第233話 王都フィリス②

 ―『ハルフォード侯爵家 地下室』―


 藤崎亜衣フジサキアイは、城直樹ジョウナオキとの協力を取り交わした後、地下に幽閉されているというスヴェン・ハルフォードを訪ねていた。部屋は、まるで牢屋の様な陰湿な雰囲気で、ベッドと小さなテーブル、椅子が一脚しかない。今は藤崎とスヴェンの二人きりだ。


 「ちょっと痩せた?」


 「……アー アー アエウー」


 久しぶりに見たスヴェンは、ベッドに寝かされ、片足には鎖が繋がれていた。声も出せず、手足も動かないという話だったが、自力で起き上がることも出来ないようだった。


 「私のこと、忘れちゃった?」


 「……ア ア」


 「そうよね。色んな女の子と遊んでたもんね。私なんか、その中の一人だったってだけだよね……。子供が出来たって言ったら本気になってくれるかなって思ってたけど、まさか、あんな冷たくされて、街からも消えちゃうと思わなかった」


 ランプのような魔導具の明かりに照らされた藤崎の顔は、氷の様に冷たい表情だ。


 「あの後、大変だったんだよ? 貴方に貢いだ遺跡の発掘品、貴方がどうしても欲しいって言うからあげたけど、中にはあげちゃダメな物もあったの。でも、振り向いて欲しかったし、失望されたくなくて、親友まで裏切って黙って持ってきた……。自業自得だけど、結局何もかも失っちゃった……」


 「……」


 「コレ、何だか分かる?」


 藤崎は、腰のポーチから水晶を削り出したような小さな容器を取り出し、スヴェンに見せる。容器の中には金色の液体が入っていた。


 「『超回復薬エリクサー』。どんな怪我も欠損以外は治しちゃう薬だよ。古代遺跡の下層で稀に手に入る物だけど、この一本だけ売らずに取っておいたんだよね……。これなら、貴方の怪我も治せると思うよ?」


 「アー! アー! アー!」


 スヴェンが手を伸ばそうとするも、思うように動かせず、モゾモゾと芋虫のように体を必死に動かす。



 「ざーんねーん! あげないよーだ! そのまま一生這いずってろ、バーカ!」


 素早く『超回復薬』をポーチに仕舞うと、一転してスヴェンを罵倒し始める藤崎。


 「オメーの所為で、マリアと里沙には絶交されるし、夏希には何されるか分かんねーんだよっ! ここまで逃げて来るのにどんだけ苦労したと思ってんだっ! 何が、侯爵家の次期当主だよ! 俺のモノになれば贅沢させてやる? どこがだよ! この役立たず野郎! 散々私の身体を弄びやがって、ヤラれ損じゃねーかよ、この粗チン野郎がっ! 普通、金髪の外人ならもっとデカいんじゃねーのかよ? テクもねーし、全然気持ち良くなかったんだよっ! オラ、あげたモン返せよ! オラ、オラァ!」


 スヴェンを罵倒しながら、ベッドを蹴り出す藤崎。その屈辱的な発言と、自分の怪我が治せるかもしれない薬を、使う気も無いのに見せびらかした藤崎に怒りの表情のスヴェン。


 「ふん、ここでぶっ殺しても、アンタが楽になるだけだから、それもしないであげる。私がこの家を乗っ取って、全部奪ってやるからここでクソでも垂れ流して見てなよ。この短小包茎野郎!」


 そう言い捨てて、藤崎は部屋を出て行った。


 …


 「ねえ、ジョー。兄上とあの女を二人にして大丈夫かな?」


 「んー? 大丈夫じゃね? 一応、手を出すなって言ってあるけど、もし殺しちゃったら、こっちの手間が省けるじゃん。そん時は、ちょっと勿体ないけど、亜衣ちゃんをトチ狂った女に仕立てて、当主のオッサンには言えばいいんだしさ」


 「そ、そうか……。でも兄上を殺さなかったら、あの女をどうするの?」


 「どうするもこうするも、俺のパーティーに入って貰うよ? 仕事にも役に立つし、ワンチャン一発ヤリてーし? 付き合うのもありだなー。やっぱ、こっちの女は話が合わねーしよ」


 「?」


 「あ、それとも、エルヴィンちゃんの嫁にする? スヴェンのお古だけどw 正妻は無理だから、妾とか? まだ腹は目立ってねーけど、結構エロい身体してるし、エッチするには良いと思うぜ~? そん時は俺も参加するからさ、3Pしよーぜ?」


 「えっち? さんぴー?」


 「……まあ、いいや。それより、親父のスケジュール、予定は分かったんかよ?」


 「ま、まだだよ……。ボクが直接聞いたら怪しまれるからさ。いつも当日になって分かるのが精一杯だよ……」


 「んだよ、やる気あんのかよ、エルヴィンちゃん? 殺るのは簡単だけど、この国の大貴族なんだよ? ちゃんと暗殺しないと、エルヴィンちゃんが疑われるんだぜ? そうなりゃ、当主どころじゃないんだけど、分かってんの?」

 

 「う、うぅ……、わ、分かってるよ!」


 「頼むぜ? なるべく王都外で始末したい。視察とかなんでもいいから街の外に出る予定を早く調べろよな」


 「わ、わかった。でも、弟のアルヴィンの方はどうなんだい?」


 「そっちはいつでも殺れる。奴隷に刺されて死ぬっつー、恥ずかしい死に方まで用意してある。その前に親父の方だ。先にアルヴィンを始末したら、あの親父はエルヴィンちゃんを真っ先に疑うぜ? そしたら本人も守りが固くなるだろ? だから、親父が先だ。親父が死んで、自棄になって、奴隷の女に暴行して逆に殺されるって筋書。ウケるだろ?」


 「うけ? ……な、なるほど」


 「後は、この家の家臣と使用人だな。エルヴィンちゃんが当主になるのを良く思ってなさそうなヤツの名簿、ちゃんと作ってる?」


 「そ、それが……。誰がそうなのか全然分からなくて……」


 「かぁー、何やってんだよ? ホントに当主になる気ある? もういいから、とりあえず家の者を全員リストアップして、経歴と血筋まで調べておいてよ。後はこっちで判断するからさー」


 「りすとあっぷ?」


 「……名簿作れってこと」


 「わ、わかった!」



 (ちっ、面倒臭ぇ……)

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