第236話 王都フィリス⑤
―『ラーク王国 南部』―
ラーク王国。王都フィリスの南部にあるハルフォード家所有の金の採掘場。デイヴィット・ハルフォード侯爵は、護衛の騎士達を連れて視察に訪れていた。
最近、この採掘場の金の産出量が目に見えて落ちており、人為的な問題か、埋蔵量の減少なのかを調べる為だ。しかし、他の鉱脈では産出量は落ちておらず、後者の可能性は低かった。人為的な問題だとしても、長年仕えてきた責任者の不正は疑っておらず、現場の作業員達の士気を上げ、圧を掛けることが目的だった。
「これはこれは、ハルフォード侯爵閣下。閣下自らこのような場所まで足を運ばれるとは、一体どのような用件でしょうか?」
ペコペコと頭を下げながら、小太りの中年男が現れる。埃まみれの格好だが、準男爵の爵位を持つ、歴とした貴族だ。この鉱山の管理運営をデイヴィットに任され、長年の間、努めていた。先触れも無く、侯爵自ら訪れた事に、男は困惑を隠せない。
「ブロン、息災か? 今日は抜き打ちの査察だ」
「さ、査察でありますか?」
「何を驚いておる? 最近、急激に産出量が落ちているではないか。報告どおり、鉱脈の金が枯渇しておるかの確認だ。王家に納める量が減れば、申し開きの理由が必要なのだ。それは分かっておるだろう?」
「へ? は、ははっ!」
慌てて頭を下げるブロンだったが、その顔には怪訝の表情が浮かぶ。
(産出量が落ちている? そんなバカな。ここ最近も何も、産出量に変化は無いはず。一体どうなって……?)
「作業中止! 者共、作業を止めて宿舎へ戻れ!」
侯爵の騎士達が、馬上より作業中の者達に声を上げる。坑道内で作業している者達にもその旨が伝えられ、作業員達が手を止めてぞろぞろと移動していく。周囲を警護していた冒険者らしき者達も退去に応じて移動していく。
「まずは書類の確認だ。その後は坑道内も視察する」
「「「ははっ!」」」
侯爵の騎士達、二十五名がデイヴィットの命令に従い一斉に行動を開始した。
…
「閣下、これをご覧ください」
鉱山の施設内で、一人の騎士が一通の書類をデイヴィットに提出する。
「……ブロンを捕えろ」
「「「はっ!」」」
デイヴィットは、書類に記載された産出量と、自身に報告のあった量の差異を見つけて、騎士にブロンの捕縛を命じた。しかし、解せなかった。優秀な平民から貴族にとりたて、長年この鉱山の管理を任せていた男の仕業とは思えなかった。何かしら不満があったとしても、不正のやり方が杜撰過ぎるのだ。頼りなさそうな男だが、優秀でなければ、貴族にまでしていない。
「閣下っ! これは何かの間違いです! 私は不正など致しておりません!」
「ブロン、この書類は何だ? これは貴様の筆跡だな? 直近の数値は私も覚えている。報告書の数値と、この書類に記載された数値が異なるのはどういうことだ?」
「わ、分かりません! 私はいつもどおりに報告書を作成し閣下にお送りしました」
「はぁー……。失望したぞブロン。こんな杜撰な改竄で誤魔化せると本気で思っておるのか? 全く、貴様らしくない。……まあよい、話は後でたっぷり聞かせて貰おう。連れて行け。ここは一時閉鎖する。書類は全て回収しろ」
「「「はっ!」」」
「そ、そんな…… バカな…… 私は何もしておりません! 閣下ぁ!」
「連れて行け」
デイヴィットが騎士達に指示を出すと、ブロンは連れだされ、施設内の書類を回収しはじめる騎士達。
…
……
………
施設内の書斎で、紅茶を飲みながら書類に目を通しているデイヴィッド。
カハッ
そこへ突然、側にいた側近の首から血が噴き出した。
「なっ!」
