第268話 魔操機兵
ズン ズン ズン……
ズン ズン ズン……
ズン ズン ズン……
郊外の倉庫に不穏な振動が響いてくる。その振動が倉庫に近づいてくるのを察知したイヴとラルフは、すぐに子供達を起こし、避難の準備をさせる。ラルフは前回、騎士達に一斉に火矢を放たれた経験から、子供達を床に伏せさせた。
「アンジェリカ様はクレア様を、ラルフさんはゴルブ老を頼みます。私は、外を見てきます」
イヴはアンジェリカとラルフにそう言い残し、外の様子を見に倉庫を出た。
「魔操……兵?」
倉庫正面に現れたのは、鎧騎士の姿をした銀色の魔操機兵が三機。単眼の眼は赤く光り、手には大剣と筒状の装備が握られていた。イヴの脳裏にメルギドの地下施設で見た
『あれだ。撃て』
三機の魔操機兵から『魔導機関砲』が発射され、無数の弾丸が倉庫を貫いた。
「やめろぉぉぉおおお!」
突然の攻撃に、魔操機兵の注意を自分に逸らそうと、必死に叫びながら三機の側面に回り込んで向かって行くイヴ。
『あーん? なんだありゃ、女?』
『知るかよ、邪魔するやつは殺せ』
『了解』
魔操機兵の操縦者達の会話は、機体同士の無線でやり取りされ、外部には聞こえていない。人とも魔物とも異なる不気味な存在、耳を突き破るような激しい射撃音、その凄まじい暴力が倉庫を襲い、イヴは激しく動揺する。冷静になれと自分に言い聞かせ、今はただ、攻撃を倉庫から逸らすことを考える。
―『炎の魔眼』―
魔操機兵の一機にイヴは魔眼を発動させる。消費する魔力が膨大で、一日に三度放つのが限界の『炎の魔眼』を躊躇なく発動する。
「ッ!」
しかし、イヴの魔眼は発動しなかった。体感で魔力が霧散したのを感じ取ったイヴは、あの鎧騎士に魔法が通用しないことをすぐに悟った。
(魔法は通じない……)
魔操機兵の一機が、イヴに狙いを定め、機銃を掃射する。
イヴは引き上げた身体強化魔法により、魔操機兵の予測を上回るスピードで銃撃を振り切り、瞬く間に魔操機兵の一機に接近する。夜間という視界の悪い状況と、魔操機兵の操縦者が射撃に不慣れなことが幸いし、なんとか懐に入り込む。
イヴは、炎の魔法短剣とは別の、もう一つの短剣、
ゴッ
魔操機兵の腕がイヴを薙ぎ払う。とっさに強化した腕で防御したイヴだったが、防御した腕がぐにゃりと潰れた。
「うぎっ!」
激痛に顔を歪めたイヴだったが、強化していたにも関わらず、あっさり腕を潰された疑問が思考を支配した。
「な、なぜ……」
困惑し、倒れ込んだイヴを魔操機兵が両手で掴む。
『ヘヘッ、なんだ、結構カワイイじゃねーか』
『おいおい、遊んでんのか? さっさと始末しろ』
『まあ待てよ、
イヴを掴んだ魔操機兵の男が、ヘルメットを操作して外部音声のスイッチを入れる。
「おーい、聞こえるか、女ぁー? 魔導機兵に魔法は効かねーんだよ。それにコイツが触れたモンは魔力を遮断されんだわ。意味わかる? 今、お前は魔法使えねーから! 分かったら大人しく潰れてくれや!」
「あぐぁあああああ」
両手で握りつぶそうと力を込めていく魔操機兵。その圧力に骨が軋み、肉が潰れて、イヴは悲鳴を上げる。
「まだまだ全力じゃないぜ~」
甚振るようにイヴを握る魔操機兵。
ドカッ
突然、魔操機兵に衝撃が襲う。その衝撃でイヴが魔操機兵の両手から投げ出された。
「おおおおおおぉぉぉ」
バキッ
雄叫びを上げたゴルブが魔操機兵を突き飛ばし、その腕を両腕で掴んで関節を逆に折り曲げ圧し折った。
