第253話 奇行
「た、大変ですっ!」
「「?」」
違法奴隷が集められた郊外の倉庫に、ラルフが血相を変えて走ってきた。レイとリディーナが回収した証拠を見ながら今後のことを話し合っている最中だったが、ラルフのただならぬ様子に二人は顔を合わせる。
「はぁ はぁ ……『勇者』です! ジョウナオキがいました!」
「何?」
居場所が分かったのは良い知らせだが、何をそんなに焦っているのか分からないレイとリディーナ。それに、ラルフには『勇者』の捜索をさせていない。アマンダとその拠点の捜索、それとその背後関係の調査を追加しただけだ。
「ちょっと、落ち着け」
「ジョウナオキが、街の大通りを歩いてます。それも……」
「「それも?」」
「裸の女を歩かせてます」
「「は?」」
「まったく話が見えないんだが、一体どういうことだ?」
「わかりません。奴隷の首輪を嵌められた女が鎖で繋がれてジョウナオキの前を裸で歩かされてます。それに、酒場で見た男と女が人込みに紛れてました。恐らく何かしらの罠……じゃない……かと」
「罠? 一体誰へ向けてだ? というか自身なさげだな」
ラルフは首を横に振って分からないと答える。ラルフからしても異常な光景だった。まるで見世物のように裸の女奴隷を連れて平気で街の大通りを歩いているのだ。頭がおかしいのか、誰かに向けての罠なのか、皆目見当がつかなかったのだ。
レイはリディーナを見るも、リディーナも首を傾げる。
「自ら目立つ行為をして居場所を教えてくれるのは有難いが…… 城直樹って、ひょっとしてバカなのか?」
「「……」」
…
……
………
一方の城直樹は、王都の大通りをゆっくり歩いていた。目の前には鎖に繋ぎ、裸にした女奴隷を歩かせている。周囲にはパーティーメンバーを配置し、ゴルブが現れた場合に備えていた。
城直樹は、ゴルブと戦った際の、その正義ぶった態度を思い出していた。万一あのゴルブが生きていた場合、この状況に黙ってられないだろうということ、それに、野盗団を討伐した者が騎士や冒険者だった場合、何かしらの行動をしてくるだろうという浅はかな考えだった。自らを囮にすることしか、短期間で犯人を捜す手段が無いと考えた城直樹は、このバカげた行為に走った。
この行為を通りで見ていた人間は、訝し気に見る者、関わらない方がいいと、足早に立ち去る者、裸の女をニヤニヤした目で見る者、不快感を示す者など様々だ。城の纏う質の良さそうな装備と、首から下げられた金の冒険者証を見て、高等級の冒険者だと分かる者は、その行為を咎められなかった。街の衛兵が城に近寄って制止するも、城と言葉を交わすと、すぐに立ち去ってしまった。この街の大半の衛兵は、ウォルトの名前を出せば、それ以上の干渉はしてこなかった。
「さぁ~て、何が釣れるかな?」
衆人環視の中、この愚かな行為を城直樹は気にする様子も無い。日本であれば、誰もがスマホを掲げて撮影し、すぐに警察が介入する案件だ。その後はニュースやネットで城の顔は晒され、まともな社会生活は送れなくなるだろう。
城は、バカなことをしている自覚がある一方で、自分が行ってるサディスティックな振る舞いに興奮もしていた。
…
「やっぱり、『勇者』ってバカしかいないんじゃないの?」
倉庫にいる奴隷達の面倒をラルフに任せ、レイとリディーナは王都上空で城直樹の奇行を強化した視力で見ていた。この場で行動を起こすには目立ち過ぎる為、城が根城にしている家か宿に帰るまで様子を見るつもりだ。
「……」
「S等級」冒険者のゴルブが城直樹を探しに来ていたことを知っている二人は、城の行動が理解できないでいた。ラルフによると、ゴルブがギルドにいる間は城直樹はギルドに顔を出していない。ゴルブから隠れていたと推測するなら、ゴルブを始末したから大手を振って街を歩いてるのだろうが、普段からあのような行動をしていたのだろうか? そうであれば、リディーナのバカ発言は否定のしようがない。
「見るに堪えないわね」
「同感だ」
城直樹は時折、奴隷の女を木の棒で叩いたり、突いたりして甚振っている。
(さっさと撃ち殺してやりたいところだが……)
リディーナの弓の腕と威力なら、いくら銃弾より速度が遅いとは言え、死角の真上からなら十分狙撃は可能だった。だが、城直樹の能力が一切分からない。物理攻撃が効かない相手なら、弓での狙撃は悪手だ。雷撃を同じように放ってもいいが、周囲に人が多過ぎる。やはり、ここは静観して宿に帰るのを待ち、深夜に暗殺するのがベストに思えた。
