第232話 王都フィリス①

 ――『ラーク王国 王都フィリス』――


 城直樹ジョウナオキが泊まる高級宿の一室。そこに、エルヴィン・ハルフォードが訪れていた。


 「エルヴィンちゃん、そんな慌ててどうしたのよ?」


 「た、大変なんだよジョー! 屋敷に女が来た! 兄上の……」


 「何焦ってんだよ。もうちっと落ち着けって」


 「あ、兄上の子を身籠ってるって女が屋敷に来たんだよっ!」


 「はぁ~?」


 「幸い父上は留守だったから良かったけど、兄上を、スヴェン兄ぃを出せって騒いで大変なんだよ。何とかしてくれよ、ジョー!」


 「おいおい~ そんなの家の警備にやらせりゃいいじゃんよ? 俺がA等級冒険者って分かってる? そんなお使いみたいなことで一々来られても迷惑だっつーの」


 「自分のこと『勇者』だとか言って暴れるから、警備の者がつまみ出そうとしたけど、皆やられたんだ! 凄く強くて手に負えないんだよっ! それに、衛兵を呼ぼうにも、兄上に子供がいると騒がれたら拙いから呼べないんだ! ジョー、頼むよ! 何とかしてくれよっ!」


 「『勇者』だって?」


 『勇者』という言葉に興味を引かれたのか、ソファから身を乗り出し、興味深くしてエルヴィンに向き直す城直樹。


 「その女の特徴は?」


 「茶髪に黒目。年は多分成人ぐらい……だと思う」


 「ちっ、それだけじゃ、分かんねーなー。……まあいい、行ってやるよ」


 「ホント?」


 「その代わり、貸しだぞ? 親父と弟の暗殺とは別でな」


 「あ、ああ…… わかったよ」


 …

 ……

 ………


 ――『フィリス王都 ハルフォード侯爵家』――

 

 「こいつは驚いたぜ~ 亜衣ちゃんじゃん?」


 「げっ! 城直樹!」


 「げっ、とは酷いなぁ~ 同じクラスメイトじゃん? てか、久しぶりだね~」


 「アンタ、生きてたんだ……。つーか、何でここにいるわけ?」


 「そりゃ、こっちのセリフなんだけどな~ ここがどこだか分かってる?」


 「知ってるわよ。ハルフォード侯爵家でしょ? 私は、ここのスヴェン・ハルフォードに用があるのよ。アンタは関係ないでしょ」


 「俺は一応、ここの顧問的な立場なんだけどな~ まあいいや、詳しくは茶でも飲みながら話そうよ。それよりメシの方がいい? 大分、苦労してそうだけど、そんなに大変なの? 『探索組』って」


 城直樹は、そう言って藤崎亜衣フジサキアイをニヤついた顔で見る。藤崎の顔や衣服は汚れ、髪もボサボサ。以前に比べてとても余裕のあるようには見えない。


 「……」


 「なんだよ、ジョー、知り合いなのかい?」


 「まあね~ とりあえず、俺が話すから部屋用意してよ」


 …


 場所を屋敷の食堂に移した城直樹と藤崎亜衣。エルヴィンも含めて他の者は席を外し、部屋には二人きりだ。テーブルには藤崎の前に食事が用意されていた。


 「スヴェンの子を妊娠してるんだって?」


 藤崎亜衣は、城の質問には答えず、視線をキョロキョロと動かし、周囲を警戒しながらも、余程飢えていたのか、湯気の立つ食事に貪り付く。


 「どしたの? そんなに警戒しちゃって?」


 「……」


 「ひょっとして、誰かに追われてんの?」


 「……」


 「ははーん、分かった。クラスの連中から逃げてんだろ? 一体何やらかし……」


 突然、藤崎亜衣は姿を消し、城直樹の背後を取って首筋に短剣をあてがった。


 「ヒュー お見事! まあ、ちょっと落ち着こうよ。俺はクラスの連中とは連るんでないし、それに、この家の人間には顔が利く。ちゃんと話してくれれば悪いようにはしないぜ?」


 いきなりの藤崎の行動に驚く様子も無く、城は余裕な態度だ。



 「……見返りは?」


 「うーん、見返りねぇ…… 亜衣ちゃん、相変わらずエロい身体してるし、一発ヤラせて……」


 藤崎の短剣が、城直樹の喉に触れる。


 「ウソウソ、冗談! 冗談だって~ 別に女に困ってないし、金も、欲しい物も無い、同じ同郷として助けたいだけだよ~」


 「そんなの信用できる訳ないでしょ」


 「わーかったよ、じゃあさ、仕事手伝って欲しいかな~?」


 「は? 仕事? ギルドの仕事なら……」

 

