少々威力が過ぎる。私の王都だからな、無暗に壊すことはしたくない」


 「では、魔操機兵ゴーレムを使用致しますか?」


 上機嫌のウォルトに学者風の老人が隣で提案する。


 「うむ。王宮を制圧する前に、諸所の雑務もそれで処理せよ」


 「畏まりました」


 ウォルトとのやり取りの後、老人は船内にいた騎士や冒険者にヘルメットのような装備を渡し、細かく説明しはじめた。騎士と冒険者達は、説明を受けるとヘルメットを被り、それぞれが船内の専用座席に座った。


 「それではいきますぞ。魔操機兵、射出ッ!」


 船体の下部から十個の筒が射出される。


 発射された筒は、そのまま王都各所の地表に突き刺さり、筒の中から全長三メートル程の銀色の鎧騎士が姿を現す。騎士の両手には大剣と、銃に似た筒状の装備を持ち、頭部の目に当たる部分が赤く点灯し、機体が動き出した。


 「へ~ こいつはすげぇや」

 「思ったとおりに動かせるな」

 「こいつは何だ?」

 「『魔導機関砲』?」

 「土魔法の『土弾アースバレット』に似た武器らしいな」

 「どれ」


 ドンッ ドンッ ドンッ


 銀の魔操機兵の銃から破裂音と共に、鋼鉄の弾丸が発射された。周囲の建物をいとも容易く貫通し、内一発が、偶々付近にいた反乱騎士を貫いた。胴体に風穴が開いた騎士は、自分に何が起こったかもわからず、その場で息絶えた。


 「ハッハッハッ! すげーじゃん、コレ!」

 「弾数に制限があるみたいだぞ、無駄にするなよ?」

 「わーってるよ~」

 「それよりアレ、味方じゃね?」


 船内でヘルメットを装着した騎士と冒険者達は、自分の思いどおりに巨体を動かせること、未知の武器ながらもヘルメットから脳に直接流れてくる情報に興奮していた。たった今、味方の騎士を殺してしまった者も、まるで画面越しにゲームを楽しむ地球の若者のように、現実感が薄れていた。


 「遊びはそこまでだ。目標はこの五か所。それぞれの建物を手分けして完全に破壊しろ。中に人がいれば殲滅し、邪魔する者は全て殺せ」


 「「「了解!」」」


 ウォルトの命令を聞いた魔操機兵の操縦者達は、ヘルメットの画面に表示された目標位置に向かって、機体を動かした。


 …


 銀の魔操機兵が王都を駆ける。


 夜間ということもあり街に人通りは無いが、その巨体と重量による歩行音は、付近の住人達の眠りを覚ますには十分だった。巨人でも王都に現れたのかと、不安に襲われる住人達。朝になるまで家族と身を寄せ合い不安に過ごす者もいれば、興味本位に見に行こうとする者もいた。その一人が、不運にも家を出た際に銀の魔操兵の前を塞いでしまった。


 「ひっ!」


 「邪魔だ」


 ドンッ


 「おっと」


 グシャ


 通りに出た若者は、無残にも銀の魔操機兵にハネられ、後続に踏み潰された。


 「ワハハッ! まるで虫ケラだな!」

 「まったくだ。まあ、こんな夜中に出歩いてる方が馬鹿なんだよ」

 「一々避けるのも面倒だしな」


 ヘルメット越しには人とぶつかった衝撃は勿論、血の匂いも踏み潰した感触も無い。唯一、音声は聞こえるが、操縦者に現実感など無く、罪悪感も皆無だった。


 …


 上空からその様子を見ていたレイ、リディーナとメサ。

 

 「何よあれ? メルギドで見た魔操兵に似てるけど……」


 「後だ、リディーナ。あれが向かってるのは郊外の倉庫だ。あの銀色のヤツが侯爵の手の者なら、やることは想像がつく。急いで追うぞ」


 「わ、わかったわ!」


 レイ達は急いで銀色の魔操機兵三機の後を追い、郊外の倉庫へ向かった。

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