第235話 王都フィリス④

 ―『冒険者ギルド フィリス支部』―


 ギルドに入ってすぐの大きなホールでは、バッツ達『ホークアイ』の面々と、メルギドの魔操兵ゴーレム隊隊長のバルメが、テーブルを囲んで今日も何をするでも無く、談笑しながらお茶を飲んだり、軽食を摂ったりして一日を過ごし、待機していた。レイにマルクからの届け物を渡しにフィリスまで訪れていた一行だが、まだレイは来ていない。ギルドの掲示板にも伝言を掲出してはいるが、だからと言って街を散策して遊ぶ訳にもいかないので、ここで時間を潰していた。


 ただし、ホールの隅では、『大地のゴルブ』が終日酒を飲んで座っており、バッツ達『ホークアイ』は、「S等級」の存在に気が抜けない状況の中、過ごしていた。『マネーベル』のギルマス、マリガンからは、くれぐれも「S等級」からは距離を置き、争いに巻き込まれるなと指示を受けていたバッツ達だったが、互いに目的は違うとはいえ、同じ空間にいる状況で、巻き込まれるなも何も無いと思っているバッツ達『ホークアイ』。


 (出来れば、宿で待機していたいのは山々なんですがね……)


 そう思っているバッツを他所に、今日もバルメがゴルブに酒を注ぎに行く。


 「ゴルブ老、今日もお疲れ様です!」


 「おう、またオメーか! そう毎日来なくていーぞ?」


 「いえ、そういう訳には参りません! ささっ どうぞ!」


 ドワーフ達にとって、『大地のゴルブ』は英雄であり憧れだ。二百年前の『勇者』と共に魔王を倒し、メルギドでは『魔戦斧隊マジクス』の創設に尽力した功労者だ。同じ空間にいて挨拶をしないなど、バルメには考えられなかった。



 (今日も、レイの旦那は来ないか……)


 バッツ達が、ここフィリスに来てから三日が過ぎていた。行き違いでレイ達がすでに神聖国へ行っている可能性を考えて、フィリスに滞在するのは一週間と決めていたバッツ達『ホークアイ』。マリガンは、各都市の冒険者ギルドで伝言や連絡の確認をしてくれとレイ達に伝えていたが、必ず寄るような人達でもないともバッツは聞いていた。レイ達がこのフィリス支部へ寄っていない可能性も視野に入れてバッツ達は行動している。


 (まあ、騒ぎが起こってないってことは、ここにはまだ来ていないって見方も、旦那達なら有り得るからなぁ~ マネーベルでも、メルギドでも、大量に死人が出てる。旦那が通った後には必ず騒ぎが起こってるからな…… しかし、アレが「S等級」、『大地のゴルブ』か……  一見、隙だらけのただの飲んだくれの爺さんだが……)


 見た目は、モヒカンにマッチョ、デカイ戦鎚と迫力はあったが、バッツの目には、ゴルブが強者には見えなかった。だが、それが何より恐ろしい。予め「S等級」と言われなければ分からない、強者の雰囲気を感じとれないことを、実力者は何より恐れる。見た目では判別できず、強者の雰囲気を消せる者には、自然と注意を払えないからだ。


 (まったく、「S等級」ってヤツぁ、どいつもこいつも化け物だな……)


 …

 ……

 ………


 バルメが去ったテーブルで、一人酒を飲んでいたゴルブは、ここフィリス支部の雰囲気に違和感を持っていた。ジョウナオキを受付で尋ねるも、存じませんと誰もが揃って言う。ホールで、声を大にしてジョウナオキの名を叫んだり、支部の冒険者に声を掛けて尋ねるも、情報は何も得られなかった。仮にもA等級冒険者が、拠点の支部で誰にも知られていないなんてことはあるはずが無い。本部の情報が間違っていたなら可能性としては有り得るが、本部のトリスタンとは二百年来の仲だ。あの性格から間違った情報を元に依頼する可能性は低いとゴルブは思っていた。


 「昔の勇者達アイツラみたいな連中だったら、すぐに姿を現すと思ったんだがの~ ……面倒臭いのう」


 何も情報が出て来ず、そのまま飲んだくれて四日が過ぎた。


 …


 「では、ゴルブ老、私は今日でここを出発致します。お会いできて光栄でした!」


 バルメが別れの挨拶をゴルブにする。ゴルブは滅多にメルギドには帰って来ず、バルメにとって、この一週間でのゴルブとの会話は、故郷で自慢できる出来事だった。


 「おう、バルメ、オメーも達者でな! ガッハッハッ」


 自分の名前を憶えて貰っていたことに感激しているバルメを、バッツはゴルブに会釈しながら強引にギルドから連れ出した。


 (ふぅー、とりあえず、幸か不幸か何事も無かったな……。まったく、気が休まらない一週間だったぜ……。しかし、マネーベルの冒険者達も結構いやがったな。ここに流れてきてるって話は本当だったみたいだ。鉱山での依頼が殆どだったが、それほど危険なモノでも無い上、報酬も良い、いや良過ぎる。こっちに拠点を移す気持ちも分かるな。マリガンの旦那も大変だわ……)


 

 「じゃあ、俺はここでお別れだ。バルメさん、気を付けて」


 神聖国行きの列車のホームで『ホークアイ』の一人、ラルフが離脱する。ギルドの受付や掲示板に伝言を残してはいるが、万一レイ達がこの後に訪れた場合に備えて、念の為人員を残しておくことと、マリガンからの別依頼の為だ。通常、依頼中に別の依頼を受ける事はご法度だ。先約の依頼主から了承があったとしても、依頼主からの信頼を得られなくなるからだ。護衛依頼の様な命の掛かった依頼なら尚更だ。しかし、この依頼の先約はマリガンであり、バルメの護衛はその説明をした上でのことだったので、問題は無かった。ラーク国と神聖国までの護衛は全て列車での移動ということもあったので、『ホークアイ』のメンバーが一人減っても活動に支障は無い。


 ここラーク王国で何かが起こる。そう予想しているマリガンが、情報を集めさせる為にバッツ達に依頼したのは、密偵の依頼だ。ここ一週間、ギルドには顔を出さず、王都で様々な情報を探っていたラルフは、ここフィリスのギルドには面が割れていない。


 「いいかラルフ、もし何かあっても、ここの支部を通して連絡はするな。どうもキナ臭い。「S等級」冒険者に対する支部の対応があまりに変だ。非協力的過ぎる。あの爺さんがやる気ないからかもしれないが、レイの旦那ならとっくに誰か死んでてもおかしくないぐらい、有り得ない。それに、羽振りも良すぎる。金の採掘現場とは言え、たかが警備の依頼に依頼料が高過ぎる。ありゃ訳ありだ。マリガンの旦那からは生還が第一と言われてる。くれぐれも深追いするなよ?」


 「まあ、一人ですからね、無茶はしませんよ」


 「分かってるならいい。後一週間、レイの旦那が来なかったら『マネーベル』まで戻れ」


 「了解」


 バッツ達を見送った後、ラルフは一人、駅から街へと戻って行った。


 「さて、仕事仕事っと」

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