第222話 手術

 北門の城壁に降り立ったリディーナは、その場でがっくりと膝を着いた。イヴが慌ててリディーナに近寄り、身体を支える。


 「リディーナ様、大丈夫ですか?」


 「ありがと、イヴ」


 リディーナの瞳は元に戻り、全身から発せられていた風も止んでいる。激しい倦怠感に襲われていたリディーナは立つこともままならず、イヴに支えられながら自分がしたことを思い返す。


 (間違いない。アレは精霊より上位の存在。私は、それと契約した……。でもあの『力』は強力過ぎる。それに反動も……)


 自分が精霊の上位存在『妖精』と契約したと分かったリディーナは、その『力』の大きさに戸惑う。百以上の吸血鬼ヴァンパイアを瞬時に見つけ出して殲滅したその『力』は、行使できる力の一部にしか過ぎず、その気になればこの王都を滅ぼすことも可能だとすぐに理解した。


 (街中では絶対使えない力だわ……)


 「リディーナ様、少しお休みになられた方が……」


 「そうね、悪いけど肩を貸してくれる? ものすごく疲れたわ」


 リディーナはイヴに抱えられ、そのままイヴの飛翔魔法で長老院まで飛び去って行った。



 「あ、あれが、妹? 『妖精』をその身に宿らせるなんて……。誰が出来損無いだ、あんなこと王族の誰にもできないぞ……」


 一連の様子を見ていたシリルは、リディーナを見て恐れの感情を抱いた。『妖精』を憑依させ、それに呑まれて自我を失ったエリクに対し、リディーナは自我を保ちながら、それを制御していた。『妖精』の力を任意に解除できたのがその証拠だ。万一、制御できずにその『力』に呑まれ、あの『風』が自分達に向けられたら……。


 城壁にいた兵士達や、シリルの近衛達も同様に冷や汗が止まらなかった。


 …

 ……

 ………


 「おうぇ おううぇぇぇ かはっ ごほっ ごほっ」


 人払いをした長老院の一室で、サリム王は洗面所で飲み込んだ『鍵』を吐き出そうと必死に指を喉に入れていた。


 (はぁ はぁ ……拙い。このままでは、本当に腹を切られる)


 サリム王は、一度『勇者』を前に死を覚悟したものの、腹を裂かれるというおぞましい行為を生きたままされるなど、想像すらしていなかった。


 (くっ、兄上も兄上だ。実の弟が腹を切られるのが楽しいのか? あのニヤニヤした顔は本当に変わってない。余を一体何だと……)


 ガチャリ


 「誰だっ! 誰も入れるなと……うっ!」


 「こっちもあまり暇じゃないんだ。とっとはじめるぞ」


 近衛や側近が止めるのも聞かず、イラついた表情で強引に部屋に入ってきたレイ。後ろには申し訳なさそうにイヴが付き添っており、手には器を持っていた。


 「おら、とっと服を脱いで横になれ」


 「くっ! ま、待て……」


 「ちっ」


 レイはサリム王の腕を掴むと、そのまま自分へと引き寄せ、素早く腕を回してサリム王を羽交い絞めにする。


 「な、何をするっ! 無礼なっ! 離っ……かっ」


 レイはサリム王の膝裏を蹴り、跪かせると口元を強引に掴んでイヴに合図する。


 「……し、失礼します」


 イヴは恐る恐るサリム王の口に器の液体を流し込む。液体はトリスタンが側近に用意させた、麻酔効果のある『ポピン草』をすり潰した物だ。


 レイは、サリム王の鼻を摘み、液体を無理矢理飲ませると、拘束を解いて再度イヴに合図する。


 ―『睡眠スリープ』―


 イヴの闇魔法『睡眠』でサリム王を強制的に寝かせると、レイはそのまま部屋のテーブルの上にサリム王を寝かせた。


 「ベッドを用意しますか?」


 「いや、結構血で汚れるだろうからこのままでいい。後は俺だけでやるから部屋に誰も入れないように言っておいてくれ」


 「承知しました」


 イヴはそう言って、部屋を出て行く。



 「さて、はじめるか……」


 レイは魔金オリハルコン製の短剣を抜いて、横になって寝ているサリム王の衣服を切っていく。上半身を裸にして続いてズボンを切ろうとして手を止める。


 「下は別にいいか」


 ―『浄化ピュアフィケーション』―


 自身の手や短剣を含めた部屋全体に浄化魔法を施すと、サリム王の全身を『透視スキャン』する。


 (『鍵』はやはり胃の中か……。癌の腫瘍は右の肺上部にデカいのが見えるが、リンパ節には見られない。回復魔法を掛けていた影響だろうか、歪な病巣をしてるな……。まあ肉眼で見える範囲なんてたかが知れてるし、転移してるかどうかなんて分からんからな。とりあえず、丸ごと切り取って再生させれば数年は寿命は延びるだろ)


 レイは、サリム王が飲み込んだ『鍵』を取り出すついでに癌の手術も同時に行うつもりだ。自分も箇所は違うものの、同じ癌を患い、その苦しさが分かるという同情も多少はあったが、国の代表の命を救うことへの打算もあった。シャルやソフィの今後のこともあるし、何よりリディーナの実父だ。救える可能性があるのに何もしなくて死なれれば、寝覚めが悪いとも思ったのだ。それに、自分も病気で死んだこともあり、手術の経験は今後の役に立つとも思っていた。


 (リディーナはどう思ってるかは分からないが、どんな奴であれ、血の繋がった実の父親だからな。いないより、いた方がいい……)


 父親のいなかった自分には分からない感覚……。



 「まあ、本当に嫌なら殺すのはいつでもできるしな」



 レイは先に『鍵』を取り出すべく、短剣を腹に刺し入れて胃の中に手を入れる。魔金製の短剣は、地球の刃物とは比べられない程の斬れ味で容易に皮膚を切り裂いていく。回復魔法を施しながら素早く取り出し、最小限の出血に抑える。こんなことは地球の医療では考えられない乱暴な手段だが、魔法があればこのような強引な方法も取れた。


 (それにしても流し込んだ薬草の液体はどこに消えたんだ? てっきりまだ胃の中にあると覚悟してたが、消化吸収が早過ぎる。まったくファンタジーかよ……)


 レイは、この世界の薬草の不思議さに驚きつつ、浄化魔法を掛けて腹の傷を急いで塞ぎ、サリム王を横向きに体勢を変える。脇下の肋骨の隙間から短剣を入れて胸を開き、回復魔法で出血を押さえつつ肺を少しづつ切り取っていく。


 (脈拍や血圧の変化も知れないし、生命維持装置も無いからな。出血させなければ大丈夫とは思うが、あまり時間を掛けない方がいいだろう)



 「所詮は医者の真似事だが、それは勘弁しろよな……」

  

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