第220話 会談③
「メシはいつ食った?」
「は?」
「流石に未消化のメシが残った胃を開くのは勘弁だ。最後に食い物を食ったのはいつだ? 朝食だけなら、時間的にもう胃は空だろうから今やるか?」
「よ、余を殺す気か?」
「ほら、サリム。頑張って吐き出さないと!」
「「はぁ……」」
リディーナとイヴが揃ってため息をつく。
「ちょっと、レイ、いつもだけど言葉が足りないわよ?」
「何がだ?」
「何がって、普通は、お腹なんか切ったら
「イヴの魔法で『麻痺』と『睡眠』状態にしとけば問題ない。直ぐに終わる」
「あるわよ!」
「あります!」
「切開した傷を治すなんて、潰れた臓器や欠損を再生するより早く治せる。痛いのは……麻痺して眠ってりゃ大丈夫だ。多分」
(麻酔なんて無いからな。手術なんてしたことは無いが、『浄化』の魔法もある。サッとやって無菌にして傷を塞げば大丈夫だろ……多分)
「だから、レイが凄い回復魔法の使い手って知らないんだから、この人、怖がってるじゃない!」
「こ、この人……? 怖がって……?」
リディーナの言葉にショックを受けるサリム王。
「あ、そうそう、マリガンから聞いてるよ~ なんでも腕をくっ付けたり凄いんだってね~ サリム、痛いのが嫌なら『ポピン草』があったでしょ? 痛みが無くなる薬草。依存性は強いけど、この際仕方ないよね」
(そんな薬草があんのか? ……是非欲しいな。今後の治療の際に役立つ。まあ、俺にはどうせ効かないけどな)
「べ、べつに、余は怖がってなどいない! だが、さ、さっき食事は済ませたばかりでな。残念だが……」
側近がサリム王を二度見する。
「なら、三~四時間、いや念の為、五時間後にやる。今から何も食うなよ?」
「え?」
「それまでに吐き出してりゃ、別にやらなくていいんだぞ? 五時間以内に吐き出してればよし。でなければ腹を切るだけだ。念の為言っておくが、上下から出そうなんて考えは、はっきり言っておススメしない。この大きさじゃどうせ出て来ないし、途中で詰まって苦痛にもがいて死ぬことになる」
「ううっ……」
咄嗟に食事をしたなどと、嘘をついてしまったサリム王だったが、もはや逃げられなかった。
「五時間か……。暇になっちゃったわね」
「その間は、
「あら、この国に任せるんじゃなかったの?」
「シャルとソフィの為だ」
「なら、仕方ないわね。でもちゃんと報酬は貰わないとダメよ?」
「おお、それはいい考えだね。ボクは一応、冒険者ギルドの職員でもあるし、無料で仲介してあげるよ。この国は金貨とか無いから、報酬は何か貴重な物でも代わりに見繕ってあげるね~」
「金貨が無い?」
「ああ、そうだったわ。この国は貨幣が無いのよ。全く無い訳じゃないけど、基本、物々交換と自給自足、あとは配給とかだから……」
「貧乏だったのか……」
「「「なっ!」」」
シリル達がレイの言い様に顔を赤くする。外国との交流が一切なく、ある種の共産、社会主義的な国家体制のエルフ国『エタリシオン』では貨幣を殆ど必要としていなかった。豊かな森と高濃度の魔素により、集落での農業や採集で食うに困らず、余剰分を中央に集約する体制を古来より続けてきたが、何も問題は無かったのだ。
共産・社会主義が貧乏であるということはレイの偏見だ。自然の恵みは有限であるという固定概念のあるレイには、魔素の濃い森の豊かさを知らない。風と水の魔法に長け、種を蒔けば翌日には芽を出す環境での食の豊かさは、レイの想像できない社会だ。どんな社会体制であれ、そこに住む者が幸福を感じていれば、外の者が口出すことではない。民族性も大きいが、外の国に出て行く者が少ないということは、現状に大きな不満が無いとも言えるのだ。
「び、貧乏だとっ! 失礼なっ!」
「プッ」
シリルが声を上げるが、トリスタンは笑いを堪えている。
「お金は無いけど、外の国では貴重な木材や薬草は一杯あるし、高価な鉱石も採れるんだよ? ……いやでも、貧乏って、ププッ」
(((おいおい、アンタも一応、この国の王族でしょうが!)))
先程から下を向いて落ち込むサリム王と、拳を握りしめてトリスタンに物言いたげな視線を向けるシリル達。
「まあまあ、でもせっかく、S等級冒険者パーティー『レイブンクロー』が依頼を受けてくれるんだから幸運だと思わなきゃ。どうせ、今のキミ達の戦力じゃ吸血鬼の討伐は無理だったんだし、何だったら見学でもさせて貰えば?」
「「「見学?」」」
「『女神の使徒』であるレイ君は別だけど、そこのリディーナ君はボクらと同族だよ? 『
「おい」
「ちょっと! ベラベラ喋んないでよ!」
「そんなこと言ったって、この部屋の者達はキミの精霊が見えてるんだから隠しようがないじゃないか。「雷の精霊」なんて皆見たことないんだから、気になってたはずなんじゃないかな~ それに、実戦経験が殆ど無い、この国の兵達に教えてあげるのもいいんじゃないかと思ってね~ 勿論、有料で」
「いやよ」
「まあそう言わずに~」
トリスタンはチラチラとシリルを見て目配せする。どうやらこの国のことを思いやってのことらしいが、シリルは頭を下げることに躊躇する。それはこの場にいる護衛の近衛兵士も同じ気持ちだった。
実戦経験が無いというのは、精鋭である近衛も同じだ。そもそも、この国は強力な結界に守られ、魔物はいない。狩猟もしないので、人と戦うどころか、生き物を殺す経験も殆ど無いのだ。形ばかりの模擬戦を訓練と称し、魔法や精霊に関することも個々人で留めており、全体的な共有を行っていない。精霊に関しては、見え方や感じ方が人それぞれなので仕方がないと言えるが、魔法に関しては怠慢と言わざるを得なかった。
「どうでもいいけど、私は行くわね。レイ、今回は私がやるから一人でいいわ」
「大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと、試したいこともあるし、任せて頂戴」
(リディーナが一人でやるなんて言うのは珍しいな……)
レイがイヴを見ると、イヴが小さく頷く。どうやら何かあるようだ。
「分かった。俺はここで待っている。念の為イヴも同行してくれ」
「んもう! 大丈夫だって!」
「一人で行動させるのは心配だからな。(……何度も捕まってるし)」
「うっ……。わ、わかったわ。行きましょ、イヴ」
「承知しました」
そう言って、リディーナはイヴを連れて窓から飛んで行ってしまった。
「「「飛んだっ!」」」
「まさか、『飛翔』魔法まで使えるとはね~ こりゃ驚いた」
驚くエルフ達を他所に、レイは疑問に思う。
(しかし、こんな真昼に吸血鬼を見つけられるんだろうか? 日中は動かないから俺の探知でも厳しいんだが……。まあ、リディーナから集落での戦闘は聞いたし、見つからなければ、それはそれでいいか……)
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