側近が倒れると同時に、部屋の扉から髪を金髪に染めた男が現れる。
「いや~ ちょっとバレるの早くね~? 本当は採掘場で殺って、生き埋めになって貰うつもりだったんだけどな~ でもまあ、改竄させた書類で釣れたんだから結果オーライってことで」
「小僧、何者だ? ……それに、改竄させただと?」
「俺のことなんてどうでもいいじゃん? ブロンって言ったっけ、あのオッサン。確かに、あのオッサンに書類を改竄させたけど、本人は分かってねーんじゃねーかなー ハハッ! カワイソーに」
「なにぃ?」
「アンタの予定が中々分からないからさ。ハルフォード家所有の金鉱山で一番デカい、ここの金をちょろまかせば現れるかなーと思って少し前から仕込んでたんだけど、ホントに来てくれて良かったよ。しかも、二十騎ちょっとの少ねー数でさ」
「ふん、狙いは私の首か? どこの回し者かは知らんが、我がハルフォード家の精鋭が二十五騎もいることの意味が分かっておらんようだな?」
「ハハッ! ついさっき一人死んだじゃねーかよ。どうやって殺られたか分かって言ってんの? それに、二十五騎の精鋭? もう全員死んでるぜ? 呼んでみ?」
「なっ!」
「おっ! いーねー その顔! 偉そうなオッサンがそういう顔すんの堪らんね~ もうちょっと遊びてーけど、この後アルヴィンも始末しなきゃならないから、さっさと死んでもらおうか」
「まさか、……エルヴィンなのか?」
「馬鹿な息子を持って不幸だねぇ~ まあネタバレすっと、王党派のアンタが邪魔な貴族の陰謀ってヤツ? あのおデブちゃんもまんまと沼に嵌ってるんだなぁ~ これが! いや~ ドラマだね~ マジウケる! まさか、リアルで貴族の陰謀を俺がプロデュースしてるなんて日本じゃ絶対ぇー体験できないぜ~ ……とまあ、ちょっと喋り過ぎたかな? もうアンタは退場してくれよ。亜衣ちゃん、ヨロシク~」
「き さ まぁーーー!」
デイヴィッドが腰の剣に手を掛けると同時に、その首から血が噴き出した。
「バ カ な…… 一体 な に が……」
首を押さえ、崩れ落ちるデイヴィッドの目に、自身の影から現れる女が映った。その不可思議な光景が何であったか分からぬまま、デイヴィッド・ハルフォード侯爵は息絶えた。
「あのさー ずっと潜ってるのキツイんだけど? 息できないって言ったでしょ? 何、調子こいてベラベラ喋ってんのよ」
「悪ぃ悪ぃ、ついね。……まあ、あとの処理は俺らでやるから、亜衣ちゃんは休んでていーからさー」
「言われなくてもそうするわよ。てか、処理って皆殺し?」
「いやいや、ここの警備の冒険者は初めからこっち側だから、オッサンの部下の施設の管理者達だけだよ。なるべく使える炭鉱夫は残しとけって依頼だから、何も見てない連中は殺さないよ~ あ、ブロンってオッサンは犯人になってもらうから、金と一緒に行方不明になる予定だけどね~」
「ふーん……」
「じゃ、行って来るわ~」
そう言って、城直樹は部屋を出て行った。藤崎亜衣は、外での城直樹の戦闘を影から見ていたが、六属性全ての属性を操り、武器に付与できることの恐ろしさを実感した。まともに戦ったら自分は城に勝てない、そう思わせる力を城直樹は持っていた。
しかし……
(貴族の争いに加担してるみたいだけど、まるでゲームね。男子の中で流行ってる、俺TUEEEってヤツ? あれでイケメンだったらちょっとは格好ついたかもだけど、ブサメンじゃね~ あの顔で良く、女に困ってないとか言えるわよね……)
「キモッ」
藤崎亜衣は、そう呟くと静かに影に潜って行った。
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