第251話 陰謀と裏切り

 王都フィリス。ある貴族の屋敷に、神妙な面持ちのアマンダと、城直樹、冒険者ギルドのクライドが集められていた。


 「皆、忙しいところ良く集まってくれた。まあ、楽にしたまえ」


 一際豪奢な装いの金髪をオールバックにした鋭い目つきの中年が、尊大な態度で三人に着席を促す。男の側には口髭を貯えた初老の執事モーガンと、屈強な騎士達が周囲を囲んでおり、威嚇するように三人に視線を送っていた。


 男の名はウォルト・クライス侯爵。この国の王を支持する王党派と派閥を二分する貴族派を束ねる筆頭であり、この国の裏を牛耳る男だった。


 金の鉱脈が発見されて以来、ラーク王国の権力構図は二分した。金の流通を推し進め、田舎の小国から大国の一角に躍り出るべく野望を掲げる『貴族派』と、金の相場が崩れることを懸念し、大陸に混乱を招くべきでは無いとする『王党派』だ。前者は金の採掘を国の定めた法を無視して違法な採掘を行って私腹を肥やし、後者は厳格な管理の元、産出される金を忠実に王家に納めていた。


 必然的に資金力のある『貴族派』が力を強めることとなり、派閥を束ねるクライス家が王家に並ぶ権力を構築するに至っている。


 「現在、各鉱山の採掘は順調であり、このままの産出量が維持できれば、王家に代わりこの私がラークの実権を握る日も遠くはないだろう。そうなれば、王党派を潰し、当初の約定どおりに諸君らに領地と伯爵の爵位を授けることが可能となる」


 ウォルトの発言に、アマンダと城の口角が上がる。クライドは表情を崩さず、ウォルトの話を黙って聞いていた。



 ラーク王国の金の採掘は、国家政策だ。発見された鉱脈はその全てが王家の管理下に置かれ、鉱脈を主有する領主によって産出量の調整が行われている。しかしながら、王家の施策に反発し、自身の領地で独自に金を採掘する領主が出始めた。国を縦断する山脈沿いに金の鉱脈が点在した為に、そのような不法行為が行われたのだが、その採掘を可能にしたのが違法奴隷だ。国家に内密で行われる不法行為には、正規の人員を導入できなかったからだ。公に国民から人材を集めれば、国に知られる上、万一従事する鉱夫の口から外部に漏れれば、王家に対する反逆とも取れる行為が露見するからだ。国の資産とも言える金の違法採掘は、発覚すれば領地没収の上、家は取り潰され、一族郎党処刑される。それほどのリスクを冒してまで山脈沿いの領主が違法行為を行えたのは、ウォルトという国内有数の大貴族が後ろで支援してきたからだった。


 冒険者ギルド、フィリス支部のクライドが、国外から拠点を移した等級の低い冒険者を奴隷商のアマンダに高額な報酬で釣って斡旋、その冒険者をアマンダが強制的に奴隷化してクライス家傘下の採掘場に提供していた。城直樹は、違法な奴隷化への協力と、王党派貴族の暗殺や、邪魔な障害の排除を行っていた。



 「すべては順調、そう諸君らには言いたいところだが、いくつか問題が起きた。アマンダ君、まずはキミから説明してもらえるかね?」


 ウォルトに指名され、アマンダが席を立ち、クライドと城に向け口を開いた。


 「アタシが支援していた野盗団が壊滅した。犯人は分かっていない。けど、首領のベックも殺されてる。他所の国の騎士団か、高等級の冒険者の可能性が高い……」


 その情報は、クライドと城も周知の事実だ。二人も協力して現在犯人を捜索中だからだ。ウォルトが敢えて三人をこの場に集め、態々説明する意図を三人は計りかねていた。


 「二人がこの件に関してアマンダ君に協力しているのは私も承知している。野盗団など私にとってはどうでもいいが、他国の騎士団や冒険者に首を突っ込まれるのは宜しくない。早急に片付けたまえ」


 そんな分かり切った事を態々言う為に呼び出したのか? そう表情に出した城直樹にウォルトは言葉を続ける。


 「冒険者ギルドの本部から来た「S等級」を始末したそうだが、大丈夫なのかね、ジョー君?」


 「どういう意味……」


 「死体はどうしたのかと聞いている。君が王都で火災を起こしてまで始末したと言っていた『大地のゴルブ』の遺体は発見されていない。焼け落ちた酒場を調べさせたがドワーフらしき死体は無かったのだよ。本当に殺したのかね?」


 「……」


 「とどめを刺したのなら、何者かが死体を持ち去ったか、不死者アンデッドになって彷徨ってるか…… 私は生きて逃げた方に賭けるが、キミはどう思う?」


 「あの場にいたヤツは全員殺した。あのジジイも毒を飲ませて胸を貫いてやったんだ。生きてる訳ねぇよ」


 虚勢を張るように城は答えるが、発した言葉には自信の無さが伺える。


 「キミの強さは認めてるのだがね。年齢を考えると『勇者』と言われてもおかしくないとさえ思える。だが、いくら「竜」を討伐できても人間一人始末できないとは、あまりガッカリさせないでくれたまえ。今はまだギルド本部の目がこの国へ向くのは歓迎すべきことじゃないのだよ」


 「くっ……。ハルフォード侯爵はちゃんと始末したろ?」


 「二人の息子は?」


 「?」


 「スヴェンとアルヴィンはまだ死んでいないではないか。嫡男であるスヴェンを冒険者として遊ばせてるうちに始末するのも失敗。おっと、これはクライド君の仕事だったかな? まあいい、アルヴィンには既に王党派の連中が接触している。堕落させ傀儡としてこちらが操れる次男のエルヴィンではなく、アルヴィンが当主になられると、色々厄介なのだよ」


