第223話 妖精の力
レイがサリム王の手術を行ってる間、長老院の別の部屋では、トリスタンがリディーナとシリルを呼び出していた。
「で? 話ってなんなのよ」
リディーナが不機嫌そうな顔でトリスタンを見る。
「キ、キミね…… 一応、ボクはキミの伯父で冒険者ギルドのグランドマスターなんだけど……?」
「知らないわよ、そんなの」
「……」
シリルは、妹であるリディーナの態度に顔を顰めるも、あの光景を見た後だけに何も言えない。
「……ま、まあいいか。それより大事な話だ」
「伯父上、私にもですか?」
「そうだ、シリル。君も『妖精』が見えるだろう?」
シリルは自信無さげだがコクリと頷く。『妖精』に関しては、『精霊』の様にどこにでもいる存在ではない。それは『妖精』が意思を持ち、自身の存在を自由にできるからであり、例えそれが見える者であっても『妖精』の方から姿を見せない限り、その存在を認識することはできない。ハイエルフは『妖精』を認識できる種族とは言え、その存在を認識できるのは長老院の者で僅か数名。サリム王の子供の中ではシリルとリディーナだけだった。
トリスタンは、リディーナとシリルの前に光る女性を顕現させた。
「これが『妖精』だ。名は『
二人の前には、眩しさで目を覆いたくなるほどの輝きを放ち、辛うじて女性型と分かる半透明の『妖精』がいた。
トリスタンは、すぐに『光の妖精』を自身の中に引き込み、顕現化を止める。
「ふぅーーー……」
額に汗を流し、僅かな間でも疲弊したことが伺えるトリスタン。リディーナはその様子に先程の自身の体験を重ねるが、自分との疲労度の違いに違和感を感じる。
「ほんの僅かな時間の行使でも、その反動は凄まじい。リディーナ、キミがあれ程の時間、力を行使してもこうして自我を保って平然としていられるのは、普通ではないんだよ」
「「……」」
リディーナも別に平気な訳では無い。今も倦怠感は残っており、反動の強さは実感している。だが、トリスタンの言うような深刻さは感じてはいなかった。
(ちょっと、大袈裟なんじゃないの?)
怪訝な顔をするリディーナにトリスタンは話を続ける。
「はっきり言おう。僕も『妖精』と契約して二百年経つが、未だ全てを分かっている訳じゃないんだ。彼女達は気まぐれだ。その存在を認識できる者全てが契約出来る訳じゃないし、契約者をどのように選んでるかも分からない。キミも分かってると思うが、気づいたら『契約』していた、そんな感じだったはずだ。それに『妖精』と言っても様々だ。只の現象が意思をもった者もいれば、僕の『
実際に『妖精』に呑まれたエリクを見ていたシリルは、トリスタンの発言に驚く。
(あれで、下位の存在?)
厳密には『
「リディーナ、魔力は減ってるかい?」
「……いいえ」
「そう。精霊魔法と違って『妖精』の力の行使に自分の魔力は必要ない。己の願望のままに、彼女達はその『力』を貸してくれる。それも……無尽蔵にね」
「「……」」
リディーナはトリスタンの言いたいことが分かった気がした。あの力を行使する源は自分の願望なのだ。自分がしたいことを形にしてくれると言うべきか。だが、それを制御するには、冷静に自分自身を保たなければならない。願望に支配されれば瞬く間に自分を見失い、戻って来れなくなるだろう。
「リディーナ、キミはここに残りたまえ」
「なんですって?」
「このままレイ君と共に行動して『勇者』と対峙するのは危険だ」
「いやよ。なんでそんなことアナタに決められなきゃいけないのよ」
リディーナがトリスタンを睨む。
「はぁー…… やっぱりキミもか、リディーナ。レイ君といい、まったく困ったものだよ……」
「レイ? 彼に何をしたの?」
「別に? ただ、同じようなことを言っただけだよ。さっき言ったように『妖精』との契約者が感情的に行動するのは危険なんだ。キミは彼を慕ってるようだし、彼の方も国の一つや二つより、君の方が大事らしい」
それを聞いたリディーナは頬を赤くし、口元をひくつかせたが、すぐに表情を戻した。
「アナタが何を言ったって私はレイと離れない。余計なお世話なんですけど?」
「はぁ……これだよ。エルフ族の悪いクセだ……」
呆れるように首を左右に振るトリスタン。
「ボクは『勇者』達、亡き後、世界の安寧を見守ってきた一人として、懸念される危険を放っておく訳にはいかないんだ。ボク自身、契約を交わしているとは言え『光の妖精』を完璧に制御してるとは言えないんだ。キミに何かあればレイ君はどういう行動にでるか分からないし、彼が死ねば、キミは間違いなく……」
「私が『妖精』に呑まれると?」
トリスタンは、言葉を発することなく、静かに頷く。
「ん?」
頷いたトリスタンの顎に、冷たい金属があたる。
「人の生死を勝手に決めるな。俺の次はリディーナに別れろと忠告か? 大きなお世話なんだよ」
「――ッ!」
トリスタンの首には短剣があてられ、背後から光学迷彩で姿を消していたレイが現れる。
「レイっ!」
「なっ! え?」
困惑するトリスタンとシリル。
「扉は閉まって……」
閉まっていたはずのドアも光学迷彩の効果が切れ、開いた状態のドアが現れる。光学迷彩は光を回折して透明にする魔法だが、応用して鏡の様に別の部屋のドアを映すことなどレイには容易かった。注意深く見れば、ドアノブの位置が逆だと言うことが分かったはずだ。
「バ、バカな……。いつの間に……?」
「言わなかったか? 俺の本職は殺し屋だと。あれが本気の隠密だと思ってたなら見くびり過ぎだ。それと、一応忠告しといてやるが、さっきの『幻術』をもう一度やろうとしても無駄だ。一度タネが分かれば対処できる。あまり現代人をナメるなよ?」
「……」
トリスタンの背中に冷たい汗が流れる。野外では勿論、閉め切った室内で侵入に気付かず、更には背後を取られて刃をあてられている。首だけでなく、背中にもだ。こんなことは四百年以上生きてきて初めてのことだった。
「……何故、『幻術』が効かないと?」
「俺がそれを喋ってやる程親切だと思うか?」
レイの光学迷彩は、自身に展開したもの以外は任意に解除できない。ドアの魔法が解除されたのは、それなりに時間が経過したからだ。今まで数々の治療を行って来た所為か、レイの再生魔法のスピードは飛躍的に上がっており、驚くほどの速さでサリム王の手術を終え、トリスタンに呼ばれたリディーナを探しにここへ来ていた。上空でのトリスタンとのやりとりがなければ、態々忍び込むような真似はしなかっただろう。
レイはトリスタンを信用していなかった。
「お前、やっぱ邪魔だな……。一回死んでみるか?」
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