第216話 出張再び⑤

 ――『ドワーフ国 メルギド』――


 ジェニー一行は、ドワーフ国『メルギド』に到着し、迎賓館に向かって歩いていた。ジェニーにしても、この国の代表達にツテがある訳ではなく、知ってる場所と言えば迎賓館しか思いつかなかったのだ。


 (街中は以前と変わらないように見えるな……)


 バッツが歩きながら周囲を観察する。以前より街の衛兵の数が少ない様に見えるが、バッツがメルギドを最後に訪れたのはもう何年も前だ。だが、フェンの言った通り、城壁の一部が修復中だったことから、城壁を破壊するほどの何かがあったことは間違いないようだ。


 「あっ」


 ジェニーが立ち止まり、迎賓館の門の衛兵に手を振る。どうやら顔見知りの様だが……。


 「何者だっ! 人間! ここは立ち入り禁止だぞ!」


 (((えー……)))


 「ちょっとー 私ですよ~ 私、私、ジェニーですぅ~」


 「誰だ貴様は? 怪しいヤツめ! それ以上近づくな!」


 ピー


 衛兵のドワーフが警告を発し、笛を吹く。


 門の内側から大勢の衛兵達が現れ、ジェニー一行を取り囲んだ。


 「ジェニーちゃん、手紙! 手紙のこと伝えて!」


 慌ててバッツがジェニーに言う。


 「あ、そうでした! ……あのー 私、レイさんからマルクさん宛に手紙を持ってきたんですけど……」


 「「「なにッ!」」」


 …

 ……

 ………


 (マルク殿の名のおかげか、それともレイの旦那か……)


 ジェニー達は、迎賓館の離れの一室で、先程とは一転して丁重なもてなしを受けていた。


 「お姉ちゃん、これ美味しー」


 ステラは、お茶請けに出された焼き菓子を頬張っていたが、他の面子、特にC等級の若手冒険者達は周囲をキョロキョロして落ち着きが無い。部屋の周りには、衛兵達が直立不動で囲んでおり、妙な緊張感が漂っていた。


ガチャ


部屋の扉が開き、マルクと魔操兵ゴーレム隊隊長のバルメ、それと数人の衛兵が入ってきた。


 「お待たせしたかな、ジェニーさん? 他の方々は初めてじゃな。マルク・マジク・メルギドじゃ」


 バッツ達冒険者が一斉に起立し、頭を下げて挨拶する。冒険者として長い経験を持つバッツとは言え、一国の代表にこうも気さくにされるのは初めてのことだった。


 ジェニーは、レイからの手紙をマルクに渡すと、マルクはその場で手紙を読みはじめ、ブツブツと呟き出した。


 「嘘じゃろ? もう砲弾が無い? 全部使ったぁ? それに相手は『悪魔』じゃと? 大至急、砲弾を送れ? ……じゃ と?」


 手紙を手にしたまま、がっくりと膝をつくマルク。


 「「「マルク様!」」」


 バルメが慌ててマルクに駆け寄ると、マルクは大丈夫と手で制して答える。


 「バルメ、代表達を集めてくれんかのぉ……」


 「は、はい……。了解しました」


 「ジェニーさん達は、こちらで部屋を用意するから、今夜は泊って行ってくだされ」


 「わ、わかりました」


 …

 ……

 ………


 翌日。


 「……では、こちらのバルメさんをレイの旦那に送り届けるということで?」


 「そうじゃ。まあ、荷物を直接届けてもらってもいいのじゃが、中身の説明がややこしくてのぉ。説明するのに、バルメを同行させたいのじゃよ。無論、報酬は言い値で構わんよ?」


 バッツはジェニーを見て、確認を取る。こういった現地での直接依頼は、珍しいことではない。通常は、ギルドを通してくれと断ることも出来るが、今回はその必要は無い。相手が一国の代表ということは、依頼人の身元も確かであり、依頼内容としても不透明なものでもない。直接依頼を受けるかどうかは、冒険者の自由だが、ギルドを通さない場合は、依頼内容の精査を自分達で行わなければならず、リスクもある。万一、非合法なものであったり、報酬が支払われなかったとしても、全ての責任を自分達で負わなくてはならない。


 手紙の配達の依頼は、大抵はその返信を承るのが普通だ。配達人の護衛まで依頼されることは意外ではあったが、バッツ達『ホークアイ』には許容範囲ではあった。


 「送り先は、ラーク王国の冒険者ギルド支部でいいんですかい?」


 「うむ。レイ殿の手紙にはそう書かれている。もし、会えなければ神聖国のローズ家を訪ねろと書いてあったから、出来ればラーク王国で渡せればいいんじゃがのぅ」


 「報酬は、神聖国へ行く可能性も視野に入れて提示させてもらいますが、宜しいですかい?」


 「勿論じゃ。ラークで用事が済んでも値引きしろなんてケチなことは言わんぞ? 報酬は半額を前金で、残りはバルメを無事にここメルギドに送り届けてもらった時に支払おう」


 「承知しました。ジェニーちゃん、報酬の算定って今できるかい?」


 「はい、えーと……。二か国への配達依頼と、お一人様の護衛依頼の往復分、二か国の旅路の安全性と治安を考慮、B等級のバッツさん達への指名依頼扱いにすると……、金貨三百枚が妥当ですかね」


 ゴクリ、とC等級の若手達の喉が鳴る。金貨三百枚など、C等級の依頼では何年かかるか分からない報酬額だ。しかし、外国を跨ぐような長期依頼を自分達が単独で受ける自信は全くない。しかも依頼人は一国の代表だ。失敗は絶対に許されない。高額な報酬にすぐさま飛び付きそうになるが、迂闊に受けられるものではない。


 「ふむ。では報酬は倍の金貨六百枚を支払おう」


 「「「――ッ!」」」


 「それで受けてくれんかね?」


 ジェニーはバッツを見る。バッツは暫し考え、『ホークアイ』のメンバーに目配せすると、首を縦に振って依頼を了承した。


 (こちらの提示額の倍を支払うとは……。こりゃあ、気を引き締めないとヤバイな……。只の配達と護衛だと思ってたら最悪死ぬ危険も有りそうだ)


 バッツは、報酬の倍掛けにこの依頼の危険性をすぐに察知した。破格の報酬は魅力的だが、相場より高い報酬額はそれだけ危険が伴うことを意味している。半分は一国の代表としての見栄もあるだろうが、レイに関した案件には普段の常識が覆されることが多いので、予想外のトラブルも視野に入れなければならない。


 それでも、依頼をすぐに了承した理由。一つは、成功すれば一国の代表との直接的なパイプが作れること。もう一つは、「スリル」だ。自分達の技量で切り抜けられるギリギリの依頼を見極め、成功、生還することで得られる達成感。ある程度、冒険者として金銭的余裕が生まれると、引退を考え保守的になる者と、刺激を求める者とに分かれるが、バッツ達『ホークアイ』は後者の者達だ。


 (「S」絡みだし、マリガンの旦那に相談した方がいいのは分かってはいるが、こりゃあ、誰にも渡したくない案件だ……)


 

 「あ、そうそう、お主ら街で買い物するなら、マジク家ウチの系列なら三割引きにしてやるぞ? 他の店は知らんぞ? ウチの店だけじゃぞ?」


 「「「……」」」



 (一国の見栄……。無いのかもしれない……)

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