 「ギルドの依頼じゃないよ。……非合法なヤツ。実は今、結構ヤバイ案件を抱えててさ、この家に関わる話なんだけど、亜衣ちゃんが話してくれたら、俺もその話をする。このままじゃあ、お互い邪魔じゃん? 協力できるとこはした方が、お互いウィンウィンになれると思うんだよね~」


 「……この家に関わること?」


 「詳しくは、亜衣ちゃんが話してくれたら話す。無理なら、お互い、敵になるしかないんだけど…… どうする?」

 

 「なんだか気に入らないけど…… まあいいわ」


 藤崎亜衣は、城の首から短剣を離し、席に戻る。短剣を仕舞い、フォークを手にして食事を再開しながら城に話し出した。


 「私は今、『探索組』に追われてる。その原因になった、を取り返す為にスヴェンに会いに来たのよ」


 「へぇ~ 仲間割れ? でもさ、正直に話してくれないと協力できないんだけど? 亜衣ちゃんの『能力』なら態々正面から来ることないでしょ? 態々正面から来る必要無くない?」


 「なんでアンタが知って……」


 「そりゃ、女子同士であんな大声で話してたら誰でも知ってるでしょ。まあ詳しい能力までは知らないけど、名前が名前だしね~」


 「ちっ……」


 「それにさ~、スヴェンの子供を妊娠してるってことは、スヴェンと肉体関係があったってことだろ~? よりを戻したいか、この家の財産か庇護を求めてきたってとこじゃないの~?」


 「……」


 「もう、ぶっちゃけちゃってよ。今俺が言ったことが全部本当でも協力はできるからさ~」


 「……マジ?」


 「マジマジ。でも、スヴェンとよりを戻すのは難しいかな~ アイツ、もう再起不能だし」


 「え?」


 「どういう訳か声も出せないし、腕も足も壊れちゃってるよ? 誰かに襲われて身ぐるみ剝がされて戻ってきたんだよ。それもスヴェンのパーティー全員がね」


 「……魔法の鞄マジックバッグは?」


 「鞄? 殆ど素っ裸だったらしいから誰かに盗られたんじゃない? 荷物も装備品も、何も持ってなかったらしいぜ?」


 「くっ……」


 「そんな大事なモンなの?」


 「知らない。ただ、夏希がそれを探してる。私が知らずにそれをスヴェンにあげちゃったから……」


 「いつも連るんでた二人はどうしたのよ? マリアと里沙。いつも一緒だったじゃん」


 「夏希に問い詰められて…… 今は二人も私を探してる」


 「ふ~ん、親友までねぇ……。それにしても、夏希ちゃんって、そんな怖かったっけ? くっそ美人なのは覚えてるけど……」


 「……アンタは夏希の能力、『暗黒騎士ダークナイト』を知らないからそんな余裕ぶってるけど、私達『探索組』全員が相手でも夏希に勝てないのよ?」


 「それマジ?」


 「夏希には剣も魔法も効かない。多分、勝てるのは『勇者ブレイブ』の桐生か、『聖騎士ホーリーナイト』の伊集院だけだと思う。それに、遺跡を探索するようになって、夏希は全く隙を見せなくなったし、容赦しなくなった。一対一じゃ多分無理。私も逃げるのがやっとだったし……」


 「剣も魔法も? マジかよ……。なるほど、それで大貴族の庇護が欲しかったのか」


 「いくら大貴族でも、夏希なら街一つ簡単に滅ぼせるんだから意味なんて無いかもしれないけど、匿ってはくれるかもって思ったのよ……」


 「でもさ~ 妊娠してるなんて言ったら、下手すりゃ消されるのに、馬鹿正直によく言ったよね」


 「え?」


 「え? って何、気づいて無い訳? 俺達、平民よ? 貴族と結婚なんて出来る訳ねーじゃんか。しかも侯爵家、そこらの木っ端貴族とは訳が違うんだぜ? ここの当主が留守で良かったね~ いたら秘密裏に処理されてたのは間違いないぜ。まだ公じゃないが、次期当主の資格を失ったとは言え、一応スヴェンは嫡男だしな。どこの馬とも知れない女が、次期当主の子供を身籠ってます~ なんて世間に知られたくないはずだからな」


 「そんな……」


 「身分制度の知識はあっても、実感無かった? 地球じゃないんだ、どの国も貴族以外は人権なんて無いんだぜ? 力で黙らせてたオブライオンみたいにはいかねーよ。ここの警備を殺して無かったからまだ何とかなるけど、俺がいなかったら刺客を放たれて、四六時中、命を狙われるのは間違いねーよ。良かったネ、俺がいて!」


 「……」


 食事をする手が止まってしまった藤崎亜衣に、城直樹は得意げに提案する。


 「俺の仕事を手伝ってくれたら、亜衣ちゃんのことを匿ってやれるし、この家で

暮らせるようにもしてあげられると思うよ~」



 「……わかったわよ、協力する。その代わり、裏切ったらアンタ殺すよ?」


 「わかってるって~」

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