第221話 風の妖精

 長老院を飛翔魔法で飛び出したリディーナとイヴは、真っ直ぐ北門を目指した。


 イヴは、リディーナがどうやって吸血鬼を見つけるのか分からなかったが、集落でリディーナはあの場にいる全ての吸血鬼を葬って見せた。何か方法があるのだろうと黙ってついていく。


 北門の城壁に降り立ち、森を見つめるリディーナ。


 (うーん、何かは分からないけど、私の中に何かがいる。感じるのよね〜)


 あの時、あの半透明の女が自分と重なった時、何かが繋がった気がした。初めて精霊と契約した時と似た、いや、もっと大きな繋がり。


 リディーナは目を閉じて、己の中にいるソレを感じようと、意識を集中する。



 ―『な〜に?』―


 ―『アナタは誰?』―


 ―『ワタシは風の妖精シルフィード。シルフィって呼んでいいわよ〜』―


 ―『風の妖精?』―


 ―『そう。アナタとっても気持ちがいいわ。だから一緒にいてあげる』―


 ―『一緒?』―


 ―『アナタは何がしたい?』―


 ―『何が…?』―


 ―『どうしたい? どうなりたい?』―



 ―『……強くなりたい』―



 ―『なら呼んで? ワタシの名を。この空はアナタのモノ。風はアナタ。アナタはワタシ。アナタの願いはワタシの願い』―


 …


ゆっくりと目を開けたリディーナが、空に向かって叫ぶ。



 ―『風の妖精シルフィー!』―



 突如、リディーナの身体から強風が発生する。瞳の色を失い、真っ白になった目をイヴに、向けてそっと囁く。


 『ちょっと行って来るわね』


 強風に耐えるイヴを城壁に残して、飛翔魔法とは異なる、風の力で上空へ舞い上がったリディーナ。


 『これが風の力?』


 リディーナの目には、風そのものが見えていた。空気の流れが地表にある全ての形を浮き上がらせ、人では決して知覚できない景色をリディーナに見せていた。


 それと同時に自身に何ができるか、湧き出る力の本質を自然に理解したリディーナは、ただ一言、言葉を発する。



 ―『竜巻トルネド』―



 森の至る所から上空に向かって竜巻がいくつも発生した。百を越える細長い竜巻の中には吸血鬼が巻き上げられ、上空で細切れになっていく。


 

 その様子を城壁から驚愕の表情で見つめるイヴ。あんなことが、人にできるのか? 超常の力を目にしたイヴは、リディーナに畏敬の念を抱いた。


 リディーナのその姿を見たのは、イヴだけではなかった。北門の城壁にいた兵士達、それと密かに後を追い、近くまで来ていたシリルと近衛達。



 そして、長老院の上空から強化した視力で見ていたトリスタンだ。


 「まさか『風の妖精シルフィード』とは……。風属性最上位の妖精が力を貸すなんてね。こりゃあ、怒らせたら大変だ……。現象そのものに意思が宿った下位の妖精とはわけが違う。風、空気そのものを司る妖精だ。彼女の願望次第で、国の一つや二つ、簡単に滅んじゃうな……」



 「……大丈夫かい? 彼女を受け止めてあげられるのかな?」



 トリスタンは振り向き、背後にいる黒刀を手にしたレイに言う。


 リディーナが出て行ったあと、シリルと近衛が出ていき、トリスタンも部屋を出て行った。外に出て探知魔法を展開したレイは、上空に飛んで行ったトリスタンの後を追ったのだ。


 「カタナなんか抜かなくても、ボクはあの子には何もしないよ?」


 「飛翔魔法……。お前、一体何者だ?」


 「……二百年前に勇者達と一緒に魔王を討伐した。まあ、あの人達について行っただけなんだけどね。それにしても驚いた。いつの間に後ろに? 途中まで気づかなかったよ?」


 「あまり気づかれたことはないんだがな」


 「まあ、似たような人を知ってるからね〜」


 「……」

 

 「……」



 ガキンッ



 レイの袈裟気味の斬撃に、トリスタンは光の細剣を出現させてそれを防いだ。


 「ッ!」


 「せっかちだね~」


 「リディーナに向けた殺気に俺が気づかなかったと思うのか?」


 レイは、トリスタンが出現させた光る細剣が気になったものの、その前にこの男が一瞬見せたリディーナへの殺気を見過ごせなかった。


 「まあ、危険だと思ったのは事実だね。あの子の行使している力は、六大属性で最上位の妖精なんだ。わかるかい? 自然そのものなんだよ。制御できなければどのような被害が出るか分からない」


 「それがどうした?」


 「キミは、国が滅んだり、人々が死んでもいいのかい?」


 「見知らぬ国や人より、俺はリディーナの方が大事だ」


 「随分、ご執心のようだねぇ。同じようにあの子も思ってるとしたらそれはそれで問題なんだが……」


 「何がだ?」


 「どちらかが死んだら、生き残った方は確実に暴走するだろ?」


 「俺は死なないし、リディーナも死なせない」


 

 「それはどうだろう?」



 トリスタンは、そう言ってレイから距離を取り、無数の光の剣を出現させた。


 ―『光の千本剣サウザンドソード』―


 レイは、手にした黒刀を瞬時に手放し、範囲を広げた『歪空間ディストーション』を二面展開し、トリスタンに突っ込む。


 「なっ!」


 何本もの光の剣がレイを貫くも、レイは僅かな動きで急所を外すだけでそれを気にせず接近、短剣を抜いて驚愕の表情のトリスタンに心臓に突き立てた。


 「ぐふっ」


 口から血を吐きながら、トリスタンは片腕を上げ指を鳴らす。



 パチンッ



 気づけばレイは手放したはずの黒刀を手にトリスタンと対峙したままだった。


 「何をした?」


 「ただの『幻術』さ。……まいったな、自分が死んじゃう姿を見せれば、分かってくれると思ったけど……。逆だったみたいだ。ちょっと甘く見てたよ」


 (『幻術』だと? いつの間に……)



 「あの子を殺すつもりはない、それは本当だ。だが、冒険者ギルドのグランドマスターとして、世界の脅威となるなら『討伐』対象に認定せざるを得ない。『妖精』との契約者はそれだけ不安定で危険なんだよ。キミが死ねば彼女はどうなるのか予測がつかない。さっきのような戦い方、自分の死を気に掛けないやり方は止めた方がいい」


 「……」


 「じゃ、ボクは戻るよ」


 トリスタンはレイにそう忠告し、長老院に戻って行った。



 「……勝手な野郎だ」



 …

 ……

 ………


 「はぁー はぁー はぁー」


 長老院の誰もいない部屋に入ったトリスタンは、扉に寄りかかりながら肩で息をする。その顔には皺が現れ、手足もやせ細り、その姿はまるで老人のようだ。


 「少し、『力』を使い過ぎちゃったな。しかし、あれ程とはね……。咄嗟に『幻術』に切り替えてなかったら死んでたよ、ホント……。数十年振りに『光剣』を出したけど、あの黒い刀、『魔刃メルギド』じゃないか……。まったく良くあんな物使ってられるよ。『黒のシリーズ』の呪は知ってるはずだ。自分の命に執着しないって考えはホント理解できない」



 「さん、貴方と同じだよ……」


 トリスタンは、懐かしむ顔をしながら、そっと呟いた。

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