第252話 横取り

 アマンダは、ウォルト・クライス侯爵の屋敷を出た後、急いで自分の屋敷に戻ってきた。その必死な形相に部下達はただならぬ雰囲気を感じ取り、誰もアマンダに何があったか聞こうとはしなかった。



 屋敷のホールに部下を集めたアマンダは、血走った目で部下に指示を出す。


 「いいかい? 何が何でもベックを殺った犯人を捜すんだ! 屋敷の警備も最低限でいい、相手の正体を掴むのが最優先だ! 死ぬ気でやりな! でないと侯爵に潰されるよっ!」


 「「「はいっ!」」」


 一斉に散っていく部下達を見ながら、ウォルトの屋敷での出来事を思い返すアマンダ。ウォルト・クライス侯爵に睨まれれば、この国にいられなくなるどころか始末される。それに、あのフジサキとかいった不可思議な力を持った女からは逃げられないと直感で悟った。


 一介の奴隷商人が貴族に、それも領地を与えられ、上級貴族である伯爵位だ。商売でどんなに財を成そうと平民には絶対に叶わぬ夢。アマンダは、その野望に全てを賭けていた。貴族と平民の約束などあってないようなものだ。一つのミスが命取り、分かっていたはずだが自分は何もミスしていないとの思いから侯爵の態度に納得は出来なかった。


 「ちくしょう! アタシは何もしくじってないぞっ!」


 …


 アマンダが屋敷に戻る少し前。


 レイは、アマンダの屋敷上空にいた。ラルフによる調査で、アマンダの所有する施設をレイは全て調べた。その中の一つ、郊外の倉庫には違法に拉致され、無理矢理奴隷にされた者達が監禁されていた。施設を管理していた者を何人か尋問したが、施設にいた者は施設の管理以外のことは何も知らされておらず、首輪の鍵も無かった。どうやら重要な情報は現地の部下には伝えられておらず、全容を把握してるのはアマンダという女だけのようだった。レイは直接アマンダを尋問しに屋敷に訪れていた。



 (他の施設や店舗には何も無かった。証拠はあの倉庫の奴隷だけか)


 光学迷彩と飛翔魔法を使い、上空から屋敷を見下ろすレイ。何一つ証拠を残さない手口と、屋敷の過剰とも言える警備の数に、アマンダという女の用心深さが伺えた。


 現在、違法な奴隷が囚われていた倉庫には、リディーナが待機している。倉庫の警備は全て始末してあるが、大勢の奴隷を一斉に解放することは出来なかった。首輪の鍵が無かったこともあるが、中には村が全滅している子供達もおり、解放したとしても帰る場所が無いからだ。アマンダという奴隷商が、この国の衛兵に賄賂を渡していたことは知っているので、今は衛兵を呼ぶ訳にもいかなかった。冒険者ギルドのフィリス支部も、ラルフの話では不審な行動をしているらしく、信用出来ない。


 イヴにアンジェリカとクレアの護衛を任せ、リディーナには倉庫に近づく者は排除するよう伝えてある。ゴルブは部屋に放置だ。城直樹の居所はまだ掴めていないので、レイは、今日中にアマンダを締め上げ、野盗に関して一連の件のケリをつけるつもりだった。最終的にはこの国の衛兵に任せることになるが、その為には確たる証拠が必要だ。


 レイが屋敷へ侵入しようとしたその時、屋敷の入り口に一台の馬車が入って来る。馬車から降り立った中年の太った女は、足早に屋敷に入って行った。出迎えた屋敷の使用人の態度と、その派手な容姿の特徴から、あの女がアマンダと判断したレイは、すぐに気配を消して後を追った。


 …


 「ちくしょう! アタシは何もしくじってないぞっ!」



 屋敷の書斎に入り、ソファに腰を下ろしたアマンダは、側近を下がらせ、棚に置いてある酒瓶を手に取り、瓶のまま直接酒をあおる。


 「くそっ、このまま終わってたまるかっ!」


 

 「ざーんねーん、オバサンはここで終わりなのよね」


 「なっ!」


 アマンダの背後から突然声が掛けられ、その直後にアマンダの首から鮮血が舞う。


 「かっ…… は…… なんで……まだ」


 「オバサン、やっぱもういらないんだって。オバサンに恨みは無いけど、私の幸せの為だから、ゴメンネー」


  影から姿を現した藤崎亜衣によって、頸動脈をバッサリ切り裂かれたアマンダは、目を見開いたまま息絶えた。


 「誰かさんみたいに仕留め損なったってならないよう、一応死体は持って帰ろうかしら? 間違いなく死んでると思うけど、そんなに手間じゃないしね。それと繋がりを示す証拠ね~ ……どれだかか分かんないから適当に全部持っていけばいいかしら?」