 アルヴィンの暗殺は藤崎亜衣に任せたっきりで、進捗の報告は受けていない城は、あれから数日経つのにまだアルヴィンが死んでいないことに疑問を持つ。藤崎は最近、城の前に姿を見せていない。てっきり始末に動いてるのとばかりに思っていた。


 「貴族というものはね、頭さえ潰せばいいという訳では無いのだよ。特に、ハルフォードは代々王家に忠実に仕えてきた家だ。優秀な家臣や支持している貴族も大勢いる。デイヴィットの死の真相を、王家が調査に乗り出せば事は単純には済まなくなるのだ。現に当主が死んで暫く経つのに次男への相続は未だ行われていない。当主の死に疑問を抱いている者達がいるということだ。一連の暗殺は迅速に行えと伝えていたはずなんだが……。やはり平民であるキミにはもう少し分かり易く説明した方が良かったかな?」


 「……」


 ウォルトの挑発的な物言いに、城は目を細める。今すぐウォルトを含め、この場にいる全員をぶっ殺してやろうかと拳を握るが、すぐにその考えが消える。


 「亜衣……ちゃん?」


 ウォルトの影から藤崎亜衣が姿を現したのだ。


 「ごめんね~ 私、こっちにつくことにしたから~」


 「「「ッ!」」」


 その異様な出来事にクライドとアマンダがギョッとする。人が影から現れるなど、幻覚を見せられてるような光景だ。二人とは別の意味で驚く城直樹は、その顔が驚愕から怒りに変わる。


 「てめー、裏切ったな!」


 「裏切ったとか、何言ってんの? 私はアンタとハルフォード家の件で協力するだけの関係でしょ? ウォルトさんが私とアルヴィンを結婚させてハルフォード家をくれるって言うから、彼とも協力するだけよ。それに、当主のデイヴィットを殺ったのは私じゃない。「S等級」も殺して無いみたいだし? アンタ何もしてなくない? 大体、次男のあのエルヴィンだっけ? あのブタを当主にして、どうして私があの家にいられるようになるのよ? まさか、あのブタを私にあてがうとか考えてたんじゃないわよね? アンタより、ウォルトさんの案に乗るのは当然でしょ?」


 「と、言う訳だ。キミがのんびりしてる間に、事態は変わった。初期の構想どおりにさっさと二人を始末していれば問題無かったんだが残念だよ。今後はフジサキ君に色々頑張ってもらうことにする。キミも「S等級」と野盗団をやった犯人を早く始末したまえ。そうすれば最初の約束どおりに爵位を与えようではないか。無論、私がこの国の実権を握って、「王党派」を潰さねば、領地は空かないがね」


 「くそが……」


 城は、藤崎を睨みながら、乱暴に扉を開け部屋を出て行った。


 

 (まさか、この国の貴族になりたかったなんてねー。漫画みたいに成り上がる俺カッケー! 的なやつ? ひょっとして、オブライオンでは高槻達がしてることに嫉妬してたのかしら? ホント、男子はガキよね~)


 藤崎は、アルヴィンとの接触を重ね、この国の貴族関係を聞き出していた。三男とは言え、貴族の中でもトップの大貴族の人間だ。この国の派閥争いについてもある程度知っていた。デイヴィットの死は陰謀だ、自分は貴方の味方だと嘘吹き、アルヴィンから様々な情報を得た藤崎は、自身の能力を使って「貴族派」トップのウォルトを調べ、接触したのだ。


 「で、この二人はどうするの? 殺る?」


 「いや、二人にもジョー君と同じように犯人捜しをしてもらわないとならない。流石に野盗団を討伐した者を正規兵に探させるわけにはいかないからな。それに、クライド君は今後も役に立ってもらう人間だ。覚えておいてくれ」


 ウォルトは暗にアマンダは必要ないと藤崎に言う。それを理解したアマンダは気が気でなかった。役に立たねば処分される、そう思ったアマンダは、必死にウォルトに懇願する。


 「待ってください! アタシも役に立ちます! どうか!」


 「なら、早く犯人を見つけることだ。重要なのは野盗団がやられたことじゃない、他国かギルドが関わってるのかどうなのかだ。クライド君も「S等級」が消えた件を全力で調べたまえ」


 「承知しました」

 「わ、わかりました!」


 …


 二人が足早に退出した後、藤崎がウォルトに言う。


 「そういえば、ウォルトさんをコソコソ調べてるヤツがいるんだけど、どうする? 正確にはあのアマンダってオバサンが目的みたいだけど……」


 「……何者かね?」


 「さあ?」


 「「王党派」の連中を訴追するのにアマンダ君の提供する違法奴隷は役に立ったんだがね、残念だよ。やはり始末してくれたまえ」


 「調べてるヤツは殺さなくていいのかしら?」


 「さっきも言ったが、その者がもし王家の密偵なら話がややこしくなる。今はまだ王家に出て来てもらっては困るのでね。その密偵がどこの手の者か知りたいのは山々だが、今はアマンダ君との繋がりだけ処分したい。それも頼めるかね?」


 「いいわよ。でも犯人捜しをあのオバサンにさせなくていいの?」


 「かまわんさ。ジョー君とクライド君が必死にやってくれるだろうからな」


 「了解~」


 「フフフ……。期待しているよ、フジサキ君」



 (王家の密偵か……。少し、急がねばならんな)

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