「がはっ、ゴ、ゴルブ……老」
「嬢ちゃん、生きとるな! コイツは古代兵器だ、魔法は通じん! まさか可動するモンが現存してたとは……」
「に、逃げ……て」
「こんな小娘を置いて逃げるだと? ワシを誰だと思ってる!」
倉庫を銃撃していた二機の魔操機兵がイヴとゴルブを囲む。その内の一機が背後からゴルブに大剣を振るう。
ガキンッ
振るわれた大剣はゴルブを傷つけることはできず、ゴルブは尚も魔操機兵にしがみ付いて離れない。
『なんだ、このジジイ! 刃が通らんぞ!』
『ちっ、バケモンか? なら絞め殺せ!』
二機の会話は聞こえず、毒に侵された体で素早い動きの出来ないゴルブは、魔操機兵の一機に両手で握られ、身体を絞められる。
「うぬぅううう」
魔操機兵のパワーがゴルブを押しつぶそうとするも、逆に掴まれた腕を徐々に押し広げるゴルブ。
『このジジイ、ホントにバケモンか?』
「くそがっ!」
ゴルブに突き飛ばされ、片腕を破壊された魔操機兵を操縦する男は、やられた事実に怒りを露わにする。ヘルメットには損傷を表す赤い表示と警告音が鳴り響いていた。
「死ね!」
片腕の魔操機兵が『魔導機関砲』をゴルブの眼前に向ける。
斬ッ!
しかし、男の発射指令に機体は反応しなかった。
「あ?」
直後、銃を構えた魔操機兵の腕が地面に落下し、操縦していた男のヘルメットから映像が消える。銃を構えた腕だけでなく、機体がバラバラになるまで斬り刻まれた魔操機兵は、音を立てて崩れ落ちた。
上空から現れ、瞬く間に魔操機兵の一機を斬り刻んだレイは、そのままゴルブを掴んでいた魔操機兵に黒刀を振り上げ両腕を切断し、返す刀で頭から機体を真っ二つに両断した。
『なんだコイツッ! 一体どこから……』
慌ててレイに向けて大剣を構える三機目の魔操機兵だったが、その剣を振る前に、背後からリディーナによって袈裟斬りに胴体を分断された。
「硬ったーい、何これ?」
イヴと同じ、古龍の角から削り出された『龍角細剣』を手にしたリディーナは、魔操機兵を一刀で両断したものの、そのあまりの硬さに顔を顰める。
「すまんイヴ、遅くなった。生きてるな?」
「遅くなってごめんなさいね」
「は、はい……。申し訳……ありません」
「謝るな。よく頑張った」
リディーナが
「後でレイにちゃんと治してもらうけど、今はこれで我慢して」
「は、はい。ですが、私よりゴルブ老を……」
「わかってる、レイが行ったから大丈夫よ」
イヴをリディーナに任せたレイは、魔操機兵の両腕に掴まれていたゴルブを救助していた。
「おい、爺さん大丈夫か? そんな体で無茶しやがって。それにしても、これは
『魔封の手錠』と同じ素材か? いや、素材は違うかもしれないが、魔力が散って魔法が使えなくなるのか……」
「お主こそ、その刀……」
「話は後だ」
レイは、ゴルブを掴んでいた魔操機兵の腕を引き剥がしてゴルブを解放すると、リディーナが胴体を両断した機体に近づいて行った。
両断された機体頭部の単眼はまだ赤く光っている。
「ウォルト・クライス侯爵、見ているか? 俺の仲間に手を出したんだ、楽に死ねると思うなよ? 首を洗って待ってろ」
斬ッ!
レイは魔操機兵を頭から両断し、三機とも動かなくなったことを確認すると、銃撃を受けた倉庫を見る。
「くそが……」
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