 藤崎はそう呟くとアマンダの死体を影に沈め、書斎にある書類や手紙などをまとめて影に放り込んでいく。室内を見渡し、何も無いことを確認して自身もその影に姿を消した。


 …


 (くそっ、城直樹の他にも『勇者』がいやがったか……)



 一連の出来事を目の前で見ていたレイは、暫く気配を消したまま動けなかった。思考をフル回転し、状況を整理する。


 (あれは、確か……藤崎亜衣……か? それに、なんだ今のは? 影に出入りできるだと? 一体どんな能力だ? どこへ消えた? アマンダとの関係は何だ? まるで誰かに頼まれて殺しに来たような口ぶりだったが……)


 レイは、藤崎の未知の能力と、アマンダを殺した理由を推測する、影の中に入り、自由に移動できる能力は確定。問題は影の中の空間をどう使っているかだった。影から影へなのか、それとも空間移動のように瞬時に任意の影に移動できるのか、普通に考えれば前者だが、そもそも影の中に入れるというファンタジーな現象に常識は無意味だった。レイは、影から影へ移動するという前提で行動するしかなかった。


 アマンダを殺した理由も不明。死体と室内の書類を処分していたことから、誰かから依頼を受けていたのは間違いない。アマンダを始末するということは、違法奴隷絡みだろうが、『勇者」との関係性が見えてこなかった。


 レイは、一先ずアマンダの書斎を調べることにした。


 (アマンダというあの女の用心深さなら、安易に証拠を部屋に置いておくとは思えない。古今東西、犯罪の証拠は隠すものだからな……)


 レイは、空になった部屋の家具を調べる。机の引き出しの二重構造や床の絨毯に不審な切れ目がないか、壁に掛けられた絵画などを入念に調べる。あのアマンダという

女の体型から、何か隠すなら手の届く高さから下に範囲は絞られる。この部屋に無ければ他の部屋を探すだけだ。


 書斎の本棚の配置に違和感を覚えたレイは、左右の床を調べる。本棚と同じ幅の切れ目が絨毯に入っており、何かしらの仕掛けがありそうだった。


 (本棚の後ろに隠し部屋か?)


 よく見ると本棚に鍵穴が見つかるも、肝心の鍵が無い。アマンダが身に着けていたのなら、鍵による解錠は無理だ。


 レイは、魔法の鞄マジックバッグから『防音の魔導具』を取り出し起動させる。


 「こういう脳筋なやり方は好きじゃないんだがな……」


 身体強化のギアを上げて強引に本棚を動かし、現れた扉を黒刀を抜いて両断した。


 隠し部屋に入ったレイは、奴隷の首輪の鍵の束と、様々な書類や手紙類。他には白金貨や金塊、宝石などの隠し財産が大量に積まれていた。書類の中身は帳簿が多かったが、顧客リストや奴隷の売買記録、貴族や衛兵への賄賂の詳細など、様々な不正の証拠が収められていた。


 「これはヤバイな。違法奴隷どころじゃない。この国の貴族に詳しい奴が必要だ」


 リストにあったのは知らない名前ばかりだが、爵位の敬称があることから貴族なのは確かだった。だが、その数が多過ぎた。これではこの国の誰が信用できるか分かったものでは無い。


 レイは隠し部屋にあった全ての物を魔法の鞄に入れ、慎重に部屋を出てリディーナの元へ戻った。


 …

 ……

 ………


 ガッシャーン


 「くそがぁああああ!」


 宿に戻った城直樹は、室内の花瓶を盛大に叩き割る。藤崎に裏切られ、自身が築いたウォルトとの繋がりをあっさり横から奪われたのだ。怒りが収まらず、目の前のソファを剣で滅多切りにする城直樹。城の冒険者パーティー『シックス』の面々は、状況が分からず、その様子を黙って見てるだけだった。



 「はぁ はぁ はぁ……」


 城は、ようやく落ち着いたのか、剣を納めて別のソファにドカリと座る。


 「野盗団を潰した奴を探せ? あのジジイが生きてるだろうから探せ? 手掛かりが何もねーのに、そんなの無理に決まってんだろうが……。くそが、藤崎は後で絶対犯してやる」


 そう城は呟くが、藤崎とまともにやっては勝てるか分からないとも思っていた。殺すには策がいる、そう判断した城は、一先ず侯爵の要望に応えることを考える。だが、どうやって侯爵に指示された仕事を達成できるか、見当がつかなかった。侯爵の無茶振りに腹は立ったが、あの場で皆殺しにして今まで自分が構築した全てを投げ出すことが出来なかった。やりたいようにやれるこの国の環境を捨てるのが惜しかったのだ。


 「……」


 部屋内を見渡した城の目に、部屋の片隅で震える奴隷女が映る。当初、この女にはアルヴィンを殺した後に、犯人に仕立てて殺すつもりだったのだが、藤崎が現れたことで宙に浮いていた存在だった。


 「いいこと思いついたぜ……」 

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