第237話 検問

 ―『ラーク王国 南西部 国境付近』―


 「しかし、ブラン一頭で、この馬車を引けるなんて凄い力ね~」


 レイ達は、『エタリシオン』の結界と魔の森を抜けて、マネーベルからラーク王国へと続く街道に出ていた。ブランが馬車を引くと言い出したので、魔法の鞄マジックバッグから馬車を取り出し、引かせてみたところ、ブランは軽々と六人乗りの馬車を一頭で引いてみせたのだ。


 御者の席にはレイとリディーナが座り、街道を道なりに進んでいる。


 『これぐらい楽勝ッスよ、姐さん! それより、その「むち」ってやつ、もう一回お願いしていいッスか?』


 「「……」」


 ブランが馬車を引く際、またも匂いの話になり、手元にあった鞭でリディーナが思わず叩いてしまったところ、ブランが執拗にそれを求めるようになってしまった。


 『姐さん、お願い! もう一回! もう一回だけッス!』


 「わ、わかったわよ……」


 ピシッ


 『オウッ! クゥ~~~! キクゥ~~~!』


 「「……」」


 レイの中で、一角獣ユニコーンの神聖な生き物のイメージがどんどん崩れていく。それに対し、リディーナは頬を引くつかせて少し嬉しそうな顔だ。


 (マジか……)


 「リ、リディーナ、ひょっとして楽しんでるのか?」


 「ち、ちがうのっ! べ、別に楽しんでなんか……」


 レイから視線を外し、明後日の方を見て誤魔化すリディーナ。



 『やっぱり、ゲスな生き物でありんす』


 「「……」」



 「……まあ、この変態駄馬は置いといて、探知魔法に反応ありだ。人間大の大きさ、数は七。この先の街道を真っ直ぐ行ったところに道を塞ぐようにして集まってる」


 「何かしら?」


 「さあな。左右に分かれて待ち伏せって訳でもない。直接見るまで分からんな」


 「先行して調べてくる?」


 「いや、このまま行く。夜ならまだしも、真昼間だし時間の無駄だ」


 「了解。じゃあ、ブラン、そのまま真っ直ぐでお願いね」


 『了解ッス! 姐さん、宜しければもう一度……』


 「黙れ」


 『……』


 …


 レイとリディーナが強化した視力で前方に目を凝らすと、小汚い格好の男達が、丸太を切り倒して作ったバリケードで道を塞いでいた。


 「何よ、あれ……」


 「見るからに善良な村人って感じじゃないが、野盗だとしたら白昼堂々とよくやるな……。この辺りの治安はどうなってんだ?」


 今まで、野盗と言えば、夜間に追ってきたり、街道脇の森で待ち伏せたりだったが、道を塞いでるパターンは初めての経験だった。背後に回り込むような反応もレイは探知しておらず、襲って来るような雰囲気も無かった。


 「まあ、野盗なら殺ればいい。だが、一応フードは被っておこう」


 レイがリディーナにそう言うと、自分もフードを被る。認識阻害付きのフードで、リディーナがエルフだということと、互いに若いということを隠す為で、いらぬトラブルを避ける為でもある。どの世界も若いというだけで、年配や経験豊富な者は、下に見てくる。倫理観の欠如した世界では、それがトラブルに繋がることも多い。横柄な態度で来られるだけならまだマシで、酷くなれば金品やセクハラ紛いの要求をしてくることも珍しくない。

 

 レイは、傭兵時代の途上国での検問を思い出す。政府が機能していない地域では、しばしばこういった検問があった。通行止めや、出入りする者のチェックの為だが、素直に通してくれることは稀で、大抵は追い返される。通行するには金品などの賄賂が必要だったり、その地域の有力者の許可やコネが必要だったりしたものだったが、問答無用で攻撃されたりもする。巧みな交渉や、瞬時に相手を見極められなければ死ぬ世界だ。飛行機で日本から直接行けるような国でも、同じような地域はいくらでもある。安全には対価が必要という認識が薄い日本人は、理不尽な要求に慣れていない。こうした非正規な検問でゴネて殺されたり、身包み剥がされ、凌辱される者が後を立たないが、報道なんてされないので一般人には知る由もない。


 例え、先進国や観光地であっても、土地勘が無ければ割高であっても公共の交通機関を利用するのが一番安全だ。金をケチったり、料金の値引きを要求しても、力を持つ者にとって、よそ者に譲歩するメリットは何も無い。暴力が支配する地域では力こそが全てだ。



 (さて、コイツらの目的はなんだ?)


 レイ一行が、検問らしき場所に近づくと、小汚い男が片手を上げて叫んだ。


 「止まれー!」


 レイ達は、男の手前で馬車を停止する。男達の格好はまんま野盗のそれだが、真昼間だけに、その行動に違和感を覚えるレイ達。



 止まれと手を上げた男はブランを見て驚き、固まる。


 「ユ、一角獣ユニコーン? やたらデカイ馬かと思ったが、本物か?」


 「どうでもいいだろ。一体何の用件だ?」


 「くっ、う、うるせー! ここを通りたきゃ調べさせてもらう!」


 ブランを見ながら動揺している男の後ろから獣人の男が現れた。その男は匂いを嗅ぐように、しきりに鼻を鳴らす。


 スンスンッ スンスンッ


 「ちっ、御者のコイツ以外、全員女だ。コイツらじゃねーな」


 「でも、女ってだけじゃ……」


 「御者の女以外、男の匂いがしねぇ。中の三人は処女だ。殺ったのはコイツらじゃねぇーよ。それよりかしらに土産だ。拘束しろ。御者の二人は殺せ! 一角獣も傷つけるな」


 「「「へいっ!」」」


 付近で構えていた男達がそれぞれ剣を抜き、馬車を囲む。馬車は構造上、後退バックは出来ない。前方を塞げば、後は走って逃げるしかない。男達はニヤニヤした表情で、御者席に近づく。


 (はぁー…… どいつもこいつも。こいつらそれしか頭にねーのか? それにしても、誰かを探してるのか、その為の検問か……)



 「とりあえず、誰かは生かしておいて事情を聞くか……」


 レイの呟きに、リディーナがブランに指示を出す。


 「ブラン、こいつら動けなくして。殺しちゃダメよ?」


 『了解ッス!』


 ―『雷撃ライトニング』―


 「「「あぎゃっ」」」


 ブランの一本角から無詠唱の電撃が放たれ、男達全員を瞬時に貫いた。言われた通りに威力を抑えたのか、全員死んでおらず、男達は感電してその場に痙攣して倒れ込んだ。


 (マジか、ブランの奴……。話には聞いてたが、コイツこんな強かったのか?)


 ブランの魔法をはじめて見たレイは、その咄嗟の魔法攻撃に驚く。



 『やったッス、姐さん! 「むち」下さいッス!』


 「「……」」



  ピシッ

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