「あっ、誰か行ったわよ」
城と同じように質の良い装備をした男が、城の前に立ち塞がる。男の首には銀色の冒険者証が輝いており、「B等級」冒険者を表していた。男の周りには四人の男女がおり、同じように銀色の冒険者証を首から下げていた。男達は二十代後半から三十代前半、「B等級」としては若い方だ。才能あふれる新進気鋭の冒険者といったところだろう。それ故に、自分達より遥かに若く見える城に、訝し気な視線を送っている。
「ったく、稼げるって聞いてこんな田舎の国まで来たのに、胸糞悪いモン見せやがって、お前、本当にA等級かよ? この冒険者の恥さらしが」
「んー? B等級? お前らがベックをやったの?」
城は、男の言葉を無視し、胸元の冒険者証を見てベックを殺したのか尋ねる。
「ベック? 誰だそりゃ? それより、その女を離してなんか服着せろ。奴隷かもしれねーが、法律知ってんだろ? A等級だろうが、ガキがふざけんのも大概にしとけや。てか、本当にA等級かよ?」
「野盗団だよ、野盗団。三十人ぐれーの。B等級なら微妙だけど、まあいいか」
城は、男の言葉を再度無視して、手に持った木の棒を男に向け、挑発する。
「おら、相手してやっから、文句があんなら掛かって来いよ?」
城の挑発に、男のこめかみの血管が浮き上がる。
「ちっと、痛い目見ないとわかんねーようだな。このヒョロガキが」
男は拳を鳴らしながら城に近づく。流石に街中で剣を抜くような真似はしない。男は一八五センチ、体重は九十はありそうな大男だ。対する城は一七三センチ、六十キロ。一般的な日本の高校生よりやせ型の体型。男は城の持つ木の棒を見ても、動じず、まるでハンデだとでも言わんばかりだ。
城を一目で魔術師か斥候系の冒険者だと判断した男は、街中で魔法を放つはずがないと決めつけ、仮に素早く動いたとしても取り押さえる自信もあった。
だが、勝負は一瞬だった。
城が振った木の棒を、男が一笑に付して軽く払った瞬間、男は身体を硬直させて、その場に倒れた。小刻みに身体を震わせ、やがて息をしなくなった。
「バーカ」
男の後ろにいた他のパーティー四人に、身体強化を施した城が間髪入れずに接近する。先ほど倒した男のように木の棒で軽く触れるように、呆然としていた四人に素早く当てていく。木の棒という緊張感の無いモノだったせいか、四人とも回避より防御の姿勢を咄嗟にとってしまい、容易に木の棒に触れられ、倒されていった。
「男は活きが良さそうだし、女は美形だから殺さないでおいてやるよ」
城は周囲にいる仲間を呼び寄せ、倒れた四人に首輪を嵌めていく。四人を再度棒で叩き、耳元で呟く。
「俺の言うことを聞け」
「「「「……はい」」」」
四人は城の言葉に頷き、返事を返した。
「男は連れてけ。女は裸にして前を歩かせろ。ハハッ これで三人に増えたな。肉の盾ってやつ?」
城は仲間に男を連れて行かせて、女二人を奴隷の女と同様に裸にして鎖で繋ぎ、前を歩かせた。
…
「何なのアレ?」
「……」
レイは今の光景を見て城の能力を推測するが、確信を持てずにいた。木の棒を軽く当てただけに見えたが、最初の男は痙攣しその後死亡。後の四人は倒れて身動きが出来なくなっただけだ。それに、奴隷の首輪らしきものを嵌めていたが、従順になるような効果は無いはずだ。例え命を握られたとしても、B等級冒険者があの至近距離で何も抵抗しないのは不自然だった。
「毒か? それも、毒の効果を自由に操れるのか? いや、違うな。仮にそうだとしたらゴルブの爺さんはとっくに死んでる。それに、攻撃を当てるだけで効果があるなら態々毒を飲ませるような真似はしないだろう」
レイがブツブツと呟く。
「『麻痺』じゃない? ほら、イヴも前に言ってたじゃない、調整が難しくて心臓が止まるかもしれないって。それなら強弱の調整であの男と四人との差が説明できるんじゃない?」
「リディーナ、いい推理だ。やっぱ天才だな」
「エヘヘ~」
「でも、四人が従順になった理由が分からないな。首輪を嵌めてからまた木の棒を当ててたのが気になるが、『麻痺』の効果だけじゃ説明できない」
「う~ん…… 『洗脳』……とか? ほら、あの礼拝堂の時みたいに」
「洗脳……闇魔法か」
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